第17話 邂逅
祭壇に祀られた棺の側面には何やら絵が彫られていた。
四つの絵を軽く見渡すと、一つの物語を暗示するような並びに見える。
始まりと思われる絵の前でヴェーラは立ち止った。
「人間と……これはモンスター? が向き合っているわね」
少女と思われる小さな人間と、大きな丸まった体に無数の手足が生えたような異形の生き物(?)のような者が刻まれている。
少女の手には樹の実のような何かが乗っている。
何もない平地でそれに手一つ伸ばす異形と少女の構図。
「この少女はこのモンスターと思われる存在から何かを受け取っているんでしょうか」
エリオットが推測する。
確かに少女が異形から受け取っているようにも見える。
他の画も見ようとアロットは側面に回り込んだ。
「こっちには他の人間も描かれてるな」
アロットが見たのは五人の人間が集まっている画だった。
先程の少女らしき人物を囲むように四人の人間が立っている。
そして、その五人の視線の先には小さな苗木が生えている。
「受け取った樹の実を植えた……そんな感じか?」
更に右に回り込む。
こちらには大きな木が成っており、その周囲には多くの人々や動物が集まっている様子が描かれている。
「これは……?」
更に右に回り込む。
最後の画は人間と犬のような動物が画かれており、全ての人間が手を取り合って輪を作っていた。
それはまるで……
「……子供の絵みたいだな」
子供が描いたような……もし、題名をつけるならば『平和』だろうか。
この面の画だけがやけに雑に描かれている気がした。
「これはどういう意味でしょうか」
「わからないわ。何か意味があるんでしょうけど」
三人は棺を囲って頭を捻らせた。
「まず、ここに描かれている物語は、少女が樹の実を受け取ったのが始まりで良さそうですよね」
「流石に木の成長が描かれているならそうだろうな」
「この子がモンスターから樹の実を受け取って、それを協力者と共に植える。それで大樹が成ってみんなハッピー──って話?」
「なんか、やけくそになってないか?」
ヴェーラは両手をわざとらしく広げた。
「なってないわよ。……このモンスターだけが輪の中から外れているのが気になるだけ」
少し不機嫌そうに言うが、アロットは恐らくこの画には関係のないことだと思い触れないことにした。
最後に描かれている人間だけの輪。
そこだけではない。樹の実を渡しているように見える異形の姿は他の画には出てこない。
この異形は一体何なのか……
「ここで少女の後ろに立っている四人は、この石像の四人になるんでしょうか」
三人は改めて石像を眺める。
石像はそれぞれ足元の台座に文字が刻まれている。
この四人は棺に刻まれている四人なのか。
ヴェーラは手短に近くの石像の台座に刻まれた文字を眺める。
「読めるのか?」
「掠れたり欠けたりしてしまっている。文字もかなり古い物だけれど、断片的になら解読できなくもないかも」
「すごいな」
「昔、書物で見たことがある文字がいくつか……」
ヴェーラの年齢で昔とはいつくらいの時だろうか。
もしかしたら物心ついたころからこういう研究者気質なのかもしれない。
「まあ、その本も捨てられてしまったのだけれど」
「は? なんで?」
「その古すぎる本に興味を持っていたのは誰もいなかったってこと。ロクに読めもしないから」
「ラディアメルクは未知を探求する街だろ」
「手に入れた物には興味がないのよ。あそこの連中は一生夢追い人なのよ。夢を追い続けるけど、その夢が現実になった瞬間冷めてしまうの」
「それはまた酷い話だな」
「……管理者がクウィン殿になってからはマシになりつつあるけれど」
その古書が捨てられたのはマシになる前の話ということだ。
ヴェーラが歯を食いしばり、部屋の温度が上昇していくのが分かった。
役目を終えて休憩していた火の蝶がバチバチと激しく羽を鳴らした。
「もしかしたら、あたし以外に興味を持った人間に盗まれたのかもしれないけれどね。だとしても、盗まれたことも気にしていないのが腹立たしくなる」
「それで、ここにはなんて書いてあるんだ?」
「……少し待ちなさい」
これ以上この話題を掘り下げるとこの部屋を火の海にしかねない。
アロットは改めて台座に刻まれた文字について解析を頼んだ。
その間にアロットはもう一度部屋の中を見渡す。
エリュシオン──""英雄の眠る場所""という言葉で開いたこの部屋には何者かを祀った石像と、特に争った形跡もなく並んで座って白骨化した二人の遺体。
中央の祭壇には──空の棺が置かれている。
遺跡というよりはここは……
「墓……だよな」
その言葉と同時にアロットの手が震えた。
正確に言えば、アロットが手を置いていた小さナ肩が跳ねた。
「どうしたフェリシア?」
「いえ……なんでもないです」
顔を覗くとフェリシアはわざとらしく目を背けた。
白骨化した遺体を見た時も少し怯えているように見えた。
それに今の今までずっと肩を掴んでいたのに黙っていたのも妙だ。
もしかしたら。と、アロットは更に踏み込んだ問いを投げる。
「もしかして、こわ────」
「ななな何を言ってるんですか!? わ、私は騎士ですよ!! お化けなんか怖くないに決まってるじゃないですか!!!」
「まだ何も言ってないだろ」
今まで見たことがないような鬼気迫る表情で訴えてくる。
正直、歳相応の反応だと思ってアロットは少し安心した。
フェリシアは呼吸を整えると、今度は蒼い目がどこか遠いところを眺めていた。
