第3話 麗氷
ラディアメルクの魔導師は団服を勝手にカスタマイズする者が多い。
リディは意外にもそういうことはしておらず、一見真面目に見える分腹が立つとアロットは思っている。
クウィンはと言うと、もはや団服なのかも疑わしいぐらいには改造されている。
袖はなく、肩も背中も出した上からコートを羽織る。
腰についているのは青く光る結晶石のペンダントは、彼女の魔術称号──蒼師位を示す証。
「まずはこうして騎士に出会えたことを光栄に思う」
「え、私ですか? えぇと……ありがとうございます……?」
難しい話はアロットの仕事だと思い油断しているところに声を掛けられ、フェリシアが驚いて背筋を伸ばす。
案内された部屋の中には床一面に資料が散らばっており、クウィンは乱雑に足で払って踏み場を確保する。
「ラディアメルクは巡礼の騎士の文化を大事にしている。グランクレイグではもはや惰性的になってしまっているだろうがな」
「耳が痛いですね」
グランクレイグの生まれであるアロットは苦笑いした。
グランクレイグでは騎士を盛大に見送りはしたものの、その後はあの街はとくに何もない日常に戻る。
騎士がどうなろうが皆知ったことではないのだ。非情に見えるが、仕方のないことでもある。
魔力を持たず魔術を使えない人間をどう扱えばよいのか誰もわからないのだから。
「我々は何故騎士が──魔力を持たない人間が生まれるのかを知る必要がある」
「それは……そう思いますよ」
はっきりと言う。
誰もが気にしない、気にしないようにしている部分を、クウィンは腕を組んだ仁王立ちの姿で言い切る。
その威圧的な態度に物怖じせずにフェリシアが問う。
「クウィン様は何か理由があると考えているのですか?」
「そうでなければ騎士などと回りくどいことをせずに間引いてるハズだ」
「クウィン副師団長」
間引く。そのあまりな物言いにアロットは眉間に皺を寄せてクウィンを睨みつけた。
まるで騎士の役割がなければフェリシアに価値がないかのような言い草に、アロットは腹の底から煮え立つ感覚がこみ上げる。
そんなアロットの感情を読み取ったのか、フェリシアが袖を引いた。
「大丈夫です。アロット君」
笑みを浮かべたフェリシアを見てアロットは冷静になる。
無理して笑っているわけではない。本当に気にしていないのだとわかったので、アロットはそれ以上何も言わないことにした。
その二人の様子を見ていたクウィンが少し落ち着いたトーンで語りかける。
「気に障ったのなら謝ろう」
「いえ、魔力を持たない人間が魔術社会に不要な存在であることはわかっています。ですが……」
フェリシアは真剣な表情でクウィンを見つめた。
「私の生きている意味は、私自身が証明します」
そう言い切った後でフェリシアは口元に笑みを浮かべる。
クウィンは一瞬だけその青い目を丸くすると、すぐにフェリシアの蒼い瞳を見つめなおした。
「確かに、トルメリア街道でのガーゴイルもそうだが、ローインクレーでの白き異形の件でも、貴方の剣は一般魔導師以上の働きをしてみせたようだ」
顎に指を当ててクウィンは語る。
ローインクレーで出会ったマルタという魔導師もラディアメルクの魔導師だった。
フェリシアの活躍がクウィンの耳に届いていても不思議ではない。
(そもそも、白き異形の異常性は副師団長なら情報共有はされているか)
魔力への対抗性を持つモンスター。
混乱を避ける為に公にはしていなくとも、流石に副師団長までは話は回っているはずだ。
「私の剣はきっと魔術にも負けないと自負しております。ですが、それでも魔術社会には馴染めないのも事実です」
「そうだな。火を起こす、喉を潤す……そういった生活魔術は貴方には使えない」
「はい。そういう時は皆様を頼らせていたただきます」
フェリシアはアロットのことを横目で見上げた。
巡礼の騎士を支えるのは随行魔導師の役目。
騎士の使命に囚われていた少女は、いつの間にか頼もしくなっていた。
元より頼もしかったはずだが、その頼もしさには責任を背負い過ぎた者特有の危うさも感じていた。
今のフェリシアの表情からは、その危うさは感じない。
いつの間にか彼女は成長していた。
「適材適所だな。だからこそ人間社会は成り立っている」
「あんた一体何歳なんだ……?」
達観したような言葉を呟くクウィンにアロットはボソッと釘を差した。
年齢はアロットよりも少し上なだけなのは知っているが、話し方や考え方が歳が近いとは思えなかった。
それはそれとして、クウィンがフェリシアを『貴方』と呼んだのにも気になった。
先程言っていたようにラディアメルクではグランクレイグ以上に、騎士の文化を大切にしているのかもしれない。
「だからこそ、何故魔力を持たない者に『騎士』の役割が与えられたのか──ということですか」
「そうだな」
アロットが問うとクウィンは頷いた。
正直、クウィンの言い分もアロットには理解出来る。
魔力を持たず魔術も使えない。戦う力もないような人間を、魔導師が付き添いで身体強化の魔術を使い剣を握らせる。
アロットとフェリシアの関係が特殊なだけで、本来の巡礼の騎士と随行魔導師はそういうものだ。
正に『回りくどい』やり方をして騎士を造り上げている。
それにはきっと理由があるのだと。クウィンは考えているのだ。
クウィンは「ふむ」と顎に指を当てた。
「さて、話が逸れたな。まず先日要望があった君達の地下迷宮への立ち入りは許可しよう」
「意外ですね」
「君の観察眼と分析力を私はかなり評価している」
「それはありがとうございます──……ん? 迷宮?」
地下『遺跡』ではなく『迷宮』という言葉に引っかかる。
「だが、君達二人だけで行かせるわけには行かない」
「それはそうだと思います」
「君達はあくまでとある研究者の補助として地下遺跡の一部を調査してもらいたい」
「とある研究者?」
アロットとフェリシアの二人だけで遺跡に踏み込めるとは別に思っていない。案内役、あるいは監視役が付くのは当然だと思っていたが、それが魔導師ではなく研究者──つまりは師団外の人間というのは引っかかった。
と、その時だった。コンコン。と、扉をノックする音が聞こえた。
クウィンが「入れ」と言うと、扉を開けてリディが入ってくる。
そして、入ってきたのはもう一人…………炎のように赤い髪と瞳をした少女が、赤いコートのポケットに手を入れながら顔を出す。
「アロット。君も名前は聞いたことがあるはずだ」
「誰です?」
「ヴェーラ・ヴァーミリオンだ」
その名前にアロットは目を見開いて赤髪の少女を見た。
恐らくはここ数年で最も名を轟かせた天才少女。
「百年に一人の天才……でしたっけ」
「フ、あれが百年に一人も生まれたらと思うとぞっとするがな」
副師団長であるクウィンにそこまで言わせる程の少女。
意識せざるをえないアロットの耳に小さな声が聞こえた。
「海…………」
先程の凛々しい顔は何処へいったのか。
遺跡に入れるということはラディアメルクに向かうのは先延ばしになるということ。
フェリシアはがっかりしたようすで肩を落としていた。




