第8話 深層へ
迷宮の奥へと下っていく。
石の通路は相変わらず続き、時折現れる階段を下り降りて進む。
別れ道も多く入り組んだ迷路にも関わらず、ヴェーラは躊躇うそぶりも見せず歩き進む。
「随分と迷いがないな」
「行先はもう決まってるから」
「行先?」
「ええ、この辺りは調査し終えた──とは言えないけど、気になるところがあるから」
アロットとフェリシアはヴェーラと同行することを条件に迷宮への立ち入りが許可されている。
勝手な行動は許されない為、ヴェーラの言うとおりにするしかない。
それでも、やはりこの辺りも気になってアロットは目だけで周囲を見渡した。
なんの変哲もない石の回廊に見える。
迷宮の入口付近……上層部と特に変わった様子はない。
不気味なほどに規則正しく繋げられた石の回廊は変わらず。
違うことはと言えば、燭台は設置されていなくヴェーラの火の蝶だけが頼りなくらいか。
変わらぬ風景に精神的に疲れてきそうになる。特に前を歩く騎士は苦手だろう。
「疲れてないかフェリシア」
「はい。大丈夫です」
冷たい蒼い瞳。
剣を抜いた状態のフェリシアならこの程度は問題ないのかもしれない。
(本当にこれはどういう状態なんだろうな)
剣を抜けば人が変わる。
しかし、白き異形の時はいつものフェリシアのままだった。
あれだけが例外なのか。何を条件にしてこの状態に入るのかが曖昧だ。
アロットが頭を捻らせていたところで、フェリシアが立ち止まった。
「どうした?」
「水を貰っていいですか? 喉が渇いてしまって」
「ああ」
振り返ったフェリシアの顔を見て少しほっとした。
確かに抜刀時の状態にはあるが、別に気を張り詰めてはいない様子だ。
アロットは小型水筒を取り出してフェリシアに渡す。
こうして頼ってくれるうちは視野を広く保てていると安心できる。
喉を鳴らして水を飲むとアロットに返す。
なくなった分は魔術により手早く補給する。
握った水筒の内側に直接水を生成、魔術でこまめに補給が出来る以上、水筒は大きさよりも携帯性の良さが大事だ。
「魔術が使えないのは不便ね」
「そうですね。先生がいないと私は剣を振ることしかできません」
「自信満々に言うこと?」
「その分、剣の腕には自信がありますから」
「へぇ、面白いわね」
フェリシアは随分と喋るようになった。
元々明るい性格だったが、抜刀時の状態ではあまり感情を露わにしない。
(いや、もともとの明るさも無理をしていたかもな)
騎士の使命を受け入れて、それらしく振舞おうとしていた。
今のフェリシアはむしろ素の状態に近いのかもしれない。
フェリシアの不敵な笑みを見てアロットは一つ気づいたことがあった。
「そういえば、モンスターには出会わなくなったな」
「ちょうど境目を歩いているからね」
「境目?」
「モンスター同士の縄張り。リザードマン、グレイバット、レッドスライム、プルローパーここら辺のモンスターの縄張りは把握してるから」
「だからグネグネ歩いているのか」
「なるべく戦闘は避けたいでしょ」
両手の掌を返してヴェーラはため息を吐いた。
意外と消極的な性格をしているのかと思ったが、その点はエリオットが補足した。
「貴重な迷宮をあまり傷付けたくはないですからね」
「それもそうか。……そこまで火力出さなきゃいいんじゃないか?」
「ヴェーラさんは戦闘に関しては面倒になりやすいんですよ」
「うるさいわね。別にいいでしょ」
エリオットの言うこともわからなくはない。
ヴェーラの攻撃魔術が先刻見た炎の魔術だとしたら、それはあまりにも魔術としてはつまらない代物だ。
マルタの光の剣のように、リゲルの炎の蛇のように、何かしらの形として顕現させるようなものでもない。
「それにしても」
縄張りの境目。聞いたこともない言葉だ。
