第22話 別れ
迷宮から地上に戻ってきて五日が経過していた。
フェリシアはエリオットから受け取った剣を握りしめ、白銀の刀身に蒼い光を煌めかせていた。
「問題ないと思いますが、流石に総師団長殿には遠く及ばないので」
「はい。大丈夫だと思います。ありがとうございますエリオットさん」
「……こんなところで振り回すな」
受け取った剣をぶんぶんと振り回しながらフェリシアは笑みを浮かべた。
剣を握っているのにフェリシアの様子はいつもと変わらない。
ヴェーラもその違和感に気づいていたが、抜刀時の状態はフェリシア本人が気づいていないので特に指摘はしなかった。
「本来ならば随行魔導師の仕事だと思うけれど?」
「悪いな。剣を修復できる魔術は使えない」
「あなたは本当になんで随行魔導師に選ばれたの?」
「知らん」
確かに志願はしたが、それでもエリオットではなくアロットが選ばれた。
冷静に考えるとそれが何故なのかわからないが、エリオットの方は逆に治癒魔術が使えない。
治癒の方が重要なのだろう。一先ず心の中でそういうことだろうと自分を納得させる。
(治癒は使える奴が少ないしな)
だからと言って治癒術一つで全て覆るものなのか。
そもそも──どうせ死にに行かせる旅なのに治癒魔術が重要なのか?
「先生、少し手合わせをお願いします」
「え? ああ」
フェリシアに声を掛けられて思考を中断する。
「手合わせ?」
「フェリシアの教育係をしていた時、俺も剣を握って相手をしていたんだ」
「なるほど。ではもう一本剣を創りますか?」
「いや、大丈夫だ」
アロットは障壁を身体に纏って腰を落として構える。
「試し斬りです」
「斬るな」
少しワクワクしたように言うフェリシアにアロットは怖くなる。
本当に斬るつもりなのだろうか。
(いや、どちらにせよ本気で防がないとやばい)
障壁を全身を覆うように展開。
ヴェーラとエリオットは離れたところで様子を伺う。
メルローの大広間で拳を構えた魔導師と、剣を構えた騎士が向かい合う。
いつの間にかギャラリーが集まってきていたが、二人の視界には入らない。
「参ります」
フェリシアが地面を蹴って駆け出す。
迫りくる銀の刃をアロットは腕で流しながら受ける。
紫の石火が散る。
障壁は剥がれていないが、まともに受け止めて耐えられるかは怪しい。
繰り返される連刃をアロットは受け続ける。
ここまでは問題なかった。
「少し……本気で行きます」
冷たい蒼い光が煌めいた。
「なっ──!?」
フェリシアの雰囲気がいつもの抜刀状態に変化した。
(コントロール出来ているのか? いや、それで何か変わるわけでもない!)
あくまで雰囲気が変わるだけだ。
白き異形の時もいつものフェリシアだったが、剣の腕が鈍るようなこともない。
状態が変わったからと言って強さに変化はない。
そう、思っていた──
「っ!!」
銀の閃撃。
アロットでも見切れないほどの無数の斬撃が襲い掛かる。
魔術による防御も間に合わず、アロットの身体は膾に刻まれる。
──そんな錯覚に襲われた。
「私の勝ちですね」
冷たい蒼い瞳のままフェリシアは勝ち誇った笑みを浮かべた。
アロットは斬られた箇所を冷静に指でなぞる。
両肩、両足に腹と胸。障壁の端ギリギリを的確に刃でなぞり怪我を負わせないように斬撃を入れられた。
完敗だ──だが、フェリシアが抜刀状態に入ったことに気を取られたせいでもある。
だからこそ、その勝ち誇った顔に少しむかついた。
「実践なら反撃される可能性も考えろよ」
強がりでしかない。
この速さで斬られて反撃できる奴などいない。
それがわかっているのか、わからないでいるのか。
フェリシアは薄く笑みを浮かべた。
「すればよかったじゃないですか。出来れば、ですが」
自身に満ちた顔にアロットは舌打ちをした。
負けを認めて構えを解くと、周囲から拍手が沸いた。
「……見世物じゃないんだが」
「全くですね」
フェリシアはそうは言うが、ため息を吐くアロットとは対照的に楽しそうだった。
果たして野次馬が見ているのは騎士か、それともフェリシア・ブレイクハートという一人の人間か。
フェリシアはそんなことを考えながら小さく笑うと剣を納めた。
「ありがとうございました」
いつものフェリシアに戻っている。
何かを自分でコントロール出来るようになっているように見えるが、それが何なのかはアロットには測りきれなかった。
