第2話 管理者
魔導師団の詰所の中は様々な資料が散らばっていた。
一階では階級のある魔導師たちが数人。テーブルの上に資料と鉱石を広げて話し合っていた。
用があるのは二階の部屋だ。アロットとフェリシアは一階の魔導師たちに軽く挨拶を済ませると目的の部屋へと上がる。
「お、ちょうどいい所に来たなアロット」
石の階段を登って二階に上がったところで一人の魔導師が声を掛けて来た。
少し長めの明るい茶髪をした男性魔導師──リディ・トゥレクト一等魔導師。このヴェルナトの管理を任されている魔導師である。
「リディさん。話はどうなってんすか?」
「お前らの立ち入り許可の話だろ? 忘れてないから安心しろって」
リディは笑いながらアロットの肩を叩く。
この男のサボり癖を知っている為どうしても疑いの目で見てしまうが、今は嫌味を飲み込んでおくことにした。
呆れた目で見られても気にしない様子のリディは、アロットの後ろのフェリシアに気づいて笑顔を浮かべた。
「フェリシアちゃんも久しぶりー。もしよかったらこの後一緒にお茶でも──」
「いいから状況を説明しろ」
「まあまあ、そう急かすなってアロッ───痛い! アロット痛い!」
フェリシアへ向けて伸ばしたリディの手首を掴むと力を込める。
涙目になるリディをアロットは睨みつけた。
「俺は上官だぞ!?」
「随行魔導師なら特等相当官ですよ」
「年功序列でもっと敬えよ!」
「だったら自分の年齢考えてくださいよ。フェリシアと二十も離れてるでしょう?」
「そんな離れて──たわ……。そうだ、昨日誕生日だったんだ」
「おめでとうございます」
「もうちょっと心込めて言えよ!」
「めんどくせぇな……」
もはや取り繕うこともやめて愚痴を漏らした。
リディとはアロットは魔導師見習い時代に何度か出会っている。
サボり癖のあるリディは、アロットが他の見習いよりも魔術の習得が遅いことから、特別講師として面倒を見る──という口実で仕事をサボっていた。
「えぇと……遺跡には入れないんですか?」
フェリシアがアロットの影からが顔を出して尋ねる。
おそらくフェリシアの方は早くラディアメルクに行きたいのだろう。
「ああ、それなら──」
と、リディが答えようとしたところだった。
急に周囲の温度が下がったような感覚に襲われる。
魔力がないものの殺気──ではない。本当に気温が下がっているのだとすぐに理解した。
「何をしている」
凛とした声が冷たい廊下に響いた。
既に吐く息が白くなっている。
この冷気の主は相当ご立腹なようで、リディは恐る恐る振り返った。
「クウィン副師団長……」
長い銀髪に青の瞳をした女性魔導師がリディを見下ろしていた。
青い瞳に睨まれたリディが腰を低くする中で、アロットの方は予想外の登場人物に少し驚いた。
「クウィン副師団長? 南方統制官──ラディアメルクの最高権力者がなんでこんなところに」
銀麗の魔導師──クウィン・リースはそのアロットの言葉を無視してリディに詰め寄る。
室内を包む冷気がまた一度下がった気がした。
「リディ一等……。貴様はこんなところで何をしている」
「ちょ、ちょっと待った! 今から向かうところだから! ちょっと昔馴染みに会ったから話を──」
「そんなことは後にして仕事をしろ」
「ごもっとも! じゃあなアロット!」
クウィンに首根っこを掴まれたリディは慌てて姿勢を正すと、そのまま猛スピードでアロットの横を通り過ぎて行った。
少しずつ気温が戻っていくのを感じてアロットはため息を吐いた。
その時、フェリシアに服の裾を引っ張られたのを感じた。
「あの綺麗な方はどなたですか?」
「クウィン・リース副師団長だ。副師団長の中で最も若いが最も恐ろしいとされている」
「そ、そうなんですね。……さっき少し寒かったのはあの方の魔術ですか?」
「そうだな」
感情の昂ぶりが魔力に影響を与えることは多い。だからこそ、アロットにはクウィンの怒りの感情が魔力から伝わってきた。
フェリシアはそこまでわからないからか少し寒かっただけらしく、その鈍感さが少し羨ましいと思った。
気を引き締めてアロットはクウィンに声を掛ける。
「クウィン副師団長。本来ラディアメルクにいるはずの貴方が何故ここに居るんですか?」
「アロット・クランツ。そして、後ろの少女がフェリシア・ブレイクハートだな」
「私のことも知っているんですか?」
「巡礼の騎士の話は聞いている」
腰に手を当ててまっすぐに青い瞳が見つめてくる。
アロットは少し警戒しているが、フェリシアは何故か落ち着いていた。
こそこそ。と、フェリシアがアロットに耳打ちする。
「喋り方が最初のころのアロット君みたいな方ですね」
「それを俺に言ってどうしたいんだ?」
そんなことを考えていたのか。と、アロットは眉を顰めた。
(というか、俺はあんなに威圧的だったのか?)
アルテに説教されたこともあるのでコミュニケーションには気を付けてるようになったから、今は問題ないと思いたい。
「アロット。君が書いたトルメリア街道の報告書を読んだ。巡礼の旅の最中だというにあの山道の調査までしてくれたとはな」
「ついでですよ」
一応謙遜して見せるアロットの横でフェリシアは目を丸くしていた。
「そんなことしてたんですか? いつの間に報告書なんて」
「ここに来てすぐな。さっき魔術による人為的な地形変動は制限があるって話をしたが、トルメリア街道はその制限を超えて造られた道だ」
「確かに、突貫で造られたって言ってましたね」
「強すぎる魔力の影響とか、モンスターの縄張りの変化とか、その他諸々を報告しておいたんだ」
「先生って、意外と仕事が出来る魔導師なんですね」
「意外と」
本音を言えば、禁止されている道を通ってきた言い訳の為に用意した報告書だ。
だからこそ、その言い訳が見透かされているのではないかとアロットはクウィンを警戒していた。
「そうだな。君たちの話はこちらでしよう」
そう言ってクウィンが背中を見せる。
ついてこい。そう言わんばかりの無言の圧にアロットは廊下を歩きだす。
フェリシアは何故か自分の頬や額を触っている。
先ほどの冷気──体感したことのない魔術に目を輝かせていた。




