第13話 龍狩り
「──""天焦赫烙炎""」
刹那、真上を向いて口を開けたドラゴンが火を噴いた。
炎息ではない。
悶え苦しみながら炎を吐き出していた。
まるで血を燃やしたかのように赫い炎が、ドラゴンの体内で産声を上げたかのようだった。
「ほんっ……と、死ぬかと……思ったわ……」
ドラゴンの足元。
突進を受けたヴェーラは息を顰めて身を屈めていた。
いや、正しく言うのならば息を顰めるしかなかったのだ。
「無事ですかヴェーラさん!」
頭から血を流しながら壁に身体を預けて気力で立ち上がる。
意図的に息を顰めていたわけではない。
ドラゴンの突進が魔力障壁で受けきれない質量だと判断し、紙一重の回避を試みて直撃を避けた。
突進を受けたのが壁の際だったことが幸いし、壁に激突した首と胴体の隙間でヴェーラは僅かな時間気を失っていた。
左腕は二の腕から下が食いちぎられていた。
強引に引きちぎられた身体は宙に浮かび壁に激突。
朦朧とする意識の中で更にドラゴンの足により自身の右足を踏み潰された。
そこでヴェーラは気を失っていた。
「運が、よかったわ……」
九死に一生を得た深紅の瞳がもだえ苦しむドラゴンを睨みつけた。
ヴェーラは右足を高速で再生させると急いでドラゴンから距離をとろうとする。
「くっ……」
ヴェーラは他人を治癒できない、自分の肉体ならば魔術によって再生させることが出来る。
だが、負傷箇所が多すぎる。
すぐに離れるべく失った足を再生したせいか視界がグラついていた。
その上で出血も多い。しかし、治している暇はない。
「ヴェーラさん!」
エリオットが駆け寄り手を伸ばした。
手を握ると強引に引っ張り、ヴェーラの身体を抱きかかえるように強引に後ろへ跳んだ。
喉を焼かれた龍の咆哮が鳴り響いた。
もだえ苦しむドラゴンは見境なく暴れだす。
首を、尻尾を、翼を振り回し。
部屋の壁も地面も傷つけていく。
「食われた腕を媒介に奴の腹から炎を発生させた」
立ち上がったヴェーラはエリオットに支えられながらドラゴンから距離を取る。
「そんな魔術いつの間に発明したんですか」
「今、思いついたに決まってるでしょ」
「なんて人ですか……」
その気になれば腕も再生させられるが、今は血を止めるだけに留めておいた。
今ここでドラゴンに襲い掛かられた場合を想定し、魔力はなるべく温存しておきたい。
とはいえ、頭部へのダメージも大きい。
どこか落ち着いて治す必要があるが、暴れ狂うドラゴンの近くでは厳しい。
「っ……!」
フェリシアも近づけずにいた。
暴れ狂うドラゴンはまさしく災厄──嵐の如く触れる者を破壊する力の暴走。
ヴェーラの炎は未だ体内で燃え続けているが致命傷には及ばない。
ドラゴンの炎息を上回る火力ではあるが、ドラゴンの炎耐性に苦戦していた。
「かくなるうえは──」
フェリシアが腰を落として足に力を溜める。
暴れ狂うドラゴンの首がこちらを向いた瞬間に斬る。
その一瞬の隙を突く無謀な作戦に出る。
しくじればフェリシアの身体は暴力の渦に飲まれてバラバラになるだろう。
タイミングを伺い、フェリシアが駆け出そうとする
その時だった──。
「""腐り落ちる七つ目の瞳 這い進む四つ足の蟒蛇""」
聞いたことのある魔術の詠唱が耳に届いた。
フェリシアは一歩下がり、冷静に剣を構えた。
「""賢者不望 白紙の空を描く者に我が名を持って与える───""」
フェリシアは深く息を吐いた。
今は振り返らずにドラゴンを斬ることに集中する
「""懺陥虚賜・クサリバネ""」
ドラゴンの身体に紫の光の回路が走る。
無数に枝分れして走る紫の魔光がドラゴンの身体を包む。
暴れ狂っていたドラゴンは、まるで巨大な手のひらで押さえつけられたかのように動きを止めた。
それを見てフェリシアが駆け出した。
「エリオット!」
エリオットの背後からアロットの声が聞こえた。
頭から血を流しながら、口元にも血の跡も残っている。
それでも、アロットはドラゴンに手をかざして魔術で拘束し続ける。
折れた右腕を鎖の拘束魔術『縛塞』でしばりつけ固定し、ドラゴンに向けて両手を突き出し意志を乗せる。
「アロットさん!? 貴方も早く治癒──」
「そんなのは後だ! フェリシアにアレを!」
自らの傷も気にせず指示を出す。
その気迫で何を求められているのかをエリオットは察した。
ドラゴンを仕留めるには今しかない。
エリオットはフェリシアを対象に指定して魔術を行使する。
「""リアライズ""!」
身体強化の魔術。
人が本来秘めている力を呼び起こす魔術を受け、フェリシアは身体が軽くなるのを感じた。
同時に──ドラゴンは拘束魔術を強引に振りほどいた。
「くっそ……!」
アロットの身体に残るダメージが魔術の維持を困難にしていた。
間合いを詰めたフェリシアにドラゴンの凶爪が襲い掛かる。
初撃と同じ左前脚で襲い掛かる一撃。
「無駄──」
白銀の刃が舞う。
無数の白の閃撃がドラゴンの足をバラバラに斬り分けた。
あまりにも一瞬の出来事を理解出来たのは、その巨躯がバランスを崩して地面に倒れ込んだ時だった。
ドラゴンの黄金の瞳がフェリシアを捉える。
だが────
「終わりだよ──」
凛とした声が聞こえた。
まるで穢れを知らぬ無垢な子供のような声が聞こえた。
それはフェリシアの声だったが、違うようにも聞こえた。
一閃──倒れ込んだドラゴンの背中を斬り開く。
未だ体内で燃え続ける赫い炎が背中から溢れ出す。
うめき声を上げ倒れ込んだドラゴンが最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。
それを少女は許さなかった。
「そこ」
割れた背中からドラゴンの心臓を目掛け突きを放つ。
神速の突きが龍の心臓を貫いた。
「まだ、治るよね?」
背中に入れた剣と腕を引き抜く。
黒血に濡れた右手から左手に持ち替えると剣を構え直す。
「さようなら」
冷たい声と共に魔を断つ刃がドラゴンの首を斬り落とした。