「あんた達、いつもこんなことやってたの?」
「騎士の教育って言われてもよくわからなかったしな」
「途中からアロットくんはただの案山子でしたけどね」
「お前、言うようになったな」
アロットが睨みつけるとフェリシアは舌をだして誤魔化した。
「それで、もうラディアメルクに向かうの?」
「ああ、剣も問題なさそうだしフェリシアもこの街に飽きてきただろうからな」
「そ、そんなことないですよ!」
「まあ、仕方ないんじゃない?」
「ヴェ、ヴェーラ……違いますよ? 私はもっとヴェーラと一緒に居たいですよ」
「そう。あたしは別にいいわ」
「なんでそんなこと言うんですか!」
「ちょ!?」
怒ったフェリシアがヴェーラに飛びついた。
すっかり仲良くなったように見えるが、それ以上にフェリシアが子供っぽくなっている気がした。
「ふ……」
思わず笑みがこぼれた。
きっとこの旅が終われば普通の女の子のように生きていけるだろう。
と、そこでエリオットがアロットの服を魔術で修復しに近づいた。
手をかざすとすぐに斬られた箇所が元通りになっていく。
修復しながらエリオットはアロットに問いを投げる。
「アロットさんは魔王に会ったんですよね」
「ん? ああ」
「その時のことは覚えていますか?」
「いや、あんまり──」
「僕も覚えていません」
金の瞳と目が合った。
随行魔導師は魔王から魔術を授かるとされている。
昔のアロットは随行魔導師になれさえすればよかった。
魔王に会ったことなどどうでもよいと忘れていた。
そう、思い込んでいた。
だが、随行魔導師に憧れていたエリオットが、それを阻んだ存在を忘れるだろうか。
ずっと、自分は興味がなかったから忘れたと思い込んでいた。
「魔王に何時、何処であったのかさえ思い出せません。アロットさんもそうじゃないんですか?」
「そうだな……。それは誰かに言ったのか?」
「いいえ。魔王は魔術称号の最上位。誰もが憧れる存在ですからね。『会ったけど覚えていない』なんて話は嘘にしかならないですよ」
「それもそうだ」
思い出そうとすればその部分だけの記憶が抜け落ちているような違和感。
もしくは……記憶をなくす魔術でもあるのか。
全ての魔術を知る魔王ならば考えられないこともない。
魔王には会うだけでも許可が必要になるという話だ。
「腹でも下したような顔してるわね」
座り込んだヴェーラが疲れ切った様子で見上げていた。
隣でフェリシアが膝を抱えて座り、同じようにアロットの顔を覗いている。
「なんでもない。そろそろ行くかフェリシア」
「はい」
「迷宮はもういいの?」
「それはここの魔導師の仕事だしな。それに……なんとなく、見たいものは見れた気がする」
遺跡、石像、棺。
それらは間違いなく騎士に関わるものだと、何故かアロットは確信に近い形で見極めていたが、既に遺跡は崩壊。これ以上は調べようがない。
なにより自分たちには巡礼の旅の使命がある。
いつまでもここにいるつもりもない。そもそもラディアメルクの管轄なのでグランクレイグの魔導師であるアロットに、これ以上タダで立ち入るのは憚れる。
こんな陰気な場所で仕事が増えるのもごめんだ。
「何してんだ? フェリシア」
「え? いえ、拘束魔術は使わないんですか?」
立ち上がったフェリシアがその場で何度もジャンプしている。
どうやら自身の身体にアロットの拘束魔術が掛っていないことに気づいたらしい。
今までずっと鍛錬として掛けていたものなので、フェリシアは不思議に思っていた。
「別にもういらないだろ」
「え? 何故です?」
「逆にこれ以上強くなってどうすんだ? ドラゴンも斬ったんだから」
「で、でも……」
「疲れるからもうやめていいだろ。俺がしんどい」
「そうですか? じゃあわかりました」
魔術のことを知らないフェリシアはアロットの負担を考えて従うことにする。
改めて、四人は顔を合わせて向かい合う。
「じゃあね。絶対に死ぬんじゃないわよ」
「はい。また会いましょうヴェーラ」
「アロットさん」
「ん?」
「……いえ、貴方たちの無事を祈っています」
「ああ、旅はやり遂げるさ。だろ、フェリシア?」
「はい!」
元気に返事をすると二人はヴェルナトを後にした。
外のに出ると、どこからともなくやってきた白い花弁が空を舞っていた。




