第14話 英雄の眠る場所
「あなた達は本当にどうかしていると思います」
座り込んで身体を治癒する二人を見下ろし、エリオットは呆れたように呟いた。
アロットは頭から血を流し、内臓も少しやられているようだった。
ヴェーラも同じく血を流し、こちらは片腕を失っている。
「本当ですよ先生! なんで治癒してから出てこなかったんですか!」
フェリシアは剣を収めていつもの状態に戻っている。
それを見てエリオットも困惑した。
(いや、あなたも大概なんですが……)
他の二人はドラゴンを相手にして重傷を負っているが、フェリシアに至ってはほぼ無傷だ。
エリオットも無傷ではあるが、殆ど遠くから戦いを見ているだけだったからだ。
それに比べフェリシアはいの一番にドラゴンに向かって駆け出し、至近距離で戦闘していた。
(僕も攻撃魔術は使えます……ですが……)
うかつにドラゴンに攻撃して敵意を向けられたとしたら。
恐らく一歩も動くことが出来ないだろう。
災厄の象徴。その黄金の眼に睨まれながらもフェリシアは怯むことなく剣を振っていた。
「本当に、どうかしていますよ」
自分がこの三人に比べると呆れるほどに凡人に過ぎない男なのだと理解するが、だからといってこの三人のように死に急ぎたいかと言うとそうでもない。
悔しさのような感情はない。ただただ呆れてため息が出るだけだった。
「アロットさんは治せそうですか?」
「ああ、問題ない」
巡礼の旅を経て治癒魔術の感覚が掴めてきたようで、折れた腕もゆっくりと治すことが出来ていた。
自身を治癒しながらヴェーラの負傷状況を見る。
片腕を失い、赤いコートもその下に着た服もスカートもボロボロになっている。
と、そこで何かがおかしいことに気づいた。
ヴェーラの足は片方は地面を引き摺ったような痛々しい擦り傷があるが、もう片方はやけに綺麗な肌をしていた。
「なにジロジロ見てるのよ。変態」
「なんかおかしくないか?」
「なにが──よっ」
ヴェーラの失った左腕から一瞬火が立ち上がる。
「……は?」
火が消えると、そこには新たな左腕が生えていた。
「まてまてまて。なんだそれ!?」
一瞬の内に失くなったはずの腕を元通りにしてみせ、アロットは目を擦って疑った。
「ヴェーラさんは頭以外ならこんな風に元通りにすることが出来るらしいです」
「んな馬鹿な話があってたまるか。……本当になんなんだよお前」
ドラゴンの炎を上回る炎だけではなく、そのドラゴンの再生力も超えている可能性も出てきた。
「治癒魔術……なんだよな?」
「そうね。けど、自分しか治せないわ」
「そうなのか」
「ええ、ほぼ根性だから」
「根性……? まあ、魔術としてはあり得なくはない……か?」
魔術は使用者の感情にも影響を受ける。
ヴェーラのドラゴンにも恐れず立ち向かう程の気力と自信を持っているからこそ、規格外の治癒も可能なのかもしれない。
仮にそうだとしてもアロットは自分に同様のことが出来るとは思えなかった。
「けれど、流石に魔力の消耗が激しいわ。この先に何か出てきたらあなた達に任せるから」
「任せてください。私が皆さんを守ります」
「あなたはあなたで元気過ぎじゃない……?」
胸に手を当ててアピールしてくるフェリシアを見てヴェーラは困惑していた。
エリオットは三人に対して一種の恐怖に近いものを感じていた。
アロットはヴェーラに対しては別次元の存在として理解することをやめていた。
ヴェーラはフェリシアに対して自分とは違う方向に異常な存在だと認めていた。
「だって力を合わせてあのドラゴンを倒したんですから。こんなに誇らしいことはないですよ」
三者三様に他人にドン引きするこの場で、フェリシアだけが純粋無垢に周りの人間を見渡して讃えていた。
「そうですよね? 先生」
「まあ、そうだな」
ドラゴンの死体をちらりと見た。
何故こんなところにドラゴンがいるのかはわからないが、こんなところで遭遇したから勝つことが出来たのだと冷静に分析する。
(もし、ここが平地で天井もなくドラゴンが制限なく飛ぶことが出来たのなら……)
なすすべもなく、一方的に蹂躙されていただろう。
ここで出会ったのはある意味運がいい。
と、アロットはドラゴンの尻尾が斬られていることに気づいた。
間違いなくフェリシアの剣によるものだが……。
(エリオットのおかげか?)
