第6話 食事の時間
連れて来られた小さな店には殆ど人がおらず、がらんとしていた。
食事時だというのにこのありさまでは期待は出来なさそうだが、それはそれとして静かに食べられるので悪くない。
アロット達は席に着くと各々注文する。
この店は魔導師達の拠点から少し離れている。効率よく遺跡調査を行うことを考えれば候補から外れるのかもしれない。
開きっぱなしの窓の外には暗いヴェルナトの天井が覗く。
風が通ることもなければ陽の光が差し込むことのない。
それが余計に店の雰囲気を悪くしている気がするが、この街の店はどこも似たようなものだろうと気にしないことにした。
「来たわね」
寡黙な店主の男がテーブルに料理を運んでくる。
店の雰囲気の割には綺麗な白い皿に堂々と居座るそれを見てアロットは言葉を失う。
「これは……なんだ?」
「モーゴリオワームの幼虫よ」
「……地中を掘り進むモンスターだったか?」
「そうよ」
皿の上に乗っているのはこんがりと焼かれた大きな芋虫だった。
まるまると太った体は背中を丸め、丁寧に牙の抜かれた口からは肉の塊がはみ出していた。
黒みかかった赤々としたソースが掛けられたそのグロテスクな姿は、今まで見た料理の中でも一二を争うほどのインパクトがある。
「成虫は甲殻が硬すぎて剝がせないのと肉が硬いから食べにくいらしいわ」
「貴重な情報助かるよ。それで、こいつの口からは何が出てるんだ?」
「羽獣の挽肉とかじゃなかったかしら。こいつの内臓は全部抜いて肉を詰めてるのよ」
「…………腸詰めみたいなものか」
ならもう少ししっかりと詰めてくれとアロットは思いながら芋虫の丸焼きを睨みつけた。
目はないはずなのに目が合っているような気がして落ち着かない。
「心配しなくても味の保証はするわ。意外とグルメなのよ、エリオは」
「あんたのお気に入りかよ」
突然出てきた名前にエリオットの方を向いた。
にこにこと笑みを浮かべ、アロットが手を付けるのを待っていた。
そもそもどうやって食べたらいいのか。
隣に座るフェリシアも黙り込んでしまっている。
いくら腹が減っていても躊躇ってしまうのだろう。そう思ってフェリシアの方をちらりと見た。
フェリシアの目の前の皿の芋虫は既にいなくなっていた。
「お前、すごいな」
「先生! これ凄くおいしいです!」
「ああ、そう……」
目を輝かせているフェリシアに、もはや何も言う気にはなれなかった。
そして、そうこうしている間にアロットが食べるのを見守る人間が三人に増えてしまった。
(なんで待ってんだよ)
何故、自分が食事をするところをこんなにみられているのだろうか。
意を決してフォークで胴体を串刺しにする。
ぶちゅり。と、中から溢れた肉汁が芋虫の口からも零れ落ちる。
そもそも中の肉に火が通っているのかも怪しくなってきたが、とりあえず芋虫の口の方から半分ほどを豪快に頬張る。
パリパリとした皮の触感、中に詰められた挽肉は噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してくる。
ソースもスパイシーで濃厚な甘さがあるが少しクセを感じる。
その疑問にはエリオットが答える。
「このソースはなんだ?」
「店主曰く、ワームの成虫の血に砂糖や香辛料などを混ぜたものだそうです」
「子供に親の血かけてるのかこの料理」
「成虫の方の血は滋養強壮に聞くとされていますからね。魔術とは奥深いですね」
「俺は恐ろしいよ」
一種の冒涜のようなものを感じてしまうが、別に命を粗末にしているわけでもない。
ただ、食す過程で親子のコラボレーションが実現してしまっただけだ。
いちいちそんなことで指摘していては食べる物も食べられない。
味は問題なく美味であるため、アロットは残りを豪快に食べつくした。
「他にもプルローパーの触手のレッドスライム掛けもおすすめですよ。パスタみたいで」
