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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
第1章 中央交易都市ローインクレー
3/10

プロローグ

 森に挟まれた街道は大型の四足獣が引く獣車の通り道である。

 物流の要となる街道は当然整備されており、魔導師達が定期的に巡回し警備に当たっている。

 グランクレイグ周辺は大して強いモンスターもいない為、魔導師になりたての『見習い』が巡回していることも多い。

 その為、練度不足の若者が不運にも飛び出してきたモンスターに襲われる話は少なくない。


「くそ!」


 魔導師の少年が声を上げて襲い掛かってくるモンスターを迎撃する。

 狙いを定め魔術による風の刃を放つ。

 ""風刃(ファゼス)""は魔導師が最初に学ぶ基本的な攻撃魔術だ。

 素早く放つ牽制技でもあるが、対象は素早い動きで躱しながら距離を詰める。

 赤い目をギラギラと光らせた狼のような小型のモンスター──『レイザーファング』が鋭い牙で少年に襲い掛かる。


「くっ!」


 堪らず防御を展開。魔力により透明な壁を創る魔力障壁。

 魔力障壁も魔導師の必修魔術であり、モンスターなどから身を守る為の術である。

 レイザーファングの牙は障壁に阻まれ、鉄板にぶつかったかのような甲高い音を立てて弾かれる。

 地面に落ちたレイザーファングは牙を剥き出しにしながら一度距離を取る。

 怖気づいたわけではない。ただ獲物の隙を伺うように喉を鳴らしてゆっくりと足踏みをしていた。


「もういいよ……あなたは逃げて」


 交戦する魔導師の少年の後ろで、同じく魔導師の少女が座り込んでいた。

 森の中から飛び出してきたレイザーファングの爪に足をやられ、立つことが出来ずにいる。

 痛みに顔を歪め脂汗を流しながら、少女の心は折れていた。

 そんな少女を庇うように少年はモンスターに立ち向かう。


「ふざけんな! お前をおいて逃げられるかよ!」

「でも、このままじゃ──」


 その時だった。


 オォォォ──────ン。


 と、街道に遠吠えが響き渡る。

 魔導師の二人が血の気が引いていく感覚がしたのも束の間、木々の影から街道へと姿を表したレイザーファングの群れが二人を囲み始めた。


「そんな……」


 その数は五匹。

 レイザーファングは小型のモンスターで一匹一匹は対した脅威ではない。

 だが、油断した。

 グランクレイグ近郊のモンスターはそれほど脅威ではない。

 常日頃から魔導師が巡回している区画の為、小型のモンスターは殆ど近づいてこない場所。

 見習い魔導師から認められたばかりで自分達の力を過信したこと。

 初めての任務はこの森を突き抜ける街道を警備するだけの退屈な任務だったこと。

 それら全てを軽視して、油断した結果だった。


「私が悪いから、早く逃げて……」


 少女は申し訳なさそうに俯いて言う。

 不意の一撃は刹那の出来事だった。レイザーファングはまず弱そうな少女の方を狙うと、その鋭い爪がふくらはぎを引き裂いていた。

 初の実戦、初めて見るモンスターへの恐怖に魔力障壁をうまく展開できずに足をやられ立つことが出来なくなった。

 そして、今。最悪の事態へと進んでいた。


「諦めんな馬鹿! 絶対に生きて──」

「ま、前!」


 少年が少女に喝をいれるべく目線を外したのをレイザーファングは見逃さなかった。

 一匹が地面を蹴って飛びかかる。

 死の予感。防御が間に合わなず、鋭い牙が少年の首元を噛みちぎる。

 

