第9話 封印の間
「さあ、着いたわよ」
先頭のヴェーラが立ち止まる。
宙を羽ばたいていた火の蝶は壁や床などに留まって周囲を照らしていた。
長い階段を下りて少し広い空間に出たかと思えば、アロットとフェリシアはヴェーラの前にあるそれを見て目を見開いた。
「なんだこれは」
「……扉、ですか?」
それは大きな石の両扉だった。
アロットの二倍近い高さのある扉をヴェーラは拳で軽くたたいた。
「あなたたちにはこの扉を開けてもらう」
「なんだって?」
一体どういうことなのか。
言葉の意味を探る前にフェリシアがアロットの袖を引いた。
「竜人拳の出番ですね」
「なによそれ」
「俺の魔術だよ。打撃に込めた魔力を相手の内側で炸裂させる」
「なんでそれが竜人拳なのよ」
「この魔術はガーゴイルが使ってたのを俺が模倣したものだ」
「模倣?」
「俺は身体で受けた魔術を模倣出来るんだよ」
「あなたも大概おかしいじゃない」
ヴェーラとエリオットがドン引きしているのがわかる。
ちなみに竜人拳の名前はフェリシアが付けていた。魔術に対して無関心すぎるのも如何なものかと、興味を持たせるように名前を付けさせた。
人の意志と感情を乗せる上で魔術に名前を付けるのは必要なことだと言われている──所説ある話ではあるが。
「ですが、壊していいならヴェーラさんが既に壊してますよ。ヴェーラさんは我慢弱いので」
「エリオ」
「そりゃそうだ」
「あなたも納得してんじゃないわよ」
貴重な遺跡の代物だ。
壊すことで重要な何かが失われてしまう可能性がある。
一目見ればわかる。この石の扉だけ周囲の景色と比べると妙に浮いている。
「特別な扉か」
試しに扉に触れてみる。
冷たい感触、軽く触れただけでもズシリとした重厚感が伝わってくる。
グランクレイグ人の性か、触れただけで強力な魔術で造られた石の扉だということがわかる。
ヴェーラは簡単に壊せるかのように言うが、これは生半可な魔術では歯が立たない。
だが、扉である以上は開く構造になっている。
「ここで試されるのは純粋な腕力ということですね。魔術とは無縁な話だとは思いませんか?」
「確かに、その細腕じゃ無理そうだ」
エリオットは両腕を上げて胸元をさらすような構えをとる。
背は高いが細身のエリオットでは、この扉を無理に押そうとするだけで本当に骨が折れるかもしれない。
これほど大きな扉を魔術ではなく腕力で押して開ける。
いったいこの世界で誰が出来るのだろうか。
「あなたたちが変態魔術で体を鍛えてるって話をしてたからね。もしかしたらこういうのは得意分野なんじゃないかって」
「変態魔術……いや、もういい」
自分自身に拘束魔術を掛ける人間など他にいないのだ。そう言われても仕方ないとアロットは受け入れた。
「単純な力だけなら、私よりも先生の方が強いはずです」
「そうか? …………そうか」
何故か一人で扉を開けることになっているらしい。
四人いるのだから四人で力を合わせればいいだろうが、ヴェーラとエリオットは役に立たない。
フェリシアなら期待は出来るが……
(まあ、開けた瞬間にモンスターが飛び出してきたら危険だからな)
フェリシアにもしものことがあったらまずい。
それにフェリシアが剣を構えてくれていることの安心感を考えれば妥当だろう。
ヒーラーは後方にいろ──この遺跡に入った時に言われたことは何だったのかと思ってしまうが、アロットは気にしないことにした。
「やってみるしかないか」
両手を扉に当てる。
拘束魔術は既に解いている。準備は万全だ。
一つ、二つ……ゆっくりと深呼吸をしてから力を込める。
「フ──ッッッ!!」
渾身の力を込める。
ごりごり。と、石の扉が僅かに動くと地鳴りのような音が周囲に響いた。
「うわぁ。本当に押してるわよ……」
「あり得ませんね。アロットさんは本当に人間なんですか?」
「わりと疑わしいです」
好き勝手言われているのが聞こえてきてアロットは手を止めた。
石の扉は確かに動いた。それでも人が通られるほど開くにはまだ時間がかかりそうだ。
アロットは一度膝に手を置いて休息する。気づけば大量の汗が流れていた。
「重すぎるだろ……」
本当にこれは腕力で開けるものなのか?
