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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
第3章 遺跡街ヴェルナト
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第21話 花畑

 フェリシアとヴェーラはヴェルナトの街の外にいた。

 外にも周辺のモンスターを警戒する魔導師の詰め所は存在するため、少ないながらも行商人や冒険者も歩いている。

 そのヴェルナトの入り口から外れた花畑に二人は来ていた。


「綺麗な場所ですね」


 山から吹き下ろす風が強いものの、白い花々は逞しく根を張りしがみついていた。

 ヴェーラは適当なところに腰を下ろすと隣を手でたたいた。

 フェリシアも膝を畳んで座ると、ヴェーラはサンドウィッチを手渡す。


「ヴェーラが作ったんですか?」

「まさか。ここに来る前に買ってきたのよ」

「ですよね。ヴェーラは料理できなさそうですし」

「事実だけどどういうことよ?」

「わ、悪い意味ではないですよ?」

「悪気がないだけで悪い意味ではあるでしょ」


 サンドウィッチを乱暴に咀嚼するヴェーラの隣で、フェリシアも一口食べることにした。

 シャキシャキとしたレタスの触感。あふれ出したトマトの果汁が、塩気の強いベーコンをさわやかな酸味でコーティングする。

 もう少しパン生地が柔らかかったら絶品だろうが、フェリシアはこの少し硬いパンも嫌いじゃなかった。

 ふと、食べながら気づいた。


「ここはあまり風が来ませんね。花畑の方は風が凄いのに」

「そりゃ障壁を張ってるんだもの。適当に防いでるわ」

「へー。魔術って本当に便利ですね」


 率直な感想を述べサンドウィッチを食べるフェリシアをヴェーラは横で眺めていた。

 人々は魔術により生活を豊かにする。

 今もこうして魔術で障壁を張り強風を避けている。


「あなたを見ていると、本当は魔術なんてなかったんじゃないかって思えてくるわ」


 白の花弁が空に舞う。

 ひらひらと舞う姿はどこか楽しそうに見えて、ヴェーラはその花弁の行く先を少し眺めていた。


「ヴェーラ?」

「あたしを恐れない人間は初めてよ。あたしの魔術を見てもね」


 ヴェーラ・ヴァーミリオン。

 その名がこの大陸に広まったのは、何よりもヴェーラが恐れられていたからだ。

 全てを燃やす業火。

 詠唱もいらない。ただヴェーラの機嫌次第で存在を焼却される。

 火の概念そのもの──根源たる恐怖として彼女の力は本能的に恐れられていた。


「恐れませんよ。だって凄いじゃないですか」

「は?」

「だってヴェーラの魔術も凄いですけど、私よりも、アロットくんよりも物知りじゃないですか」

「別に、本を読むことしかできなかっただけよ」

「それも凄いじゃないですか! 私は最後まで読み切れた本は少ないですから」


 フェリシアはヴェーラに向き合って笑みを浮かべる。


「ヴェーラはいっぱい頑張ったんですよね」


 初めて、生まれて初めて誰かに認められた気がした。

 いや、認める人間は今までもいた。ただそれはヴェーラ自身の苦労も知らずに、才能だけを見た人間だけだった。

 目頭が熱くなるのを感じた。それでも、ヴェーラは飲み込んだ。

 