確かに自分の縄張りを持つモンスターは居るが、境目というものが出来る程縄張りが綺麗に分かれているものなのだろうか。
「モンスター同士が共存しているのか?」
ならば──いや、そもそもここにいるモンスターはどうやって生きているのか。
何を食べて生きながらえているのか。
モンスター同士が食らい合っているのかと思ったが、だとしてもそれだけで生きていけるのか。
「何か言いたそうねアロット」
「ここのモンスターはどうなっている?」
「……わからないわ」
振り返った赤い瞳がまっすぐに見つめてくる。
「あたしも同じことを考えたわ。けれどモンスター同士も敵対はしている。尤も、相性が悪い相手とは戦わないようにしてるみたいだけれど」
「そもそも、こんな環境でそんなにモンスターの種類が多いのもおかしい」
「そうね。種類は多いわね。けれど──」
ヴェーラは開いた口を一度閉じた。
そして、息を飲みこんだ後で再びゆっくりと口を開いた。
「不思議なことに、個体差は殆どないのよ」
「どういうことだ……?」
「例えばリザードマンなら全員がほぼ同じ体つきをしている」
「それが──」
「あたしはある仮設を立てたわ」
アロットの言葉を遮ると赤い瞳は今一度強い光をもってアロットを見上げた。
「この迷宮自体がモンスターを生み出しているとしたら?」
その仮説はあまりにも突拍子もないものだった。
何を言っているのか理解できずにアロットは言葉を失ってしまう。
「馬鹿な! ありえない!」
「そもそもここに居るモンスターの幼体を見たことがないのよ。隠して守っているのかもしれないけれどね。それでも、あたしはこの辺のモンスターを片っ端から燃やしたこともあるわ」
「……ここに居るモンスターは同じ姿で産み出されていると?」
ヴェーラは頷きはしない。
あくまで彼女の仮説だ。
「強力な魔術で造られ、環境を変えてしまうほどの過去の魔術の遺物。あなたなら見たこともあるんじゃないの?」
「……西風荒野の残塔のことか」
グランクレイグの者なら知らぬものはいない塔の墓場。
手入れなどされずとも長い年月の間崩壊することもなく残り続ける遺物。
強力な魔力が周囲を汚染し、草木が枯れ果てた荒野と化している。
そんな環境にも関わらず、西風荒野には強力なモンスターが徘徊している。
「魔術によって造られたモンスターだと……? あり得るのかそんな事が。ゴーレムとは訳が違うだろう」
「禁術──生命の創造に近い魔術の構築式がこの迷宮に組み込まれている可能性があるとしたら?」
「馬鹿げてる。何のためにそんなことをするんだ」
「知らないわよ」
禁術。その言葉にアロットの心臓を深く沈み込むような感覚が襲った。
もしそうだとしたら、魔導師の立場をからすれば引き返すべきだ。
これはアロットのような一般魔導師には手に負えない案件になり、直ちに副師団長に報告しなければならない。
しかし、あくまでヴェーラの仮説でしかない。
そして────
「先に進もうヴェーラ」
この迷宮が残塔と同じ時代のものだとしたら、まだ知らぬ過去がわかるかもしれない。
騎士の始まりを知ることが出来るかもしれない。
「言われなくてもそのつもりよ」
赤いコートを翻す。
小さな背中は迷いなく前を歩いていく。
アロットもそれに続く、この先に一体何があるのか。
知らなければならない気がした。
「…………すみません。二人は何の話をしてたんでしょうか」
「なんでしょうねぇ。僕もヴェーラさんの後ろを付いていくだけで精一杯で、話には付いていけないんですよね」
フェリシアとエリオットの二人は真剣な話を邪魔しないように黙りこんでいた。
エリオットはにこにことしていたが、フェリシアの方は……
「私のアロット君は普段後ろにいる癖に、たまに前に出て置いていくのでたちが悪いですよ」
明らかに不機嫌な顔をしていた。




