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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
第1章 中央交易都市ローインクレー
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第1話 商人の都の入り口で

 空は雲一つない晴れ空が広がっていた。

 ガタゴトと、音を立てて走る獣車の荷台に乗りながらアロットは空を眺めていた。

 この大陸での街と街の間の移動は基本的に獣車に乗って移動する。

 厚い毛皮に覆われた大型の四足歩行の牙獣が荷台を引っ張る獣車は、この大陸における主な移動手段で人や物を載せて各地を走る。


「そろそろ見えてくる頃か」


 揺られながら、アロットはつぶやいた。

 荷台にはグランクレイグで作られている魔術による加工品が詰めた箱がいくつか載っていた。


 グランクレイグは『大地の魔術師』と呼ばれた魔術師が居たことから、精製魔術を高レベルに扱う魔術師が多い。

 載せられている鉄器や、陶器はどれも一級品だ。

 特に剣は武器というよりも芸術品として造られているものが多い。

 それ以外の食器などの小物に関しても、グランクレイグ製のものは壊れにくいので大陸各地での人気が高い。


 そんな物資運搬用の獣車の空いたスペースに乗せてもらって、アロットとフェリシアは目的地へと向かっていた。


「…………どうするかな」


 アロットに寄りかかるように並んで座っていたフェリシアは獣車に揺られているうちに眠っていた。

 街道は整備されているとはいえ、あまり乗り心地は良いとは思えない。

 そんな中でもしっかりと眠るフェリシアに一種の才能のようなものを感じながら、ここまで気持ちよさそうに眠っていると起こすべきかどうか考えてしまう。


 グランクレイグから途中で宿場町に寄って七日。

 辿り着いた目的地が見える距離にまで近づいて、アロットは小さな人々の行列を彼方に見る。


「いつ来ても人が多いな」

 

