第5話 助手
外に出るとオレンジ色の街灯と空を覆う天井が目に入る。
そういえばそうだった。と、アロットはまだヴェルナトの街並みに慣れずにいた。
日出も日没も分からないこの街では時間感覚が狂ってしまう。
外ではフェリシアとヴェーラと……あと一人、見知らぬ男がいつの間にか合流していた。
「誰だあんた」
フェリシア達に近づいて開口一番。アロットは見知らぬ男に声を掛けた。
顎下まで伸びる男性にしては長い亜麻色の髪。
後頭部で小さなポニーテールを編んで、前が見えているのか怪しい糸目。
仕立てのよい白い服を身に纏い、ヴェーラとは違って前のボタンをしっかりと締めている。
細身でアロットよりも背が高い若い男。
団服を着ていないあたり、この男も魔導師ではない。
「ああ、僕ですか? 僕はエリオット──エリオット・フレイです。以後お見知りおきを」
名前を教えられたところで、だから何なんのだとアロットは目を細めた。
「僕はヴェーラさんの助手をさせて頂いてる者です」
「助手?」
「エリオが勝手に言ってるだけよ」
「ありがとうございます」
どうでも良さそうにヴェーラが言うとエリオットは何故か頭を下げた。
(こいつはこいつで変な奴か)
そんなことを思っているとエリオットがアロットの方に顔を向けた。
静かに、その瞼の隙間から金色の瞳が覗いた。
「アロットさんですね。貴方とは僕と似た雰囲気を感じます」
「いいや?」
アロットが真顔で否定するもエリオットは笑みを浮かべる。
似ている要素なんて一つもないだろう。と、アロットは改めてエリオットを見る。
「助手ってことは付いてくるのか?」
「そうね。エリオはあたしとずっと行動してるから」
「助手って何してるんだ?」
「別に何もしてないわよ。エリオは殆ど勝手に付いてきてるだけ」
「どういうことだ?」
「だからエリオが勝手に助手って言ってるだけなのよ」
「じゃあただの不審者だろコイツ」
今一度蔑んだ目でエリオットを睨みつけた。
「あなたも同じでしょ。自分の身体に拘束魔術掛ける変質者」
「それは騎士を育てる為だ」
「なら、あなた自身がやる必要はないじゃない」
「それはそうだが」
「先生は真面目ですから。自分一人だけ楽しようとしないんですよね」
「別にそういうのではないけどな」
「『先生』?」
フェリシアの言葉にヴェーラが引っかかった。
「フェリシアが勝手に呼んでるだけだ」
「ふーん」
「やはり僕らと似てますね」
「なんでだよ」
ニコニコとするエリオットを睨みつける。
ヴェーラの方は少し……興味深そうに見ているように感じた。
何か気になることでもあるのか。
アロットが聞こうとした時、フェリシアが割り込んでくる。
「それで地下遺跡への立ち入りは許可されたんですよね」
「そうだな。ヴェーラの付き添いになるが」
「でもヴェーラさんって魔導師ではないんですよね?」
フェリシアもヴェーラが魔導師でないことに違和感を覚えていた。
遺跡の管理は魔導師が行っているものだ。それが魔導師ではないヴェーラにも任されている。
疑問に感じるのもおかしいことではない。
「優秀な人材はいつだって人手不足ってことよ」
「自分で優秀とか言うのか」
「周りが嫌でも言うから仕方ないでしょ」
「それもそうだな」
「ヴェーラさんは魔導師の方々から信頼されてるんですね」
「信頼とは、また違うと思うケドね」
呆れたような顔で溜め息とともにヴェーラは訂正する。
「そんなことよりも」と、フェリシアを顔をジトりと睨みつけた。
「ヴェーラでいいから」
「え?」
「呼び方。なんでそんな堅苦しいのよ」
「えぇと、駄目ですか?」
「エリオみたいなの二人もいらないから」
「え、それは……」
エリオットへの悪口のように聞こえたが、当の本人は相変わらずの糸目でニコニコしている。
アロットも思っていたところだ。
フェリシアの喋り方はもう少しラフにしてもはずだと思うが、本人がいいなら無理に矯正するのも違うだろうとそのままにしていた。
「シスターのが移ったんだろ」
「シスター?」
「あ、はい。私は物心ついた時から孤児院だったので、その時に優しくしてくれたシスターの喋り方が」
「ふーん。別にもっと楽に呼べばいいのじゃない」
「そうですか? じゃあ……ヴェーラ?」
「…………なに?」
おずおずと、ヴェーラの顔色を伺ったのちにフェリシア笑みを浮かべ、照れくさそうに名前を呼んだ。
ヴェーラも少し照れているのか顔が赤くなっていた。
(…………なんでだよ)
アロットは二人の様子を見て困惑していた。
フェリシアは笑みを浮かべ、ヴェーラは顔を逸らしていた。
なんでそんなことになっているのか。アロットにはわからなかった。
その時、隣に立つエリオットが小声で呟いた。
「尊いと思いませんか?」
「なんだって?」
まるでエリオットはわかっているかのように、アロットの隣で微笑んでいた。
「ヴェーラさんには同じ年頃のご友人は居ませんでしたから」
「…………あぁ、そうか」
天才ゆえの孤独。ヴェーラの過去を知ろうとは思わないが、ある程度の事態は想像できる。
そして、フェリシアもまた魔力を持たぬ者として周囲に馴染めなかった。
二人にとっては同じ年頃で話が出来る希少な中なのかもしれない。
「これは僕たちもよろしくしないといけませんね」
「断る」
「何故です?」
この男はこの男で何を考えているか分からない。
ヴェーラの過去を知っているかのような話し方をしているが何者なのか……。
アロットは少し警戒していた。
その時だった。
ぐるるるる……。
と、地鳴りのような音が聞こえてきた。
ヴェーラはすぐに周囲を見渡す──特に異常は見当たらない。
エリオットも薄く目を開いて警戒している。
「おや、こんなところにモンスター……でしょうか」
エリオットがそう呟くとヒリヒリとした空気が漂う。
アロットはそれが何の音か気づいていた。
「いや、フェリシアの腹の音だ」
「い、言わないで下さいよ!」
顔を真っ赤にしたフェリシアがお腹を抑えてアロットを怒鳴る。
アロットは我関せずととぼけた顔で周囲に時計がないか確認する。
「これは失礼しましたフェリシア様」
「いえ、私が悪いですから。うぅ……」
「この街は時間感覚が狂うから仕方ないな」
「そうですね。なので、基本的にここの魔導師の皆様は時計を持ってますよ」
エリオットは懐から懐中時計を取り出す。
時刻はちょうど昼前を示していた。
この男も魔導師ではないが懐中時計など高価な代物をどこで入手したのだろうか。
それともヴェーラ同様に任されているのか。
アロットは気になったが、ここで話を広げると腹を空かせた騎士に斬り伏せられるかもしれなので先を急ぐことにする。
「ここらへんで何か食べられる所はあるか?」
「ええ、ありますよ。そうですね、まずは腹ごしらえとしましょうか。いいですよねヴェーラさん」
「いいわよ」
「す、すみません……」
「別に謝らなくてもいいわよ。お腹は空くものでしょ」
ヴェーラは先導して前を歩き始める。
「ほら、さっさと行くわよ」




