第18話 再生
首を失ったドラゴンの襲来。
その巨躯は何を求めてやってきたのか。
「なんっで! まだ生きてるのよ!」
全てを見失った暴力の嵐が部屋を蹂躙する。
「馬鹿な! あり得な────…………チィッ!!」
本日何回目かわからない『あり得ない』という言葉を口にしようとして、アロットは全力で舌打ちをして抗った。
もはや限界が近かった。
ひたすらに同じ光景の迷宮を歩き、死に物狂いでドラゴンを倒し、わけの分からない遺跡に頭を抱え……。
そして、今またその倒したはずのドラゴンが再び襲い掛かってきた。
アロットと──ヴェーラのストレスは限界に近かった。
「「邪魔なんだよ!!」」
二人は同時に怒りの声を上げ構える。
不死身のドラゴンの強襲に恐れるどころか逆ギレする二人。
エリオットはむしろあの二人が怖くなってきた。
(あんなドラゴンの姿を見て怖がるどころか怒り出している……)
頭部を失ったドラゴンは断面が剝き出しになった首を振るう。
その度に大量の血が零れ落ち、モンスター特有の血が床を黒く染め上げる。
フェリシアの剣によって開かれた背中からも肉と血が吹き零れている。
こんな状態でも動けるのは不死身と謳われるドラゴンだからなのか。
「オバケじゃないオバケじゃないオバケじゃない……」
隣にはぶつぶつと自分に言い聞かせているフェリシアが居た。
剣の柄に手を添えながら抜くを躊躇っている。
ドラゴンに怯えているのではない。あれがドラゴンの幽霊なのではないかと怯えているのだ。
(恐れているだけ、あっちの二人よりも正常なのかもしれませんが)
深呼吸を繰り返すフェリシアはまだ常識的に見えるが、状況は混沌を極めている。
エリオットも何が正しい反応なのかわからなくなってきていた。
その時だった。
首を失ったドラゴンが跳躍し、祭壇目掛けてその巨躯を投げ出した。
「な!?」
四人は散り散りに飛んで回避する。
動いているだけでも不気味だというのに、正確に四人のところを目掛けて跳んできた。
そして、ドラゴンの奇行はそれだけに留まらない。
「!? ま、待ちなさい!!」
何かを察したヴェーラが手を伸ばして静止しようとしたのも束の間。
ドラゴンは千切れた尻尾や首、大きな翼や手足を可能な限り振るい暴れだした。
圧倒的な質量の暴力は遺跡の石像や祭壇を破砕していく。
その様子に四人は一瞬言葉を失った。
「あ、頭おかしいんじゃないこいつ!? 何してんのよ!!」
「もう頭はないけどな」
「うるっさいわね! あなたから燃やすわよ!」
怒り狂ったヴェーラの温度が上昇する。
感情に任せた魔力が大きく振れた。
「待ってくださいヴェーラさん! 僕らまで巻き添えになります!」
「ああそう! 死にたくなければ生きなさい!」
「何を言ってるんですか! せめて部屋の外に出るまで待ってください」
そうして言い争っている間にもドラゴンは遺跡を破壊する。
暴れているものの、どこか正確に狙いを定めて石像や棺を破壊していた。
まるで意図的に破壊しているようにもアロットには見えた。
(まるで……まるで隠蔽しているような……)
冷静にアロットは分析していた。
そして冷静に間違った推測をしていた。
「ヴェーラさん! ドラゴンは貴方の火の蝶を追っています! 目が見えないので魔力を探知しているんです!」
正しいエリオットの分析にヴェーラとアロットはハッとなる。
「くそ! あたしとしたことが!」
ヴェーラが火の蝶を操り遺跡の外に出す。
それに釣られてドラゴンが振り返る。
首の断面がこちらを向くと、そのグロテスクな姿にエリオットだけが怯えていた。
再びドラゴンが跳躍。
ヴェーラの炎を追って部屋の外に飛び出る──直前に天井に巨躯をぶつけ墜落。
「っ! 崩れるぞ!」
ぶつかった衝撃から遺跡の天井が崩落を始めた。
迷宮の方ではドラゴンが飛び跳ねたところで影響はなかった。
だが、この遺跡の方は衝撃でいとも簡単に崩落を始めた。
気になるが、今はそんなことを気にしている暇はない。
「早く外へ出るのよ!」
「しかし、ドラゴンが──」
「どけ!」
アロットが前に出る。
出入口に立ちふさがるドラゴンの下に潜り込むと、その腹を目掛けて振りかぶる。
「ぶっとべ!!」
竜人拳──全力で振り抜いた拳がドラゴンに命中。
衝撃が拡散し、ドラゴンの巨躯が僅かに宙を浮いて数メートル後ろに下がる。
「ば……化け物ですか……」
大量の肉や血を失い少しは軽くなっているかもしれない。
それでも、拳一つでドラゴンを突き飛ばしたアロットの姿に、おおよそ人間のすることとは思えずエリオットは開いた目が塞がらなかった。
「部屋から出ろ!」
四人は急いで部屋から出る。
いの一番。駆け出したフェリシアが銀の剣を抜刀。
銀の閃撃。ドラゴンの身体を刻んでいく。
腕を斬り落とし、足を斬り落とし、翼も斬り落とし、更に胴体も
鬼神のごとき乱舞でバラバラになるまで切り刻む。
冷たい蒼い瞳がバラバラになったドラゴンを見下ろした。
「死んでください。私は今、機嫌が悪いです」
冷え切った声色でフェリシアは吐き捨てた。
「ヴェーラ!」
「言われなくてもわかってるわよ」
バラバラになったドラゴンをヴェーラの炎が包み込む。
「灰すら──残さないわ!」
火力が上昇する。
業火に包まれたドラゴンはヴェーラの言った通り灰すら残さず塵と化した。
炎への耐性があろうと、一つ一つ細かくスライスされた肉体ならば耐えきれない。
流石にここまですれば動くことも……動くものもない。
それでもヴェーラは部屋の隅に落ちていたドラゴンの頭と尻尾を睨みつけた。
「あれも燃やしてやる……」
「手伝います」
怒り心頭の少女が二人。
首の骨を鳴らしながらゆっくりと歩いて行った。
「女性陣二人が頼もしすぎるな」
「僕はあなたも恐ろしいですよ……」
「え?」
エリオットの顔にはだいぶ疲れが見える。
エリオットだけではない。ここにいる全員が満身創痍の状態だ。
振り返って先程までアロット達が居た遺跡を見る。
遺跡は完全に瓦礫に埋まってしまっている。
これ以上あの場を探索するのは不可能だ。
「地上に戻ろう」
「僕もそれがいいと思います」
もはや溜め息しか出ない。
引き返す余力まで失ってしまえば命を落としかねない。
その為にも……
「エリオット、あの二人を止めてくれ」
「僕がですか!?」
「俺はさっきので腕を痛めたから治療したい」
「そう言われると了承せざるを得ませんね……」
「頼んだ」
プラプラと右手を揺らしながらエリオットを見送る。
特にヴェーラの力は残しておくべきだ。
帰り道で明かりがなくなってしまうことは避けたい。
アロットは少し名残惜しそうに遺跡の方を横目で見ながら歩いた。
「せ、先生!」
ゆっくりと歩いていたアロットをフェリシアが呼んだ。
何事かと思って顔を上げると、フェリシアは剣を振っている。
よく見ると……白銀の刀身がポッキリと折れていた。
「……よし、帰ろう」
二度とここに来ることはないだろう。
そう思うくらいには酷く疲れた……。




