第7話 地下迷宮
地下深くへと張り巡らされた遺跡。
その入口はヴェルナトの街の中に複数存在しており、魔導師達はそれぞれ分かれて調査を行っている。
入口の一つから遺跡の内部へと入る。
石の階段を下っていくと、人がギリギリすれ違う事が出来る程の広さの通路に出る。
壁に付けられた燭台に火が灯ると、フェリシアは感嘆の声を漏らした。
この程度の魔術は文字通り造作もないようで、火を灯したヴェーラは黙って歩みを進める。
四人の足音が通路に反響する中、やがて大きな石の扉が姿を現した。
「あと数年もすればヴェルナトは更に栄えて都市と呼ばれるようになる。そんなことを言ってる研究者もいるわ」
「遺跡都市か。この地下遺跡はそこまで巨大なのか」
「そうね。きっと誰もが想像出来ない程に大きく深い」
ヴェーラが手をかざすと石の扉が重々しく開いていく。
地響きのような音を立てながらゆっくり、ゆっくりと扉が開いていく。
魔術による封印扉──こういった遺跡にはよく見られるものだ。
「けど、あたしがその都市に名前をつけるとしたら遺跡都市じゃない」
ガコン。と、石の扉が開ききる。
燭台に火が灯り、このフロアの全貌が見えてくる。
奥へ奥へと続く殺風景な石の回廊が姿を表すと、それは遺跡というよりも──
「迷宮都市ヴェルナト。あたしならそう名付けるわ」
無限に続く迷宮と呼ぶにふさわしいだろう。
「クウィン副師団長が迷宮って言ってたのはそれでか。これはまた気が狂いそうだな」
床も壁も規則正しく切り取られた長方形型の石が並べられている。
通路は思っていたよりも広く、四人が横一列になっても歩くことは出来る。
これならフェリシアの剣も気をつければ振るうことが可能だ。
同じ事を考えたのかフェリシアが剣を抜いて警戒態勢に入る。同時にアロットは自身とフェリシアに掛けていた拘束魔術を解除する。
「ここから先はモンスターが出るから」
「先頭はヴェーラでいいのか?」
「そうじゃなきゃ誰が先導するのよ。迷っても知らないわよ」
「それはそうだ。だが……」
この入り組んだ通路を見ると先頭にフェリシアを配置したくなる。
曲がり角からの奇襲などは魔術よりもフェリシアの剣の方が対応がしやすいはずだ。
(そう考えると、この場所では魔術の利点は少なくなるな)
何故魔術が発展したのかというのには様々な説があるが、それはどのモンスターよりも攻撃範囲が長いのも理由の一つとも言われている。
しかし、この迷宮の中ではその利点はほぼ活かせないだろう。おまけに射線が被って返って不利になる可能性が高い。
「俺かフェリシアを前に、ヴェーラがその後ろで案内をするのが理想だと思うが?」
「フェリシアはわかるけど、あなたが前に出る理由は何?」
「俺も近接戦闘の方が得意だ」
白き異形、ガーゴイル……それよりも強力なモンスターが出ないとは限らないが、あの二体を相手にした経験は間違いなくアロットに自信をつけた。
「どういうことよ」
ヴェーラが怪訝な表情で見上げてくるのもわかる。近距離での戦いが得意な魔術士などまずいない。
てっきりガーゴイルのことを聞いているのなら、アロットの戦い方も聞いたと思っていたが、やはり断片的にしか教えられてないようだ。
だが、アロットの提案を却下したのはフェリシアの方だった。
「先生は治癒術が使えるので下がっていてください」
冷めた蒼い瞳がピシャリと告げる。
ごもっともである。
「ヒーラーは後ろにいなさいよ」
「一応言っておくが、あまり大きい傷は治せないからな」
「あたしは自分の傷なら治せるから心配ないわ」
治癒魔術は高度な魔術だが、自信満々に宣言するヴェーラはやはり天才と言われるだけはある。
ただ、治癒魔術とは言わないところに少し引っかかった。
それを確認する前に背後のエリオットが声を掛けてきた。
「アロットさんは治癒魔術を使えるんですね」
「随行魔導師として一応な」
「元々使えたんですか?」