冷静に考えると疑問が浮かぶ。
もしかしたら扉を開ける装置がどこかにあるのかもしれない。
それかこの扉を開けるための魔術の術式がどこかに刻まれているのではないだろうか。
この行為に疑いを持ち始めたところで、エリオットがアロットの肩に手を置いた。
「力をお貸ししましょうか?」
「あんたじゃ無理だろ」
「そうですね。僕には無理ですしヴェーラさんにも無理でした」
「何を──」
「""古き夢の続きを──""」
魔術の詠唱。
「""リアライズ""」
身体が軽くなるのを感じる。否、軽いというよりは力が沸きあがるような感覚。
体の内側に熱が籠る。
胸の奥から湧きわがる熱が体中に巡るのを感じる。
「これは、身体強化の魔術?」
現代において使う機会がないとされる魔術。
そんなものを使うくらいなら攻撃魔術を磨く方が良い。
肉体で戦う人間がいるとしたら、それは騎士くらい。
身体強化の魔術が使えるとしたら──
「人間には無意識のうちに抑え込んでる力があると言われています。僕のこの魔術はその抑え込んでる力を解放する。……そんな感覚に近いです」
「誰かに教わったのか?」
「いえ、そういう人体の説を知って、そういう風に解釈した僕の魔術です」
理屈は理解できる。
無意識に抑え込んでいる力、それは魔術にしてもそうだ。
例えばヴェーラの圧倒的な火の魔術は誰もが使っている魔術の延長線上にあるものでしかないが、同時にただの火の魔術をあそこまで火力を上げることが出来る人間はまずいない。
火は時として使用者にも牙をむく。それを知っているからこそ無意識に火力を落とし、攻撃に転用する時は明確に形と役割を持たせる。
そうやって自分の身を守るために自分の力を抑え込んでいるという説はわからなくもない。
「…………助かる」
何故、このような魔術をエリオットが使えるのかは聞かないことにした。
今は自分の役割を遂行する。
「ハァ!」
もう一度、渾身の力を込めて石の扉を押し開く。
先ほどよりも豪快に地面を擦る音を轟かせ、重い扉が開いていく。
「大したものね」
もはや感心するしかないようにヴェーラは呟くと、一足先に扉の隙間から火の蝶を中に入れる。
扉はゆっくりと開き、やがて人が通れるほどの隙間が出来上がる。
「丁寧に開ける必要もないだろ」
これで充分だとわかるとアロットは扉から手を放す。
それと同時に湧きあがった力が落ち着くのを感じるとエリオットの方を見た。
「無理やり力を解放させるので、あまり長く持続しないようにしています」
「確かにそれがいいかもな」
潜在能力の解放ともいうべき感覚からか少し眩暈がした。
少なくとも従来の騎士に使用していた身体強化の魔術ではないだろう、あまりにも効果時間が短すぎて騎士の戦闘には向いていない。
だが、一時的なバフとしては充分に使えると言える。
手を握ったり開いたりしながらアロットは感覚を掴んでいた。
「もしかして、僕の魔術も盗まれましたか?」
「別に盗むつもりはない」
「冗談ですよ」
その二人を余所にヴェーラは開かれた扉の中に立ち入る。
火の蝶が部屋の中を飛び回る……想像以上に天井が高く広い部屋。
続いて三人が部屋の中に入るが部屋の奥が暗く何も見えない。
「光を増やすわ」
ヴェーラは更に三匹の火の蝶を召喚する。
ゆっくりと、ゆっくりと羽ばたく火の蝶が部屋の中を照らしていく。
石の床、石の壁……かなり広いこと以外に今までと違うものはないように──思えた。
部屋の奥に佇む岩のような影を見てヴェーラは息を飲んだ。
「…………構えなさい」
「なんだって?」
聞き返すが、ヴェーラは振り返ることなく前を見続けている。
その首筋に汗が流れたのが見えた気がした。
赤い瞳の見つめる先────山のような巨体が喉を鳴らしていた。




