第11話 炎
灼熱が辺りを包み込む。
この世の光景とは思えない炎の高波がうねり狂っていた。
(……ありえない)
そんな言葉を口に出すのは何度目だろうか。
言い伝えでは街一つを飲み込むとされるドラゴンの炎息。
その言い伝えが間違っていないと思えるほどの灼熱の中で──少女は笑みを浮かべていた。
「このあたしに火力勝負とはいい度胸ね」
それはどちらかと言うとドラゴンのセリフなのではないだろうか。
しかし、現実としてヴェーラの放つ炎はドラゴンの炎と拮抗していた。
炎の波がぶつかり合う。
押し出された熱波が吹き付ける度に、喉も肌も焼けるかのようだった。
ヴェーラの表情にも余裕はない。
全力をもって龍の炎に抗い続ける。
「はああああああ!!」
声を上げる。それは彼女が自身の魔術に対して初めて感情を乗せる咆哮だった。
ヴェーラ・ヴァーミリオンという天才にとって生まれて初めての全身全霊を込めた炎だった。
拮抗──否、ヴェーラの炎がドラゴンの炎を押し返し始めた。
「うそだろ……?」
ヴェーラの後ろに立つ三人は立ち尽くしていた。
ドラゴンの炎を押し返すということは、ヴェーラの炎はドラゴン以上だということだ。
災厄と称される炎を超える。それはつまり……
(紅赫伯どころじゃない)
蒼師位、下手をすれば銀聖将になる程の魔術の格の違いを目の当たりにしている。
「そこを──どきなさい!」
ヴェーラの火力がさらに跳ね上がる。
龍炎を飲み込んだ魔炎はそのままドラゴンの頭部を飲み込み、その巨躯を駆け巡っていった。
「……やったのか?」
燃え上がるドラゴンの身体を見てアロットが呟いた。
「そんなわけ……ない、でしょ……」
激しく消耗したヴェーラが肩で息をしている。
滝のように汗を流し意識が朦朧としながらも、ヴェーラはドラゴンから目を離すことはしなかった。
ゆっくりと、炎の中から災厄が姿を現した。
炎はヴェーラの方が上だった。
だが、炎ではドラゴンを倒すことは出来ない。
硬い鱗を纏った外殻だけではなく、その体の内側も自ら吐き出す炎にも耐える炎耐性を持っている。
「まるで……ダメージなしですね」
「これじゃ勝っても分が悪いわね……」
エリオットが冷静にドラゴンを観察し、ヴェーラは舌打ちをした。
絶望的な状況に変わりはない。むしろ、あれほどの炎を受けて無傷だという事実が更に三人を追い込んだ。
「ヴェーラは少し休んでろ」
「馬鹿言わないでよ。そんな暇ないでしょ」
「だから少しだ。その時間は稼ぐ」
「はぁ? あんた一人でなに──が……?」
そこでヴェーラは気づいた。
一人足りない。
エリオット、ヴェーラ、アロットの三人しかいない。
炎に飲まれたのかと思ったが、それにしてはアロットが冷静すぎる。
騎士は──フェリシア・ブレイクハートは既に駆け出していた。
ドラゴンに炎は効果がなくとも、その視界を覆う炎は目くらましとして充分に機能していた。
ヴェーラの炎がドラゴンの炎を押し返すと同時に、その炎の陰に隠れるようにフェリシアは駆け出していた。
ドラゴンの眼がフェリシアを捉えたが、既に剣の間合いにまで詰めている
「手合わせ願います」
フェリシアがドラゴンに向けて冗談交じりに言う。
騎士の接近に気づいた赤龍は左前脚で迎撃に移る。
ドラゴンの爪撃。
グランクレイグの外壁をも切り裂くと言われる凶爪がフェリシアに襲い掛かる。
「────っ!!!」
剣の刀身で受け流そうとした──が、フェリシアは全力で体を捻って回避に徹した。
凶爪が大地を穿つ。
飛び跳ねる土塊が降りかかる中、フェリシアは歯を食いしばった。
不可能だ。
あの爪の一撃を受け流すことなど出来るわけがない。
失敗すれば剣が折れるだけでは済まない。
それでもフェリシアは恐れて退くことはなかった。
「──虚烙」
フェリシアに意識が向いてるうちに、ドラゴンの正面から近づいたアロットが虚弱の魔術にて補助をする。
光の杭は爪撃を繰り出した左前脚に命中。
貫いた光の六花はダメージはない対象の力を奪う弱体化の魔術。
それを見たフェリシアが剣を振るう。
光の六花を目掛けて踏み込み、力強く振り抜いた。
銀の閃撃。
鱗を纏った太い脚に太刀傷を負わせるが……。
「浅い……!」
フェリシアは奥歯を噛み締め苦い顔をする。
肉を切り裂き骨に達した感覚はある。
だがその骨の強度が異常だ。
感触だけで言えばガーゴイルの比にならないほどの硬さ。
(虚烙は効いている。白き異形とは違い、魔力への対抗性はない)
アロットは冷静に思考を回転させて手ごたえを確認する。
(だが詠唱破棄の拘束魔術はまるで効いていない。これは……単純にこいつの力が強すぎる!)
弱体化魔術の他に拘束魔術も掛けては見るが、ドラゴンの動きに影響を与えているようには見えない。
威力を抑えた簡易版とは言え、最も得意としている魔術が全く効いていないことに心臓が深く沈みこんだ。
「一般魔導師にはしんどいな……」
冷や汗を垂らしながらやけくそ気味に笑みを浮かべた。
少なくともガーゴイルはアロットの魔術から逃れようと空へ逃げた。
だが、このドラゴンはそんな素振りも見せない。
それどころかアロットなど眼中にもないのか、傷を付けた騎士の方を睨みつけていた。
その傷も痛がる素振りも見せなければ、驚異的な再生力で既に塞がりつつある。
「不死身と言い伝えられる再生力も持っているようですね」
剣を正面に構え、銀の刀身に蒼い光を乗せる。
ただでさえ剣では致命傷を与えることが難しいというのに再生力まで持っている。
ドラゴンは首を伸ばしフェリシアを睨む。
「けれど、首を落とせば死ぬでしょう?」
攻略法を見つけたと言わんばかりにフェリシアは静かに笑みを浮かべた。
「……それをどうすればいいのかの話じゃないのか?」
それが出来れば苦労しない。
やはりフェリシアにはこれと言って作戦はないらしい。