「皮肉のつもり? あたしの何を知っているの?」


 ありきたりな言葉に苛ついたのか、ヴェーラは突き放すように言う。

 それでもフェリシアは振り切れたように笑った。


「いいえ、知りません」


 思わずヴェーラは目を丸くした。


「だって私は魔術は使えないですし」

「ああ、そう……」

「でも、頑張る人ほど悩むらしいですよ。だからヴェーラは頑張ってると思います」

「誰が言ってたのよそれ」

「ユリウス総師団長様です」

「はっ、家柄も才能も恵まれた人がよくそんなことを言えるわね」


 それでも、ヴェーラにはその言葉に説得力を感じざるを得なかった。


「まあ、グランクレイグの人間なら言う権利はあるかもね」


 膝を抱えて座り直す。

 背中を丸めて膝を抱える姿は歳相応の子供の姿をしていた。


「ラディアメルクは表向きは騎士の文化を尊重している。けど、それは騎士と騎士を抱える苦労を知らないから

「グランクレイグは魔力を持たない騎士の扱いを心得ている。巡礼の旅の本当の理由を知っている。

「上っ面だけで語るラディアメルクの人間とは違う。根本から向き合ってきた者たちなんでしょうね」


 グランクレイグから旅立つ時、フェリシアは多くの人に見送られた。

 街はお祭り騒ぎになり、魔導師団に叱られるようなことをしてでも派手に見送ってくれた。

 しかし、誰一人としてフェリシアの名前を呼ばなかった。

 知らないのだ。皆、必要以上に騎士と関わらないようにしているのだ。

 死ぬことが決まっているものに情が移ってしまわないように……。それはまるで家畜の扱いのようにも思えるだろう。

 それでも…………


「そうですね。グランクレイグの皆さんは現実的だったと思います」


 フェリシアは旅立ちの日を思い返し微笑んだ。

 あんなに華やかに見送ってくれなくてもいいはずなのに、自分の店の商品も渡してくるものだっていた。

 もっと他人行儀に見送ってくれればいいのに。その日会ったばかりの人達なのに、それでも全力で見送ってくれた。

 あれが人の優しさでないのであればなんなのだろう。

 あの時は騎士の使命で頭がいっぱいだったが、今になってその優しさに気づくと少し目頭が熱くなった。

 

「ヴェーラはラディアメルクが嫌いなんですか?」

「別に、たまに帰りたくなるくらいには好きよ。けれど帰ったら『ああ、だからあたしはここを出たんだ』ってものを毎回見るくらいには嫌いよ」

「どっちなんですか……」

「故郷なんてそんなもんでしょ」

「いったい何歳(いくつ)なんですか……」

「十四よ」


 達観した様子で故郷を語るヴェーラをジト目で見つめる。


「ともかくラディアメルクの人間は信用しないことね」

「ヴェーラもそうなんじゃないですか?」

「そうよ。あたしのことも信用しないで」

「えー……」


 フェリシアはわかりやすく不貞腐れた。

 今まで見たことがない子供らしい態度にヴェーラは困惑する。


「何よ」

「なんでヴェーラもダメなんですか?」

「なんでもよ。あたしを理解できる人間なんていないの」

「理解しなきゃダメなんですか」

「は?」


 信頼とはお互いを理解することから始まるはずだ。

 少なくともヴェーラはそう思っているからこそ、予想外の答えにヴェーラは口を開けた。


「じゃあ私はヴェーラだけでなく、魔術を使える方々とは仲よくしたらダメなんですか」

「べ、別にいいでしょ」

「でも私は魔術を理解できませんよ?」

「それは──ああ、もう! めんどくさいわね!」


 イライラした様子でヴェーラは立ち上がった。

 それに吊られてフェリシアも立ち上がる。


「じゃあもう好きにしなさいよ! 知らないから!」

「はい!」

「なんでそんな返事がいいのよ!」

「なんででしょう!」


 怒りをあらわにするヴェーラの前でフェリシアはニコニコと笑顔を見せる。


「なんでそんなに楽しそうなのよ」

「楽しいからですよ」


 まっすぐにヴェーラの眼を見てフェリシアが微笑む。

 今まで自分にここまで逆らってくる人間はいただろうか。

 ここまで口論になる相手はいただろうか。

 初めて、対等に素で喋ることが出来る相手が出来た。

 そんな気がした。


「ヴェーラ?」

「……なんでもない。目にゴミが入っただけよ」

「え? 障壁を張ってるんじゃないんですか?」

「うるさいわね。燃やすわよ」

「え、すみません」


 一つ、息を吐いてヴェーラは前髪をかき分けた。


「帰るわよ。阿保らしくなってきた」

「えー……」

「えーじゃない」


 ヴェーラはフェリシアの手を引っ張って花畑を去る。

 その手はどんな炎よりも暖かく感じた。

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