「いや、随行魔導師になってからだ」
「…………なるほど、そうですか」
閉じた瞼から金の瞳が僅かに覗いた気がした。
何か他にも言いたいことがあるような""間""を感じたが、エリオットはそれ以上は何も言わなかった。
ぱん。と、ヴェーラが手を叩いた音が聞こえた。
「無駄話はそれまでよ」
気を引き締め直して四人は迷宮へと脚を踏み入れる。
通路は入り組んでおり、いくつもの曲がり角に出会っては、更にその奥にも曲がり角が見える。
何度も繰り返される光景は常人ならばそれだけで気が狂うだろう。
ヴェーラは慣れた様子で脚を進め、その後ろをフェリシアが落ち着いた様子で付いていく。
フェリシアの後方にはアロットが付き、ヴェーラが曲がり角に出くわす度にモンスターの奇襲がないか警戒している。
最後尾はエリオットが担当している。
ヴェーラとエリオット。この二人の実力がはっきりとわからないからか、アロットは必要以上に周囲を警戒していた。
そんなアロットを見かねてエリオットが声を掛ける。
「この辺りもモンスターは出ますが、他の入口とも繋がっています。定期的に魔導師が巡回しているのでそんなに警戒はしなくてもいいですよ」
「警戒しろって言ったのはあんたのヴェーラさんだからな?」
「それにしてはアロットさんは警戒しすぎですよ。それではいざという時に逆に動けなくなりますよ」
「あんたらがどこまで戦えるか知らないからな」
「あぁ、確かに魔導師であるアロットさんからすれば、僕もヴェーラさんもただの一般人でしかないですからね」
アロットの嫌味にもエリオットは口元に笑みを浮かべながら答える。
その時、ヴェーラが立ち止まった。
「見たければ見せてあげるわよ」
「なんだって?」
「あたしの実力ってやつ。あなたの言う事も尤もだと思うから」
ヴェーラの耳にも当然先程の会話は聞こえていた。
それについて不快感を表すわけでもなく、ヴェーラは後ろを歩くフェリシアを手で制止して隊列を止めた。
カリカリ……。と、何かを引き摺るような音が聞こえる。
耳を澄ますと、ヴェーラが見据える先の曲がり角から足音が聞こえてくる。
ゆっくりと、ゆっくりと……その足音の正体が姿を現した。
「こいつはっ……」
ゴブリンやハーピィと同じく人型のモンスター。しかし、それらよりも大きな身体はアロットにも並ぶ程だ。
硬い鱗と火炎への耐性をもつトカゲのような顔したモンスター──リザードマンだ。
「三……いや、五体はいるな」
ぞろぞろと、五体のリザードマンが姿を表す。
彼らが四人を認識する。
咆哮が石の回廊に響きわたる。
この狭い通路で数を固める利点は少ないが、その威圧感は充分に肌をヒリヒリと伝わっていた。
(導師魔術の炎槍もそうだが、そもそも鱗が硬くて風刃だって半端なものは通らない)
普通に相手をするだけでも並の魔導師ならば苦戦するモンスター。
五体のリザードマンはこちらへ目掛けて走り出し────
「邪魔」
橙い炎が──リザードマンを飲み込んだ。
「………………は?」
一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。
ヴェーラが片手をリザードマンの群れに向けた。
巨大な炎が通路を走り、リザードマンの群れを飲み込んだ。
炎の魔術──ただそれだけだった。
高出力で放たれた炎がリザードマンを飲み込むと、彼らは一瞬にして灰と化した。
(あまりにも雑すぎる)
攻撃魔術として魔術を放つ場合、それらは何らかの形を持たせることがある。
炎の蛇、光の剣、風の刃──魔術とは人の想像力を具現化するものであり、明確な意志をもって形にする。
だが、これはただの炎だった。
ただ火をつけて、対象を焼失させた。それだけのことだ。
「よくあることです。自分も使える魔術だからこそ、それを更に究めた上位互換の魔術を見たときに心が折れる」
金の瞳を開けてエリオットが呟いた。
