第16話 二つと四つ
フェリシアの声がした方に三人は歩いていく。
祭壇の影に隠れた場所でフェリシアは少し怯えたような顔をしていた。
「どうした?」
「あ、あの……これ……」
震えた指が示した先には──白骨化した遺体が横たわっていた。
遺体は綺麗に二人分ある。
先にここにたどり着いた者たちか。それとも、この場所を造った者たちなのか。
「この二人は……」
アロットも白骨化した遺体に一瞬言葉を失う。
様々な情報と推測が頭の中を過っていく中、ふとフェリシアの怯えている横顔が見えた。
(躊躇いなくモンスターを斬れるから気にしてなかったけど、人の死体を見るのは初めてか……)
よくよく考えれば当たり前の反応をしているだけだ。
少し気遣いが足りなかったとアロットは思い、フェリシアの肩に手を置いて安心させる。
びくり。と、小さな肩が跳ねる。
目元に手を当てて隠そうと……したところで、その手をフェリシアが遮った。
「こ、子供扱いしないでください」
「そりゃ済まなかった」
とはいえ、肩に置いた手の方は何も言われないのでそのままにしておくことにした。
「随分と状態がいいわね。それにしたって……」
ヴェーラが遺体に近づいて確認する。
なるべく触れないようにじっと眺めていた。
顎に指を当て、ヴェーラは真剣に分析する。
「この二人、かなり体格差がある。一人はかなり背の高い──女性、もう一人は背丈なら私と同じか少し高いくらいだけど異様に骨が太く丈夫──こっちは男性ね」
「骨しかないのに性別がわかるのか?」
「性別の特徴は骨格にも出るわ。まあ、百パーセントとは言い切れないけれど、ここまで綺麗に残っているとほぼ百パーセントと言い切れるわね」
「人体構造にも詳しいのか」
本当に十四歳とは思えないほどの知識の幅にアロットは感心した。
そんなアロットをジト目でヴェーラは睨んだ。
「なんだ?」
「いや、逆にあなたは人体構造も把握していないのに治癒魔術が使えるの?」
「なんっ──」
自分自身でも見落としていたことを気づかされたようだった。
治癒魔術は使える者が少ないため才能と割り切っていたが、ヴェーラの言うことは尤もだった。
魔術は人の想像力の具現化であり、人の想像力は脆く淡い夢のようなものだ。
その想像力を補うために知識が必要になる。
補えない細部は誤魔化す技術と才能が必要とされる。
アロットの治癒魔術は感覚でしかない。
「それもあなたの体質のおかげかしら。体で受けた魔術を模倣するっていう」
「そう……かもな……」
ならば自分はいつ、どこで治癒魔術を受けたのか。
随行魔導師は魔王から巡礼の旅に必要な魔術を教えられる。
そこで治癒魔術を習得しているのかもしれないが、魔王と会った時の記憶が曖昧になっている。
それなりの治癒魔術を受けているはずだ。だが、もしそうなら確実に記憶に残っていなければおかしい。
何かを……忘れているような気がした。
「ちなみにエリオにはどう見える?」
「わかることはヴェーラさんと変わらないですね。女性のものと男性のもの……この二人はここに閉じ込められたんでしょうか?」
「だとしたらどうやってここに来たのか……ね。もしかするとこの二人がこの部屋を造ったのかも」
「二人だけで、ですか?」
「そういう可能性もあるってことよ。正直もうよくわからなくなってくるわ」
ヴェーラは額に手を当てため息を漏らした。
推測では今まで歩いてきた迷宮とこの遺跡を造った者はそれぞれ違う。
解析魔術を通さない扉に守られた遺跡と、その遺跡と繋げられた迷宮。
地上にあるヴェルナトのことも考えるとするなら、もともと山の中にあった場所であり二重三重にもこの部屋は秘匿されている。
そんな風にアロットには見えていた。
「先生、先生」
フェリシアが顔を上げて目を合わせてきた。
「あの石像になっている人物って誰かわかりますか?」
「いや、わからん」
フェリシアが気になっているのは。この人を模った石像が誰のものなのかと言うことだった。
アロットも石像の細かい技術に気を取られてしまい、肝心の全体像を後に回していた。
祭壇を囲むように立つ四人の石像。
「ヴェーラ、この遺跡はどれくらい古い物だと思う?」
「……おそらく、発見されている遺跡のなかではもっとも古い物だと言えるわ。空白の章よりも前の代物。魔術の痕跡がない遺跡なんて見たことがないわ」
魔術によって造られた遺跡ならばゴーレムなんかが配置されていることが多い。
ここにいたのは──ドラゴンだ。
ドラゴンがこの部屋を守っていたのだろうか。いや、それにしてはドラゴンのいた部屋とこの部屋は別物と言う感覚が強い。
「これが空白の章よりも前の代物で、魔術の痕跡がない……これは始祖の四賢人の石像かもしれませんね」
「よんけんじん? ですか?」
フェリシアの頭の上に浮かび上がったクエスチョンをアロットが上から押しこんだ。
「四元素理論の話はしたな?」
「はい。火、水、風、土ですよね」
「そもそも何故その四つなのかと言うと、魔術の始祖とされる四人から来てるんだよ」
「それが四賢人ですか?」
「ああ、火の始祖、水の始祖、風の始祖、土の始祖。その四人が今の四元素理論の元になっている──が」
「が?」
「そもそも四賢人は四人の始祖ではなく、一人の根源たる魔術師が四つの基本元素を──」
「簡潔にお願いします」
「魔術の始祖は四人もいなくて一人だけだったっていう説もある」
「え、ええ……?」
フェリシアの頭が少し熱くなる。
空白の章による歴史の未解明部分が多いせいか、今もはっきりとわかっていないことが多い。
結局、そういうものを知らなくても魔術は使えるので、現代においてはわからなくても良い部分になってしまっているのが現状だ。
「一人の根源たる魔術師──全ての魔術の祖……全ての魔術の原点。魔術の頂点って言えば、今もその地位を示す称号があるだろ」
「あ……魔王ですね」
「そうだ。まあだから四人いたのか一人だけだったのかってのは、そいつが信じるモノで変わってくる」
「……なんだか、魔術って時々曖昧じゃないですか?」
「時々どころじゃなくしばしば曖昧だ」
原理はわからなくても使えてしまうのだから難しいことを考えない者だって多い。
だから冒険者みたいな無秩序な者もでてくるし、秩序なき自由で溢れないように魔導師が存在している。
「もし、この四人の石像が四賢人の存在を確証させるものだとしたら、きっと僕らは後世に名を遺す偉大な発見になるでしょうね」
「確かに教科書に載るだろうな」
アロットとエリオットは満更でもなさそうに小さく笑みを浮かべる。
「憶測で歴史をそれっぽく語るのは誰にでも出来ることよ」
ヴェーラが冷たく一蹴する。
彼女は祭壇の上に置かれた棺を眺めていた。
「もう少しじっくり見てみましょう」