「……なんでこの店に人がいないのかわかったよ」
触手のスライム掛けとはなんだろうか。
食べられないものと食べられないものというイメージでしかないのでアロットはやんわりと断った。
フェリシアは芋虫が気に入ったのかおかわりを頼んだ。
中々に前衛的な店なのだ。
「そういえば、アロット達はガーゴイルを倒したのよね」
「悪いが肉は剥ぎ取ってないからな?」
「いらないわよ。なんでよ」
「今の話の流れだとそうなのかと。というより、ヴェーラも俺の報告書を読んだのか?」
「まさか。あたしは魔導師じゃないからクウィン殿にあなたの話を聞いただけよ」
品定めするような目でヴェーラは食事をしながら頬杖をついた。
「それなら問題はなさそうね」
「何がだ?」
「遺跡にはモンスターが出るからそれなりに危険なの。でも、ガーゴイルを倒せるなら戦力的には問題ないでしょ」
「モンスター? 遺跡ならゴーレムとかじゃないのか?」
アロットが違和感を口にすると、聞きなれない言葉にフェリシアが疑問を持つ。
「ゴーレム……ですか?」
「盗人に荒らされないようにするための防衛人形だ。遺跡なら基本的に配備されているものだ」
「モンスターではないんですか?」
「ゴーレムは魔術創造物だ。生き物じゃなくて、鉱石触媒を媒介に特定の行動するように命令を組み込まれてる石の塊だ」
はえー。と、話を聞いているフェリシアをヴェーラが眺めていた。
「なるほど、先生ね。随分と教科書は読み込んでいるみたい」
「嫌味か?」
「そんなんじゃないわよ。ある程度の常識を知っている人で助かるってこと」
「そのゴーレムとモンスターでは何が違うんですか」
「ゴーレムとモンスターは敵対関係にある。そもそもゴーレムが侵入者を拒む守護者だからな」
「ガーゴイルと同じですか」
「いや、あれは──」
アロットはそこで気が付いた。
ガーゴイルはモンスターだ。
だが、ゴーレムと同じく遺跡を守護する者だとして、その二種の違いはなんだろうか。
アロットは改めて疑問に思い口元に拳を当てて考え込む。
「ガーゴイルとゴーレムは共存していることはないわ。ガーゴイルの方はもっと古い時代に創られた守護者だから。奴が出てくる遺跡は本当に少ないのよ」
「ガーゴイルの方が古いのか」
「そういう遺跡の方にガーゴイルは出てるのよ。空白の章よりも前の時代に造られたであろう遺跡にね」
「遺跡の年代なんてどう調べるんですか?」
そのフェリシアの質問はアロットが先生として教える。
「そういうのを読み取る魔術もある。トルメリア街道とかで地層を見たことはあるよな?」
「地層って、あの土が積もって層になるアレですよね」
「ああ、その地層から歴史を読み取れるというのを土の概念の一つとして解釈し、歴史を読み取る解析魔術を造ったりする」
「……なんだか解釈って言えばなんでもありですよね」
「なんでもありだな。使えるかどうかは別だが」
アロットも専門外ではある為、あくまで学院で教えられた範囲のところまでしか教えられない。
と、そこでフェリシアが何かに気づいた。
「ガーゴイルってそんなに長生きなんですか?」
フェリシアの核心を突くような一言にアロットは唸る。
確かにガーゴイルはモンスター──つまりは生き物だ。
空白の章よりも前の時代から遺跡を守っているなら、大雑把に計算して五百年は生きていることになる。
「それは封印魔術、或いは結界魔術の類よ。特定条件下で解除されるように設定して、その時以外はまるで時が止まったかのように肉体を維持して停止し続けているような」
「流石に詳しいな」
「あたしも全然知らないわよ。封印魔術は禁術の一つだから情報は殆どないんだから」
「きん……じゅつ……?」
フェリシアが首を傾げるとエリオットが説明する。
「そのまんま使うことが禁止されている魔術のことですよ。知ることすらも禁忌とされ重い罪に問われるんです」