──────はずだった。


 石火。突如空から降ってきた白銀の剣が、レイザーファングの頭を地面へと縫い付けた。


「……え?」


 何が起こったのか分からず少年は間抜けな声を漏らした。

 剣と共に降ってきたのは金色の髪に蒼い瞳の少女。

 魔導師団のものではないがシンプルながらも高級感のある服を纏った、魔導師とも冒険者とも見分けがつかない少女が剣とともに空から落ちてきたのだ。


「だ、誰だ……?」


 冷たく光る蒼い瞳は何も言わない。

 少年のことを一瞬だけ横目に見ると、すぐに残りのレイザーファングの群れの方を見た。

 巡礼の騎士フェリシア•ブレイクハートは立ち上がる。

 レイザーファングの頭部と地面を縫い付けた剣を抜く。

 構えると、モンスター特有の黒ずんだ血が刀身を滴り落ちた。


「もしかして、騎士……なのか?」


 巡礼の騎士。

 誰もが知っている。くだらない英雄計画のための存在。

 少年は剣を構えるフェリシアの姿を見て確信した。

 だが、疑問が一つ。


「な、なんで空から……?」

「本当にな」

「っ!?」


 不意に背後から低い声が響き、少年と少年の背筋が跳ねた。

 いつの間にか剣の鞘を肩に担いだ赤褐色の髪の男がしゃがみ込んでいた。


「あんたも誰だよ!?」


 大声を上げて問うが、鞘を担いだ男──アロット・クランツは無言で座り込んだ少女の足に手をかざす。

 温かな光が傷口を覆うと、少年も何をしているのかすぐにわかった。


「治癒魔術っ……。あんたが騎士の『随行魔導師』なのか?」

「騎士がいるならそうだろ」


 素っ気なく言うアロットに気圧され、少年は言葉を詰まらせる。

 別にアロットは機嫌が悪いわけではない。ただ、治癒魔術は集中力が必要なので喋ることに気が回らずにいた。

 生まれ持った目つきの悪さが誤解を生んでいるのは仕方がない。


「あ、ありがとうございます」

「立てるか?」

「は、はいっ……」


 先程まで座り込んでいた少女は立ち上がるとアロットに頭を下げた。


「す、凄い……こんなすぐに治せるのか」

「いや、傷は大したことなかっただろ」

「でも、立てなくなるほどだったはず」

「腰が抜けてたんだろ? 俺の治癒はそこまでじゃない」

「うっ……」


 アロットは自分が過大評価されるのを避ける為に言うが、少女は自分の情けなさを指摘されていると思って胸が苦しくなる。

 アロットも立ち上がると、肩に担いでいた鞘を少年に向けて投げる。

 突然のことに反応出来ずにいると、鞘は少年の後ろまで飛んでそのままフェリシアが受け取った。

 カチン。と、鞘に剣を収める音が聞こえた。

 

「お怪我は治りましたか?」


 心配そうに確認を取るフェリシアの顔を見て少年は目をぱちくりとした。

 先程の冷たい蒼い瞳とはまるで違う透き通った蒼に見つめられると、そのギャップに少々驚いた。

 そして、何より彼女の背後の光景に息を呑んだ。


(い、いつの間に……?)


 群れで現れたレイザーファングが一掃されていた。

 全て一太刀にて両断されていて、死体の数は生きていた時の倍になっている。

 手こずっていた相手を一瞬にして倒しきった騎士の姿に少年は複雑な気持ちになる。

 魔術を使えない人間よりも役に立たないと思うと、魔導師としてのプライドがざわついた。


「……それで、なんで騎士がこんなところに?」

「道に迷った」

「へ?」


 アロットが真顔で情けないことを言うと少年は気の抜けた顔をした。


「この近くに宿場町があるはずなんだが」

「え、確かにあるけど……」

「やっぱり、そこから獣車に乗った方がいいんでしょうか」

「だから言っただろ。歩いて向かうのは頭がおかしいって」

「うぅ……」


 フェリシアは高らかに宣言してグランクレイグを出たが、本来ならば街と街の間は獣車を使用する。

 獣車に乗るためにもう一度グランクレイグに戻るのはカッコ悪い気がした為、フェリシアは勢いで歩いて次の街まで行くと宣言し、アロットは呆れながらもフェリシアに従うことにした。


「どこに向かうんだ?」


 少年の問いにフェリシアは目指す街の名を口にする。


「中央交易都市ローインクレーです!」

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