「なんですか? 悪いですか? 騎士がお化け怖くていけないんですか?」
「振り切れるのが早いな」
「だって剣で斬れないんだからしょうがないですか」
「ドラゴンには全く怖がらなかったのにな」
「ドラゴンは斬れるじゃないですか!」
「斬れねーんだよ」
普通はドラゴンを斬ることなんて出来ないはずなのをわかっているのだろうか。
剣はもちろんのこと、魔術でもドラゴンの鱗を切り裂ける者など殆どいないだろう。
フェリシアには自分がとんでもないことをした自覚がなさそうだった。
「『影』……」
そこでヴェーラが台座から顔を上げた。
正面に立つ石像をじっと見る。
人の姿をした石像は、時間が経って劣化したのか首から上がない姿をしていた。
それを見てエリオットが呟いた。
「もしかしたら騎士の像だったりもするんでしょうか」
「なるほど、その可能性もあるか」
魔術を使わずに造られた部屋。
そこに祀られているのは""最初の魔術師""ではなく、魔力のない""騎士""にまつわるものかもしれない。
そう思うと、首から上がなくなっている姿はあまり気分がいいものではない。
「どうかしらね。この台座は『影』と書かれているわ」
「『影』? 他には何かわかるか?」
「あとは『無数の顔』とも……もしかしたら、この石像には最初から首がなかったのかも」
「…………無数の顔──石像を造った奴はこいつの本当の顔を知らない。そんな感じか」
「あなたは本当に作文がうまいわねアロット」
「馬鹿にしてるだろ」
ヴェーラの言いたいことを先読みして言語化したら嫌味を言われてしまう。
それはともかくとして──
「読み取れる単語から推測するんだけど、この石像には『実態がない』そんな感じのことが書かれていると思う。名前すら書かれていない」
「なるほど」
「あくまで読み取れる範囲だけれど。結構劣化が激しくて掠れて読めないところも多いわ」
名前のない石像。
もしくは特定の誰かではなく役職を表す石像なのではないかとアロットは考えた。
誰でもない。のではなく、誰でもある。
(巡礼の騎士の文化は繰り返されている。これは巡礼の騎士たちを表しているのかもしれない。)
そんな可能性を示した石像ではないかとアロットはじっと石像を見つめていた。
アロットは何故かは知らないが、その石像にほんの少し目を奪われた。
「逆に隣にある石像は名前の部分以外が全然読めないくらいボロボロね」
『影』の石像の隣にある石像を見てヴェーラが舌打ちをした。
その石像は他の石像よりも一回り大きく、上半身は裸で筋骨隆々の男の石像だった。
これも現代魔術では再現できないような細かな拘りを感じる。
「その言い方だと、名前は読めるのか?」
アロットも台座に書かれた文字に目を通した。
「これが読めるのか」
「……『イフリート』って書いてあるわ」
「イフリート?」
読めない文字というだけではなく、読めたところで聞いたこともない言葉だ。
ヴェーラはどこでそれを知ったのか、これもまた失った古書から得た知識なのか。
だが、彼女の赤い瞳は何故か揺らいでいた。
「なんで?」
「ヴェーラ?」
「なんで、あたしはこの名前を読めるの?」
「なに?」
「わからない。けど、なんだかこの名前を知っている気がする……」
「おい、ヴェーラ」
ぶつぶつと自分の世界に入っていたヴェーラは我に返る。
ここまで動揺した姿は見たことがない。
何か文字が読めることへの違和感が彼女の中にあったのかもしれない。
自分の世界に入ってしまったヴェーラを一先ず放って置くことにした。
そこでふと棺の蓋にアロットは目が行った。
「ア、アロット君……? もう、帰りませんか?」
「もう少し待ってくれ。すぐに終わるから」
蓋に刻まれているのは文字だ。
一先ずヴェーラに解読を頼む前に軽く目を通す。
すると、アロットにも読める字があることに気づいた。
「……『転生』?」
棺に刻むにはそれっぽい言葉かもしれない。
だが、アロットは背中に氷塊を入れられたような感覚に襲われる。
(ヴェーラ達の話だと俺達が通ってきた地下迷宮には、どこからやってきたのかもわからないモンスターが常にいる……)
ならばこの棺に刻まれている文字は、その時のヴェーラの仮説を後押しするような──死者を蘇らせる禁術を示唆しているのではないだろうか。
そして、もう一つ。アロットは読める言葉を見つけた。
「……アリア」
人名だ。
主に女の子に付ける『希望』の意味を持つありふれた名前だ。
この棺の持ち主の名前なのか。
アロットはそっと、棺の蓋に手を触れる。
「…………待て」
棺に僅かに……魔力の痕跡が残っている。
何故? 何故気づけたのか、アロットにはわからない。
ヴェーラもこの棺を見ていた。魔力感知はヴェーラの方が優れているはずなのに、アロットの方が先に気づいた。この魔力の持ち主を知っている気がした……。
刹那、部屋の明かりが消えてなくなった。
「なんで消えたの?」
すぐにヴェーラが火の蝶を羽ばたかせ、明かりを確保する。
アロットは……蓋に伸ばした手を引っ込めた。
(まさか……な?)
何か祟りのようなものが起きた気がして、アロットは首筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
一先ず、今は触れるのをやめておくことにする。
その時だった────
「皆さん! 退避してください!」
エリオットの叫びと共に、死を超えた厄災が扉を破壊し襲来した。




