第12話 ドラゴン
片膝をつき魔力を回復させるヴェーラの隣。
エリオットは無謀にもドラゴンに近づいた二人を遠くから見ていた。
「──""スクレイト""」
エリオットは右手で右目を覆い、左目を開いてドラゴンにフォーカスを当てる。
解析魔術──それはエリオットが自身で身に着けた魔術だった。
それはただ単に頭の中にあるデータベースに照らし合わせるだけのもの。
エリオットがこれまで学んだモンスターの情報を呼び起こし、同系統のモンスターが居た場合は考えられる攻撃手段や攻略法を導き出すためのものである。
解析魔術を通して見たドラゴンは、どのモンスターの情報と照らし合わせても別格だった。
「どんな感じ?」
「……規格外。としか言いようがありません」
エリオットが開発した魔術であり、照らし合わせるデータはエリオットの中にしかない。
それ故に解析による標的の評価はエリオットの基準になる。
「そろそろモンスター図鑑でも作ったらどう? ドラゴンについて書いた本とか売れるでしょう?」
「生きて地上に帰ることが出来たらですけどね」
解析結果にも興味なさそうにヴェーラは立ち上がる。
決して解析魔術を馬鹿にしているわけではない。実際、この迷宮のモンスターの謎に気づいたのはこの魔術があったからこそだ。
「……ヴェーラさん。楽しくなってますか?」
「わかる? 仕方ないでしょ、あたしが全力を出してもいい相手なんて初めてだもの」
「そうですか」
エリオットには理解できない。
このヴェーラもフェリシアも……そして、アロットも。
何故、そこまで災厄に立ち向かえるのか。
(或いは、それが僕が選ばれなかった理由なのかもしれませんね……)
胸の奥に恐怖しかなかった。
だからこそ、エリオットはヴェーラの傍を離れられなかった。
「怖がらなくてもいいわよエリオ」
核心をつく言葉に心臓が跳ねる。
「……バレてますか」
「そりゃね。ずっと眼を開いたまんまよあなた。逃げたきゃ逃げていいのよ」
「足が動いたらとっくに逃げてますよ」
「そう?」
正直に情けない言葉を口にするが、ヴェーラは決して笑わない。
それが普通であり、彼女は自分自身が普通でないことを理解してる。
だからこそ、不気味なほどに優しい声で語り掛けてくる。
「でも、エリオ。今すぐ逃げなさい」
「ヴェーラさん……?」
「ここに居たら危険だから」
聖母のような笑みを向けてきた。
こんな表情は今まで見たことがない。
何かを──何か覚悟を決めた最後のセリフのような気がした。
「ヴェーラ!!」
アロットの声が聞こえた。
反射的に声のした方に目を向けると、エリオットは脊髄を抜かれるような不気味な浮遊感を味わった。
ドラゴンが空を飛んでいた。
こんな場所であり得ることではない。
恐らく飛翔ではなく跳躍なのだろうが、天井の高さを完璧に把握し背中をぶつけることなく飛んでいた。
死を直感し、時の流れがひどく遅くなって感じた。
「エリオ!」
ヴェーラの声にエリオットはハッとした。
気力を振り絞り、ヴェーラに言われた通り彼女から距離をとる。
わかっていたはずだ。
炎息に対抗してくる相手がいるのだ。
ドラゴンはこの四人の中で一番脅威になる相手に標的を定めた。
炎がダメなら、その肉体で仕留めるまで。
「厄災の象徴が、随分と必死じゃない?」
その挑発が聞こえたのかはわからない。
だが、その言葉と同時にドラゴンはヴェーラ目掛けて滑空。
巨大な翼で空を掴み押し出すように射出された巨躯が空中から襲い掛かる。
ヴェーラは────
「っ!」
────逃げなかった。
大きく口を開け、ヴェーラを飲み込まんと襲い掛かる
投げ出された巨躯が地面に落ちる。
轟音と激震が部屋の中に響いた。
下顎が地面に突き刺さろうと、その地面ごと喰らうように進む。
土煙が舞う。
勝利を確信したかの如くドラゴンが顔を上げた。
その口元には赤い鮮血が付着していた。
「そんな……」
唯一ドラゴンに抗える者、唯一の勝機が目の前でなくなった。
エリオットが絶望に打ちひしがれる中──騎士と魔導師はまだあきらめていなかった。
アロットがドラゴンとの距離を詰める。
虚烙を使えばフェリシアの剣で斬れるはず。
ドラゴンの背後を取ったアロットが仕掛ける。
「""括り縫われし凶装 導師の──!?」
黒い影が視界の端に映る。衝撃が──右半身を襲った。
直前で危機を察知し反射的に障壁を纏ったものの、その衝撃は殺しきれない。
アロットの身体は地面を二度三度と跳ねて壁に吹き飛ばされた。
「アロットさん!!」
こちらに気づいていないと思って油断していた。
ドラゴンの尾による薙ぎ払い。
間合いに入ったアロットは焦りからか、ドラゴンの間合いに入っていたことに気づかなかった。
「よくも──」
ドラゴンは更に尾を振り払いフェリシアを牽制する。
割りきる。ここでアロットの元に駆け寄っても出来ることはない。
魔術の使えないフェリシアに出来ることは限られている。
アロットとヴェーラの二人がやられた。
「やってくれましたね……」
怒りを込めて剣を握りしめる。
冷たい蒼い瞳がドラゴンを睨みつける。
フェリシアは冷静だった。
驚くほどに静かな怒りはただ目の前に映る脅威を排除することに集中していた。
その異質な殺意がドラゴンを刺激した。
フェリシアを新たな脅威と認識したドラゴンは明確な殺意を持って、騎士に目掛けて尻尾を叩きつける。
銀の閃撃が──────ドラゴンの尻尾を斬り落とした。
「なっ……!?」
驚いたのはエリオットだった。
魔術による補助もなく素の斬撃でドラゴンの尻尾を斬り落としたのだ。
ドラゴンは悲鳴も上げることなく静かに次なる標的を認識。
フェリシアと向き合おうとその巨躯をゆっくりと動かす。
「""食べるものには気を付けなさい 美食家さん""」
ドラゴンの足元で赤髪の少女が呟いた。