ヴェーラがやったことは言ってしまえばアロット達が普通に生活する上で使っている魔術と同じだ。
料理の時に、明かりをつける時に、そうした時に使うシンプルな火の魔術。
それを高出力で行っただけ。それが難しいことだとわかるのは魔術を使える者だけだろう。
フェリシアは静かにヴェーラを褒めたたえた。
「凄いですねヴェーラさん」
「烏合ね。……というか、あんたキャラ変わってない?」
「なんのことですか?」
火の根源的な恐怖を目の当たりにした気がした。
一度火が付けば辺りを飲み込む恐ろしさ。それを具現化したかのような炎の魔術だった。
故に…………
「冒険者からは嫌われそうだな」
一瞬のうちに灰にしてしまう火の魔術。
モンスターの素材など残らず、倒すことのみに特化している。
それ故に素材を集める冒険者や研究者にとっては、逆に居てほしくないタイプになる。
「そうね。だからあたしは冒険者としては生きられないわ」
「魔導師にならないのか。それほどの力があれば役に立つだろ」
特に北方魔術都市セヴェーレ周辺は強力なモンスターが多い。
単純に戦力になる魔導師は多い方がいい。
「嫌よ」
それは誰にも言えないことなのかもしれない。
ヴェーラの横顔からは何も読み取れない。
恐らく、今まで散々言われてきたことなのだろう。
それを今更ここでしつこく言うのも野暮と言うものだろう。
「大した理由ではないですよ。ヴェーラさんは赤色が好きなんです」
「……どういうことだ?」
「魔導師になると魔術称号の試験を定期的に受けることになりますから。ヴェーラさんは|赤色が好きなので紅赫伯よりも上の称号にはなりたくないんです」
「何言ってんだ?」
「言わなくていいわよエリオ。どうせ理解できないから」
「本当にそれだけの理由かよ」
そう言われると確かにヴェーラは赤い。
赤い髪に赤い瞳、赤いコートを羽織って──とにかく赤い。
瞳の色と髪の色は生まれつきだろうが、派手な色のコートは本人の好みによるものだ。
赤色が好きだから紅赫伯に留まっているという話は理解できないが、それはそれとしてヴェーラは既にラディアメルクの魔導師たちから信頼を得ている。
魔術称号を上げなくても良い状況とも言えなくもない。
(しかし、まるで紅赫伯じゃ収まらないみたいな言い方だな)
今の炎の魔術で紅赫伯並みの実力を感じ取れたが、それでも蒼師位程の実力があるかと言ったら難しい。
とはいえ、今の一瞬だけしか見ていないのも事実だ。
「まあ、頼もしい限りだな」
それでも、純粋にここまでの実力の魔術士が同行してくれるのは助かる。
……どちらかというと、アロット達が同行しているのだが。
「魔導師様に認められて何よりだわ」
ふん。と鼻を鳴らしたヴェーラは次なる魔術を放つ。
先ほどのような攻撃用の魔術ではなく、それはあたたかな光を放つ。
「炎の……蝶ですか?」
四人の周りを囲むように羽ばたく小さな三匹の炎の蝶が、陽炎を纏って羽ばたいて揺らいでいた。
一瞬、フェリシアは警戒して剣を握る手に力が籠ったが、それがヴェーラの魔術だとわかると警戒を解いた。
「この先はあたし以外通ってないから明かりが取り付けられてないのよ」
「なるほどな」
炎の蝶が隊列の前と後ろを羽ばたいている。
それだけで通路は明るく見通しは抜群だ。
(繊細な魔術だが……これも詠唱もなしか)
生き物の姿を模倣しながら、使用者を追従する光源。
それも三つ同時に展開するのは中々のものだ。
「他の魔導師は通ってないのか?」
「ええ、この先は特に危険だから」
「本当に信頼されてるんだな」
「どうかしら」
炎の蝶の一つを先行させる。
光源としてだけではなく、索敵──デコイの役割もあるらしい。
ヴェーラはその炎の羽ばた眺めていた。
「放任主義なのよ」
ゆらりゆらりと蝶が羽ばたく。
陽炎に揺らぐ小さな背中は頼もしさとほんの少しの寂しさを感じた。
「さ、行くわよ」
四人は更に迷宮の内部へと進む。




