第21話 花畑
フェリシアとヴェーラはヴェルナトの街の外にいた。
外にも周辺のモンスターを警戒する魔導師の詰め所は存在するため、少ないながらも行商人や冒険者も歩いている。
そのヴェルナトの入り口から外れた花畑に二人は来ていた。
「綺麗な場所ですね」
山から吹き下ろす風が強いものの、白い花々は逞しく根を張りしがみついていた。
ヴェーラは適当なところに腰を下ろすと隣を手でたたいた。
フェリシアも膝を畳んで座ると、ヴェーラはサンドウィッチを手渡す。
「ヴェーラが作ったんですか?」
「まさか。ここに来る前に買ってきたのよ」
「ですよね。ヴェーラは料理できなさそうですし」
「事実だけどどういうことよ?」
「わ、悪い意味ではないですよ?」
「悪気がないだけで悪い意味ではあるでしょ」
サンドウィッチを乱暴に咀嚼するヴェーラの隣で、フェリシアも一口食べることにした。
シャキシャキとしたレタスの触感。あふれ出したトマトの果汁が、塩気の強いベーコンをさわやかな酸味でコーティングする。
もう少しパン生地が柔らかかったら絶品だろうが、フェリシアはこの少し硬いパンも嫌いじゃなかった。
ふと、食べながら気づいた。
「ここはあまり風が来ませんね。花畑の方は風が凄いのに」
「そりゃ障壁を張ってるんだもの。適当に防いでるわ」
「へー。魔術って本当に便利ですね」
率直な感想を述べサンドウィッチを食べるフェリシアをヴェーラは横で眺めていた。
人々は魔術により生活を豊かにする。
今もこうして魔術で障壁を張り強風を避けている。
「あなたを見ていると、本当は魔術なんてなかったんじゃないかって思えてくるわ」
白の花弁が空に舞う。
ひらひらと舞う姿はどこか楽しそうに見えて、ヴェーラはその花弁の行く先を少し眺めていた。
「ヴェーラ?」
「あたしを恐れない人間は初めてよ。あたしの魔術を見てもね」
ヴェーラ・ヴァーミリオン。
その名がこの大陸に広まったのは、何よりもヴェーラが恐れられていたからだ。
全てを燃やす業火。
詠唱もいらない。ただヴェーラの機嫌次第で存在を焼却される。
火の概念そのもの──根源たる恐怖として彼女の力は本能的に恐れられていた。
「恐れませんよ。だって凄いじゃないですか」
「は?」
「だってヴェーラの魔術も凄いですけど、私よりも、アロットくんよりも物知りじゃないですか」
「別に、本を読むことしかできなかっただけよ」
「それも凄いじゃないですか! 私は最後まで読み切れた本は少ないですから」
フェリシアはヴェーラに向き合って笑みを浮かべる。
「ヴェーラはいっぱい頑張ったんですよね」
初めて、生まれて初めて誰かに認められた気がした。
いや、認める人間は今までもいた。ただそれはヴェーラ自身の苦労も知らずに、才能だけを見た人間だけだった。
目頭が熱くなるのを感じた。それでも、ヴェーラは飲み込んだ。
「皮肉のつもり? あたしの何を知っているの?」
ありきたりな言葉に苛ついたのか、ヴェーラは突き放すように言う。
それでもフェリシアは振り切れたように笑った。
「いいえ、知りません」
思わずヴェーラは目を丸くした。
「だって私は魔術は使えないですし」
「ああ、そう……」
「でも、頑張る人ほど悩むらしいですよ。だからヴェーラは頑張ってると思います」
「誰が言ってたのよそれ」
「ユリウス総師団長様です」
「はっ、家柄も才能も恵まれた人がよくそんなことを言えるわね」
それでも、ヴェーラにはその言葉に説得力を感じざるを得なかった。
「まあ、グランクレイグの人間なら言う権利はあるかもね」
膝を抱えて座り直す。
背中を丸めて膝を抱える姿は歳相応の子供の姿をしていた。