「そういうのもあるんですね。ちなみに私は魔術が使えませんけど、それでも知ろうとしたらダメなんですか?」
「どうなんでしょう。この場で唯一の魔導師であるアロットさんの見解を聞いてみたいですね」
「駄目に決まってるだろ」
真顔で注意をされてフェリシアは「あぅ」と声を漏らした。
本人が使えなくても、そこから第三者に情報が渡る可能性だってある。
「それにしても騎士って本当に魔力がないのね」
「わかるのか?」
「? わかるでしょ。エリオもわかるわよね」
「はい。僕は小さい頃に前回の騎士様にもお会いしましたが、騎士の皆様からは魔力を感じませんね」
バルファローネが言うには今までの騎士にはほんの少しだけ魔力があり、フェリシアには全く魔力がないという話だ。
ヴェーラの才能からフェリシアに全く魔力がないことに気づいたかと思ったが、そもそもヴェーラの年齢を考えると今まで騎士に出会ったことがない。
一瞬、バルファローネ並み魔力探知能力があるのかと思い驚いてしまった。
「禁術って他にもあるんですか」
「フェリシア?」
「え!? なんですか!? 違いますよ!」
「何が違うんだ?」
「事前に駄目なことは確認しておいた方がいいかなぁー……って──せ、先生! 拘束を強めないで下さい!」
フェリシアが犯罪者になる前にアロットは拘束魔術を強くして抑えつけようとする。
それでも慣れてしまったのか、フェリシアは思いのほかバタバタと手を動かしている。
「金を造ったり、死んだ人を蘇らせたりとか……な。尤も前者は特定の家系以外許可されておらず、後者は成功例がなく惨い失敗だけが起きているのが主な理由だ」
「教えちゃっていいわけ?」
「ここまでは常識の範囲だ。俺もここまでしか知らない」
「まあ、そうね」
そこで思い出したかのようにヴェーラは「あ」と声を漏らした。
「トルメリア街道もそうでしょ」
「あれは単純に魔術法違反なだけだろ」
「え、どういうことですか?」
「魔術で大規模に地形を変えるの禁止されているって言っただろ。さっき言った魔術の解釈は自然現象から着想を得ることが多く、そういうリスペクトの精神から──」
「待って下さい。じゃあトルメリア街道は通ったら駄目だったんじゃないですか?」
フェリシアが怪訝な目で伺うも、アロットは話を続けた。
「トルメリアという家の人間が勝手に作ってしまったんだ。そのまま放置するわけにもいかないので魔導師として念の為調査をする必要があった」
「答えになってませんよね。先生?」
「遺跡の立ち入り許可が出るまで滞在してたって聞いたけど、あなた達がラディアメルクを経由してたらもっともスムーズに遺跡に入れたんじゃないの?」
「先生?」
「どの道無条件で貴重な遺跡の中に入れるとは思わない」
「先生?」
「落ち着けフェリシア」
フェリシアが冷たい蒼い瞳をしている。
その気になれば一太刀で斬り伏せるような目をしている。
それ程までにフェリシアは退屈な日々を過ごしていたのだ。
睨みつけられるアロットをエリオットがフォローする。
「トルメリア街道の調査は必要でしたが、遺跡の方に人が割かれてるのが現状でした。アロットさんの報告書はかなり有益だったことだと思います」
「クウィン殿があたしに同行させたのはそれのおかげね。じゃなかったら遺跡の奥までは立ち入らせてくれなかったかもしれないわ」
「それはそれで大袈裟な気もするが」
「自信を持ちなさいよ。あなたは作文がお上手なのよ」
「褒めてないだろそれ」
「まあ、実際どうなのかは考えても仕方ないでしょ」
食事を終えたヴェーラが立ち上がる。
「もう一度言うけど、ここからの危険度はあたしも測りきれてない。だから自分の身は自分で守ってよね」
見下ろしてくる赤い瞳に一切怯むことなく、アロットとフェリシアは了承する。
そして、食事代は全てアロットが支払うことになった。