エリオットの強化魔術を受けたフェリシアの剣は、ドラゴンの身体を斬り裂いていた。
アロットが戦線離脱した僅かな時間にも、エリオットは騎士を支えてくれていたのだろう。
自身も同じ魔術を受け、その効果を実感した者として納得した。
「さて、もういいかしら」
ヴェーラが立ち上がる。
赤い瞳に見下ろされ、アロットも立ち上がった。
流石に全快とは行かないが問題はない。
ヴェーラは休息中にも火の蝶を飛ばし部屋の中を探索させていた。
ドラゴンが居座っていただけあって部屋はかなり広いが、特にこれと言ったものは見当たらない。
唯一あるのは部屋の奥にある大きな扉だった。
「またか」
「今度は何が出るかしらね」
「勘弁してくれ」
また扉を開けてドラゴンが居たら今度こそ撤退するしかない。
最悪の事態を想定すると足取りが重くなる。ただでさえ、あの扉を開けるのはまたアロットの役割になるというのに。
「あのドラゴンはどうやってここに来たんでしょうか」
「さあな。案外子供のころに連れてこられたのかもしれない」
「それでも、どうやってあの巨体に成長したのかもわからないわ」
「解剖したら何かわかると思うか?」
「エリオなら」
「僕、ですか……」
名前を呼ばれたエリオットが息を飲んだ。
今ここで三人から離れてドラゴンの死体を調べに向かう。
ドラゴンは死んでいるとは言え、その不気味さにエリオットは返事を躊躇った。
「冗談よ。エリオは今まで通りあたしに付いてきなさい」
ボロボロになった赤いコートを翻した。
その小さな背中はエリオットだけではなくアロットにも大きく見えた。
本当に十四歳なのか疑わしい言動にアロットは隣のフェリシアを見た。
「私は味が気になります」
「あとでな」
巡礼の旅でモンスター食にハマってしまったのか、フェリシアは口元に涎を付着させてドラゴンの死体を眺めていた。
このまま変なものばかり食べるようにならないことを祈りながら、奥の扉に向かってフェリシアの手を引っ張って歩く。
「これは────なに?」
立ち止まったヴェーラは真剣な表情で大きな石の扉を見つめた。
アロット達にはこの部屋の入り口と同じ物にしか見えないが、ヴェーラは何か違和感を覚えて腕を組んで頭を捻った。
「どうかしたか?」
「この扉……何か変ね」
「変?」
「うまく言えないけれど……浮いているような」
「浮いてる?」
アロットはしゃがみ込んで扉の下を確認する。
扉と床面の隙間は殆どなく、重々しく行く手を遮っていた。
瞬間、背後から熱気を感じた。
「そういう意味じゃないわよ。頭打って馬鹿になったのかしら?」
「周りとは違うってことだろ? それはここの入り口も同じようなものだったろ」
「その入り口とも違うって言ってるのよ。見た目こそ同じだけれど」
「そうなのか?」
「エリオ」
ヴェーラの意図を読み取り、エリオットが解析魔術を使用する。
「エリオの解析魔術は対象を記録し、同時に今まで記録した情報と瞬時に照らし合わせてることが出来る」
「なるほど? 見た目がほぼ同じな薬草と毒草を見分けられる感じか」
「まぁそんな感じの認識で構わないわ。エリオの魔術だからあたしも知らないから」
それでもヴェーラが信頼を置いている魔術だ。
アロットはとりあえず任せることにする。
と、その時だった。
カラン──。と、何かが落ちる音が聞こえた。
「あっ、イルミーナさんのペンダントが」
フェリシアの胸元から木のタグが落ちた。
ドラゴンの戦闘の時に紐が千切れたのだろう。よく見ると紐の部分が少し焦げている。
(ドラゴンの背中から溢れたヴェーラの炎が掠ったのか)
そこでアロットはあの時のフェリシアの様子がおかしかったことを思い出した。
先ほどまでは自身の治癒でいっぱいだったが、冷静にあの時を思い返すと明らかにフェリシアは様子が違った。
まるで違う誰かが乗り移ったような────。
「なにその汚いの」
「き、汚くないですよ! イルミーナさんのお友達の大事なものなんですから!」
「イルミーナ? というか、なんであなたが持ってるの?」
「約束ですよ。旅を終えて必ず返すって」
「ふぅん」
どうでもよさそうに話を聞いていたヴェーラは、その言葉を聞いて茶化すのをやめた。
巡礼の騎士が生きて帰ってきたことがないことを知っているのだろう。
「古代語で『光あれ』だそうだ」
「古代語?」
「昔の言葉だと。知っているか?」
「いえ、各地の遺跡には古い言葉が刻まれていることがあるけれど……どういう文字なの?」
ヴェーラがフェリシアの手の中にある木の札をのぞき込む。
「あ、ここに書かれているのは別の方のお名前ですよ」
「なんて読むの」
「はい。『エリュシオン』と──」
刹那、石の扉が重々しい音を立てて動き出した。
三人は振り返って一斉にエリオットの方を見る。
「何をしたのエリオ!」
「僕は何もしていません。扉が勝手に……開きました」
「勝手にだと?」
アロットとヴェーラは気づいていた。
間違いなくフェリシアの言葉と共に扉は開いた。
エリュシオン──という言葉と共に。
「……意味は?」
「え?」
「その言葉の意味は何なの?」
剣を抜こうとしようとしたフェリシアはヴェーラの問いに手が止まる。
ヴェーラは扉の奥を警戒しながら身を構える。
エリオットは後ずさりして扉から目を離さないように後ろへ下がる。
フェリシアは扉の奥への警戒とヴェーラの問いで一瞬頭がこんがらがった。
アロットが、その問いに答えた。
「『英雄の眠る場所』」
ガコン。と、大きな音が鳴り響いた。