「ラディアメルクは表向きは騎士の文化を尊重している。けど、それは騎士と騎士を抱える苦労を知らないから
「グランクレイグは魔力を持たない騎士の扱いを心得ている。巡礼の旅の本当の理由を知っている。
「上っ面だけで語るラディアメルクの人間とは違う。根本から向き合ってきた者たちなんでしょうね」
グランクレイグから旅立つ時、フェリシアは多くの人に見送られた。
街はお祭り騒ぎになり、魔導師団に叱られるようなことをしてでも派手に見送ってくれた。
しかし、誰一人としてフェリシアの名前を呼ばなかった。
知らないのだ。皆、必要以上に騎士と関わらないようにしているのだ。
死ぬことが決まっているものに情が移ってしまわないように……。それはまるで家畜の扱いのようにも思えるだろう。
それでも…………
「そうですね。グランクレイグの皆さんは現実的だったと思います」
フェリシアは旅立ちの日を思い返し微笑んだ。
あんなに華やかに見送ってくれなくてもいいはずなのに、自分の店の商品も渡してくるものだっていた。
もっと他人行儀に見送ってくれればいいのに。その日会ったばかりの人達なのに、それでも全力で見送ってくれた。
あれが人の優しさでないのであればなんなのだろう。
あの時は騎士の使命で頭がいっぱいだったが、今になってその優しさに気づくと少し目頭が熱くなった。
「ヴェーラはラディアメルクが嫌いなんですか?」
「別に、たまに帰りたくなるくらいには好きよ。けれど帰ったら『ああ、だからあたしはここを出たんだ』ってものを毎回見るくらいには嫌いよ」
「どっちなんですか……」
「故郷なんてそんなもんでしょ」
「いったい何歳なんですか……」
「十四よ」
達観した様子で故郷を語るヴェーラをジト目で見つめる。
「ともかくラディアメルクの人間は信用しないことね」
「ヴェーラもそうなんじゃないですか?」
「そうよ。あたしのことも信用しないで」
「えー……」
フェリシアはわかりやすく不貞腐れた。
今まで見たことがない子供らしい態度にヴェーラは困惑する。
「何よ」
「なんでヴェーラもダメなんですか?」
「なんでもよ。あたしを理解できる人間なんていないの」
「理解しなきゃダメなんですか」
「は?」
信頼とはお互いを理解することから始まるはずだ。
少なくともヴェーラはそう思っているからこそ、予想外の答えにヴェーラは口を開けた。
「じゃあ私はヴェーラだけでなく、魔術を使える方々とは仲よくしたらダメなんですか」
「べ、別にいいでしょ」
「でも私は魔術を理解できませんよ?」
「それは──ああ、もう! めんどくさいわね!」
イライラした様子でヴェーラは立ち上がった。
それに吊られてフェリシアも立ち上がる。
「じゃあもう好きにしなさいよ! 知らないから!」
「はい!」
「なんでそんな返事がいいのよ!」
「なんででしょう!」
怒りをあらわにするヴェーラの前でフェリシアはニコニコと笑顔を見せる。
「なんでそんなに楽しそうなのよ」
「楽しいからですよ」
まっすぐにヴェーラの眼を見てフェリシアが微笑む。
今まで自分にここまで逆らってくる人間はいただろうか。
ここまで口論になる相手はいただろうか。
初めて、対等に素で喋ることが出来る相手が出来た。
そんな気がした。
「ヴェーラ?」
「……なんでもない。目にゴミが入っただけよ」
「え? 障壁を張ってるんじゃないんですか?」
「うるさいわね。燃やすわよ」
「え、すみません」
一つ、息を吐いてヴェーラは前髪をかき分けた。
「帰るわよ。阿保らしくなってきた」
「えー……」
「えーじゃない」
ヴェーラはフェリシアの手を引っ張って花畑を去る。
その手はどんな炎よりも暖かく感じた。