 視界の先。低い外壁に囲まれているのは、この大陸にある四大都市の一つ。

 緩やかな丘の上からはそこへ至るまでの広い街道が見え、そこには大きな荷車を引く獣車が何台も列になって並んでいる。

 街の外は草原が広がっているというのに、行き交う人々はグランクレイグのメインストリートよりも窮屈そうに見えた。

 中央交易都市ローインクレー。

 この大陸における物流の拠点ともいえる大都市である。




 ローインクレーの近くまでたどり着くと、遠くから見えていた時とは印象が変わる。

 遠くから見ているうちは低いと思われていた外壁も、流石にグランクレイグほどではないにしろ十分大きなものだ。


「フェリシア」

「はい」

「その……悪かった」

「何がですか? 私は何も怒ってませんよ」


 荷車が止まったところでフェリシアを起こした。

 その時のフェリシアは一瞬だけ笑みを浮かべたが、すぐにその笑顔には影が差した。


「もう少し手前から見たかったよな」

「…………」


 フェリシアにとってグランクレイグの外の世界は初めて見るものばかりだ。

 出来ることならローインクレーをもっと遠くから見たかっただろう。


 アロットは起こすか悩んだ末に寝かせることにした。

 今回はなかったが、整備された街道でも時にはモンスターの襲撃は起こるものだ。

 初めての外の世界、モンスターの脅威、命の危険性……フェリシアは常に警戒していたので、アロットは道が開けたところで休憩するように促した。

 説得の末に気を緩めたフェリシアが眠ると、アロットは起こすのを躊躇った。


「やめてください先生、私はそんなことで拗ねたりしません。子供じゃないんですから」

「そ、そうか?」


 フェリシアはそう言ってみせるが、いつもは凛とした声が少し刺々しく感じられる。

 どうしたものか。と、頭を押さえたが、すぐにその心配はなくなった。


「わぁ……」


 蒼い瞳を輝かせて、ローインクレーの門へと続く獣車の列に目を奪われていた。


 まだ街の外だというのに多くの人々と荷物でごった返している。

 門を通った穏やかな風が、前にある荷台に積んだ香辛料や花の匂いをのせて、はるか後方のこちらまで漂ってくる

 荷物を積んだ獣車の他に、人を乗せたものもいくつかある。

 すぐに中に入れないとなると降りて談笑していたり、もう既にこの場で客を引いて商売をする声も聞こえる。


「お前さん達、ここでいいのか?」


 ここまで乗せてくれた御者の男に声を掛けられてアロットは振り返る。


「ああ、ありがとう」


 巡礼の騎士ということもあってか、殆ど善意で乗せてくれたものなのだが、流石に無賃乗車は悪いと思いアロットは小さな袋を御者に渡す。


「おや、気にせんでくれていいのに、騎士様なんだろう? 金なんてとれねぇよ」

「気にせんでいいんだよ。騎随行魔導師って結構な階級を一時的に与えられる。その時にいくらか支給されるんだ」

「なるほど。な」


 と、アロットの言葉を聞いて御者の男は渡された小袋の中をのぞいた。

 歳を重ねた御者の男は口元が隠れるほどに立派な髭を生やしていたが、その目元が商人の顔つきになったのをアロットは見逃さなかった。


「……グランクレイグに帰るのはいつ頃になる?」

「半年後とかか」

「………………そうか」


 御者の男は名残惜しそうに髭を触る。

 現金なやつだ。とは思いつつも、商機を逃さない商人魂に感心してしまう。

 

「ありがとうございました。おじ様」

「おう、またなフェリシアちゃん」


 頭を下げてお礼を言うフェリシアに、御者の男は「おじ様か……」と、まんざらでもなさそうに先ほどよりも丁寧に髭を撫でた。


「じゃあ行くか」

「行くって……この列は、皆さん入れるのを待ってるんじゃないですか?」

「俺達は先に通して貰える。騎士様の特権だ」

「それは……なんだか悪い気がしますけど」

「いいんだよ。俺達が先に入ることで二人分の待ち時間がなくなって、後ろの連中も二人分早く通れるからな」

「そ、そうですか? そういうものなんですか?」

「そうだ」

「なら……そうしましょうか」


 フェリシアは納得しきれない様子だが、早く街の中に入りたい正直な気持ちもあるのだろう。

 言いくるめられた気がしたものの、ここはアロットの言葉に素直に従うことにした。


 ローインクレーは通常外からの来訪者は門番に通行証を順番に確認されるのだが、巡礼の騎士は特例として先に通ることができる。

 そもそもアロットが魔導師なので優先的に中に入れる。

 そのため、御者の男とはここで別れることになる。

 フェリシアは御者の男にもう一度頭を下げると、足早に門へと向かう。


「それにしても、今回の騎士様は普通の女の子って感じがするな。真面目すぎるようにも見えるが」

「それは俺も思──……今回?」


 フェリシアの背中を見送る御者の言葉にアロットは引っかかって立ち止まった。


「前回の騎士はどんなだった?」

「なんだ随行魔導師様なのに知らないのか」

「十七年前だし、四つか五つの頃だ。覚えてない」

「いや、そのくらいの歳なら別に覚えていてもおかしくないだろ」


 確かに。と、アロットもそう思う。

 それでもアロットの記憶の中に前回の騎士の姿は何一つない。それほどまでに印象にない騎士だったのか。 


「髪も肌も雪のように白くてな、長い髪を靡かせて歩く姿はこの世のものとは思えない程に美しかったよ」

「そう、か」


 それほどまでに目立つ容姿をしているなら覚えていないほうがおかしい気がする。

 不思議に思いつつも、やはり何も覚えていない。


「おい、魔導師様よ」

「ん?」

「騎士様が待ちくたびれてるぞ」


 言われて振り返ると、先に歩いていたフェリシアがこちらを黙って見ていた。

 いつもは光に満ちている蒼い瞳が、暗く冷たくアロットのことを緩やかな坂の上から見下ろしていた。


「……先に行く」

「ああ」


 御者の男にそう言って、重い足取りでフェリシアの元に向かう。

 過去の騎士様よりも、今の騎士様をどうするかを先に考えるべきだった。

 と、アロットは少し後悔した。

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