第19話 報告
「以上が、地下遺跡での調査結果になります……」
疲れ切った様子を隠すつもりもなく、アロットは脱力した敬礼をクウィンに向ける。
出発前には書類で散らかっていた執務室は今は綺麗に片付けられていた。
(魔導師は俺しかいないから仕方ないけれど)
白き異形の時もそうだったが、上官に報告するまでがアロットの仕事だ。
地上に帰ると早々に報告書をまとめ、他の三人は休息を取ったあとに各々解散した。
「先に休んで来てもよかったのだがな」
「クウィン副師団長には早急に報告をしておこうと思いまして」
「熱心だな。どこかの誰かも見習って欲しいものだ」
クウィンはアロットの報告書をめくっていく。
「ヴェーラは……他の者は何をしている?」
「ヴェーラはフェリシアをヴェルナトの外に連れて行って貰いましたよ。フェリシアはあまりここが好きじゃないんで」
「フ、確かに幼い騎士様には退屈な場所だろうな」
「子供扱いすると怒りますよ」
「なら秘密にしておいてくれ」
クウィンは少し楽しそうに笑みを浮かべた。
(笑うんだなこの人)
アロットは失礼なことを考えながらその表情が気になった。
クウィンは異様にヴェーラのことを気にしている。
(いや、むしろヴェーラの話をするのはクウィン副師団長くらいだ)
他のラディアメルクの魔導師はヴェーラ程の実力者を擁していながら、誰もヴェーラについて語ろうとしていない。ローインクレーで出会ったマルタくらいか。
ともかく、アロットは溜め息を吐いて最後の仕事を終えた──と、思っていた。
「よく一週間も潜っていたものだ」
報告書を眺めながらクウィンは呟いた。
「…………は?」
「どうした?」
「一週間って、何のことです?」
「貴様らが地下に潜ってから経った日数だが?」
言っている意味がわからなかった。
「なにを……言って……」
確かに長い間地下にいたのは事実だがそんなに長い間いたわけがない。
いや、体感では一日──二十四時間すら経っていないはずだ。
そんなに長い時間が経っていれば間違いなくフェリシアの腹が鳴っている。
「やはりか。どうやらヴェルナトの地下迷宮は流れる時間が異なるようだな」
「心当たりがあるんですか」
「ここまで大きくズレていることはなかったがな。私も地下迷宮の深部へと潜ったことがある」
クウィンは懐から懐中時計を取り出した。
ヴェルナトの魔導師たちは懐中時計を持っている。
「その時、僅かに私の時計と街の時計の針がズレていた。故障かと思ったが、今回のことを考えると」
「時間の流れを遅らせるとでも? いくら何でもそんな魔術は」
「いいや、違うなアロット。時空を歪めるのは副産物だ」
「……副産物?」
「これは迷宮そのものが巨大な結界魔術の可能性が高い。外界からの干渉を拒絶し隔離する過程で、時の流れも分離しているのかもしれない」
「結界魔術って、あれだけの規模をですか?」
「ドラゴンほどのモンスターが暴れても地上どころか別の階層への影響は今のところ報告されていない。本当にドラゴンなど存在したのかも疑わしいが、私は君たちを信じよう」
結界魔術は食糧庫などに使われるものだ。
対象を取り囲む結界を生成し、結界の中を外部から影響を受けないように隔絶させる魔術。そして、結界の内部の環境を多少は変えることができる。
アロットが知っている限りでは温度を変える程度のことしか出来ないはずだが……。
ズキリ。と、頭の中に釘を押し込まれたような鈍痛が走る。
今日だけで未知の情報が多すぎてパンクしそうになっているのかもしれない。
「この時間のズレは迷宮の深くに潜るほど大きくなるのだろう。現に上層の探索では起きていない現象で────大丈夫かアロット?」
「え? ああ、いや……大丈夫です」
「今日はもう休め。貴様が思っている以上に貴様の身体は限界に近い」
「そうさせてもらいます」
クウィンに言われアロットも素直に従うことにする。
必要な報告は済んだので敬礼をして帰ろうとする。
「待て」
その背中をクウィンが呼び止めた。
「何かありましたか?」
「この祭壇の棺の中に何が入っているのかは見ていないのか」
「ええ」
「この棺の蓋には『アリア』という名前だけが刻まれていたのか?」
「はい。なにか気になることでも?」
「いや……もし遺体があったのなら、せめて新しい墓でも作ってやらないとな……」
「はあ……?」
「もしもの話だが、いや万が一の話だが、化けて出て──なんでもない。下がっていい」
ここにきて急に歯切れが悪くなるクウィンの顔を見てアロットは思う。
(あんたも幽霊が怖いのかよ)
口に出すと面倒くさそうなのでアロットは黙って部屋を立ち去ることにした。
棺に刻まれた文字は『アリア』と言う名前と、なぜか読むことが出来た『転生』と言う言葉。
そして、棺の中には何も入っていなかった。
ドラゴンが棺を破壊した時、アロットは中に何も入っていないのが見えた。
ある仮設が浮かび上がった。
壁画に描かれた少女が『アリア』ならば、最初の騎士がアリアならば……。
(巡礼の騎士は今までずっと魔力を持たない少女だった)
棺に刻まれた『転生』──別の何かに生まれ変わる言葉。
アロットの頭の中に騎士のように剣を振るった白の異形の姿がよぎった。
あの白き異形がアリアの転生した姿の可能性……。
しかし、それはあまりにも突拍子がなさすぎる妄想に過ぎない。
アロットは頭を掻いてくだらない雑念を払った。
改めて帰ろうとしたところで部屋の入り口に立っていたリディと目が合った。
「心配したぞアロット」
気さくに微笑むリディにアロットは目を見開いた。
「あ、あんたいつから居たんだ……」
「お前! ヴェルナトの管理者は俺なんだからな!?」
完全にクウィンに仕事を奪われていたリディが吠えた。




