第2話 旅の始まりは華やかに
西方魔術都市グランクレイグ
大陸に三つある都の一つであり、大陸の治安を守る魔導師団の本部があるのもこのグランクレイグである。
遥か昔からその名を大陸に轟かせた『大地の魔術師』の街である。
今もその末裔が栄華を築く街は、その周囲を高い城壁に覆われた大都市だ。
この高い外壁は街の外を蔓延るモンスターから人々を守る為でもあり、同時に大地の魔術師の偉大さを示す象徴でもある。
グランクレイグの街並みもその偉業に倣うように高い建物が多く建ち並んでいた。
その高い家々と多くの店が並ぶグランクレイグのメインストリートをアロットとフェリシアは歩いていた。
「見て、騎士様よ!」
道端にいた若い女性の一人が声を上げて指を差す。
彼女の指の先には青と白のコントラストによってクラシカルに仕立て上げられた、騎士の正装を纏ったフェリシアが歩いている。
騎士の装い。と、あくまで魔導師団が仮想的に定めた巡礼の騎士の正装である。
鎧などは着ない。否、そもそもそんなものはありはしないのだ。
魔術で攻撃し、魔術で防御をするのがこの世界における一般的な戦い方である。
わざわざ動きづらい鉄の服などはありはしない。
「似合ってるわ騎士様」
「ありがとございま────」
「今回の騎士はまたエライ美人さんだなぁ!」
「え、あ、あの──」
「騎士のお姉ちゃんかっこいいー!」
「あ、ありが────ま、待ってください! 皆さん落ち着いてください!?」
気づけば騎士を一目見ようと近づいてきた人々の中に埋もれていった。
先程まで凛として振る舞おうと心掛けていたのはアロットには伝わっていたが、もはやその余裕はなくなってしまっている様子。
アロットも立ち止まってその光景を眺めることにした。
周りの人々が投げかける激励の言葉にろくに返せず戸惑っているフェリシアを見て小さく笑った。
「せ、せんせ──アロット、くん……」
時折フェリシアが助けを求めるような視線を向けて来てもあえて無視をしていた。
巡礼の旅はあくまで騎士がメインであり、その旅についていく随行魔導師は殆ど飾りのようなものだ。
(いいから、ちゃんと可愛がって貰っとけ)
助けを求める目に、手で追い返すような仕草をアロットは返した。
馬鹿正直に騎士の使命を全うしようとして、普段は必要以上に大人らしく振る舞おうとしている。
今のうちに揉まれた方がいい気がしたのでアロットは何もしないことにする。
「前回の巡礼の騎士は十七年前か……」
アロットがまだ五歳の頃。当時はそれほど興味がなかったせいか、あまり覚えていなかった。
巡礼の騎士がここまで大々的に見送られるとは想定外で、アロットも興味深く周囲を観察する。
屋根の上に乗った魔術師達がカラフルな火の花を空に上げ、街の治安を守る魔導師達が声を上げてそれを追いかけに行った。
やり過ぎな程に騒がしい。
そこまで盛り上がるのは、やはり文化として根付いているからでもあった。
「あれが騎士サマ……か」
ふと、アロットの頭上から棘のある声が聞こえた。
横目で声のした方に視線を向けると、建物の二階部分のベランダから身を乗り出している二人組がいる。
若い男達が二人、くだらなそうに見下ろして傍観していた。
「知ってるかよ? 騎士って魔力がないらしいぞ」
「何言ってんだ。そんなのあり得ないだろ」
男達の声はアロットの耳に届くくらいにははっきりと声を出している。
それはここにいる誰かの夢を潰したいのか、ただくだらない現実を嘲笑っているのか。
「それがそうなんだよ。ま、だから『騎士』ってのに選ばれんだってよ」
「魔力がないって、魔術も使えないだろ。つーか剣なんて普通は魔力で振るうものだろ。どうすんだよあれ」
「あの後ろに地味な魔導師がいるだろ? あいつが魔術で騎士の身体能力を上げて武器を振らせるんだとよ」
貶された気がしたがアロットは何も言わずに黙っていることにする。
(まあ、実際アレに比べたら地味だしな)
少しずつ落ち着いてきたが、フェリシアはまだ戸惑いながら興奮する人達の相手をしていた。
騎士の正装や、特注の剣についてなどを説明させられている。
囲う人々の中には自分の店の商品である果物や干し肉を無理やり渡してくる。
フェリシアは身ぶり手ぶりで受け取れないことを示すが、そんなことはお構い無しと押し付けてくる。
「あほくせぇな。なんでそんな面倒な事するんだよ」
「大昔にこの大陸を切り開いた騎士が確かに存在したって、そういう歴史を守る為だとよ。あの騎士サマはこれから各地を回って、その剣でモンスターを倒して困っている人々を助けてくださるのさ」
男は嘲笑混じりに言うと最後に「それがかつてこの世界を救った騎士の威光を示すことになるんだと」と、鼻で笑いながら呟いた。
「それはそれは……」
隣で聞いていた男も次第に哀れんだ目でフェリシアの背中を眺める。
「くだらない英雄計画だな」
と、呟いた。
「……確かにな」
一理ある。と、でも言いたげにアロットも無意識にぽつりと呟いていた。
男達が何を言うが勝手だ。
アロット達がこの旅をどう終えるかは、あの男達には関係のないことだから。
「ま、役に立たない無能をせめてそれっぽく死なせやるんだよ。現に帰ってきた巡礼の騎士はいないって話だ」
きっとあの男達の言っていることは間違っていない。魔力のない人間が生きていくにはそれだけ難しいことなのだから。
それでも……
(無能、か……)
何も知らない男達のその言葉にはアロットも少し苛立ちを覚えた。
とは言え、ここで声を荒らげても華やかな旅立ちに水を差してしまうだろう。
なので、悪戯程度……少しビビらせる程度にあの男達に魔術を掛けようかと、アロットが手を掲げようと思った──その時だった。
「……ん?」
ようやく人集りから解放されたフェリシアが、振り返って二人組の男達の方を見上げた。
探す素振りもなく、迷いなく声の主を見つけるその蒼い瞳に男達は一瞬肩を震わせた。
その二人組に対してフェリシアは微笑んで手を振ってみせる。
天使のような微笑みは、その男達の胸に深く深く突き刺さった。
「ま、まあ……騎士ってのも悪くないんじゃないか?」
「そ、そうだな……俺達はこのグランクレイグの偉大なる大地の魔術師の末裔だからな。その……使命を背負って者には敬意を払わねーとな」
男達は先程とは正反対の反応して、何かブツブツと話始めた。
その声はもうアロットには届かない程に小さくなり、その男達がどんな顔をしているかもアロットには興味はない。
(堕ちたな……)
ただ心の中でそう呟いた。
フェリシアの笑みにはそれだけの価値があるんだろう。
魔力はなくとも、人を魅力する力はあるのかもしれない。
そういうことにして納得した。
もみくちゃにされた服と髪を整えると、フェリシアは銀の剣を天高く掲げた。
「それでは皆さん。巡礼の騎士、フェリシア・ブレイクハート。行って参ります」
改めて大衆に宣言すると、その姿を見た人々は様々な思いで歓声を上げた。
巡礼の騎士はこうして華やかに見送られ旅立つのだ。
──これが最後かもしれないから。
そんな言葉がどこからか聞こえた気がした。




