第20話 憧れ
魔導師団の詰所から出たアロットは、まず先にエリオットの元へ向かった。
ヴェルナトの街の隅にあるエリオットとヴェーラの借宿。
壁をくり抜いて造られた簡素な二階建ての家は、一階部分が少し広々とした工房のようにもなっている。
赤や青の透明な鉱石。それらを組み合わせて触媒にする為の木の杖や、指輪などがテーブルの上に置かれている。
「意外な副業だな」
「僕は僕で稼がなければなりませんからね」
エリオットはテーブルの上に白銀の剣を置いた。
刀身が二つに折れた騎士の剣は、本来ならば随行魔導師が修理するのが役目だが、アロットには直すための術がない。
「地下遺跡の調査を魔導師団から依頼されているのはあくまでヴェーラさんだけ、僕はヴェーラさんに勝手に付いて行ってる立場でしかないですから」
確かにクウィンも他の魔導師もエリオットの話はしていない。
この男がヴェーラに付いて歩く理由は気になるが、それ以上にエリオットに確認したいことがあった。
「あんた、随行魔導師だったのか?」
「まさか」
エリオットが薄く笑みを浮かべる。
身体強化に加えて剣の修理も出来る魔術使い。
巡礼の騎士に仕えた随行魔導師しか使わないような魔術をエリオットは使っている。
「目指してはいたんですけどね」
「随行魔導師を? 死にたがりなのか?」
「それをあなたが言いますか……」
「世間一般の随行魔導師に対する評価的にな」
巡礼の騎士は死への旅だ。
それを支える随行魔導師もまた騎士と共に死ぬ運命にある。
(ドラゴンに殴りかかりに行く人に言われたくないんですが……)
アロットの方が『死にたがり』という言葉に相応しい。
「僕はアロットさんよりも先に志願し、そして随行魔導師には選ばれませんでした」
「そうか」
「驚かないんですね」
「え? ああ……今日得た情報の中だと一番インパクトに欠けるもんで」
「そうですか…………」
申し訳なさそうにアロットは頭を抑えた。
呆れた顔をしていたエリオットは少し笑みを浮かべる。
「アロットさんは英雄に憧れたことがありますか?」
突然の問いにアロットは目をパチクリとさせた。
話が思いのほか長くなるだろうと思い、近くにあった椅子に座ることにした。
「憧れたことは……ないか」
「僕はありますよ。……いや、つい最近まで憧れてましたよ。子供のころから自分は世界を救う英雄になりたいと、世界も知らずに憧れていました」
「過去形か」
「あなた達を見ていたら。僕は所詮凡人ですよ」
エリオットは振り返りアロットの方を見る。
金の瞳が何かを訴えるように見つめてきた。
「あなたも僕と同じだと思っていたんですが」
「どこかで会ったか?」
「いいえ、一方的に知っていただけですよ。有名だったでしょう? グランクレイグ魔術学院で才能のない落ちこぼれだったあなたは」
「どうだろうな。確かにそんなことを言われていたような気もするが」
アロットには攻撃魔術が使えない。それ自体は珍しいことではない。戦うことを、傷つけることを苦手とする人間も多い。
ただ、そのザマで魔導師を目指す者などいない。必要とあればモンスターと戦う仕事だ。攻撃魔術は自身の身を守るためにも必要になる。
アロットはそれでも魔導師を目指した。
「あなたは何故魔導師になったんですか?」
真剣な顔でエリオットは問いを投げる。
巡礼の騎士と共に歩く随行魔導師ではなく、一魔導師になった理由を。
アロットは一つため息を吐いた。
それは特に理由もなく、ただ単に────
「俺がそうしたいと思ったからでしかない」
「……あなたの話を聞きました。小さな村がモンスターの群れに襲われた時、そこにはまだ魔導師見習いしか居なかった。あなたはその時、自ら囮になってモンスターを引き付けて時間を稼ごうとした」
アロットが昔ユリウスに説教を受けたときの話だ。
そこまで有名な話でもないというのに、よく知っているなと呆れてしまう。
「あなたは何故そこまで出来るんですか」
僕にはそんなことは出来ない。そう言いそうになってエリオットは口を噤んだ。
ドラゴンと相対した時、エリオットは退却することしか考えられなかった。
ヴェーラとフェリシアは未知の脅威へと挑むことに笑みをうかべてすらいた。
アロットは、特に驚く様子もなく現実を受け入れているように見えた。
「別に英雄になろうと思ったことはない。だが────」
アロットは目を閉じた。
「魔導師には憧れてたんだ」
「魔導師に?」
「だってかっこいいだろ」
「……それだけですか?」
「それだけのことだろ。憧れなんて」
アロットは大きな欠伸をすると、かなり眠そうに目尻に涙を浮かべた。
「子供の頃に見た夢を叶えようと必死になって、何度か迷走した時もある。それこそ自分の命を投げ出そうとすることもあった」
ユリウスに殴られたときのことを思い出して苦笑する。
あの時の自分の情けなさと、ユリウスの怒った顔は今でも鮮明に覚えている。
魔術使いも本気で怒れば拳が出る。
「……あー、すまん。もう眠い」
「ゆっくり休んでいてください。これは僕が直しますから」
その言葉にアロットの首がカクンと折れる。
椅子に座ったまま眠りに落ちた姿に、そこで寝るのかとエリオットは目を細めた。
「…………憧れだけで突き進める貴方が羨ましい」
思わず呟いて、エリオットはそれ以上は何も言わずに剣を直すことにする。
「──これは一体?」
その白銀の剣の断面が奇妙なことに気づいた。
それはまるで虫に食われたような……削り取られたような……。
刀身の内部は、まるでその部分だけが消滅したかのように空洞になっていた。




