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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
序章 巡礼の騎士
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第1話 魔術と魔力と騎士

王道異世界ファンタジーになります!

全138話で約400,000字程になりますのでよろしくお願いします!

 焦げ茶色の髪と瞳をした男が教会の庭園の芝生に寝転がっている。

 空を見上げ、流れ行く雲達を何も考えずに眺めていた。

 アロット・クランツは特に何をするわけでもなく、ただただ空を眺めていた。

 空にはまばらに散った雲が広がっているものの、清々しい程の青空が垣間見える。


「あれはなんだ?」


 彼方を飛ぶ大きな翼を広げた翼獣が、時折雲の中に隠れては現れてを繰り返して、何処に行くでもなく青の彼方を旋回していた。

 大きな翼を広げ、長い尻尾を揺らして、空を飛ぶには大きな胴体に、その足も数え間違えてなければ四本あるように見える。


「モンスターなのか? いや、そんなはずは……」

 

 この大陸に蔓延る人を襲う異形──『モンスター』の類かとも思われたが、雲より高く飛ぶモンスターなどアロットは聞いたことがなかった。

 もしかしたら少し寝ぼけているのかもしれない。

 目を擦って再度空へと目を向けると、いつの間にか既に白い翼獣は見当たらなかった。

 空へと意識が向いてるところに、ゆっくりと誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


「こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ?」

「フェリシアか」

「はい、おはようございます。先生」

「先生はやめてくれ」


 蒼い瞳をした少女が少し困ったような顔でアロットを見下ろした。

 少女は笑みを浮かべアロットのことを『先生』と呼ぶと、その隣に膝をついて座る。


「いい天気ですね」


 うなじが隠れるくらいの長さの淡い金色の髪に空よりも透き通った蒼い瞳。

 薄手の白いワンピース一枚のラフな格好で、そよ風に吹かれて靡く髪を抑え、少女は慈母のような微笑みを向けてくる。

 フェリシア・ブレイクハート。この魔術の世界で『騎士』の使命を背負った、魔力すら持たない僅か十二歳の少女である。


「フェリシア。何度も言うが、俺のことを先生とは呼ぶな」

「でも、アロット君はずっと私の先生ですから」

「たった四年だけだろ。俺が教育係だったのは」

「四年()ですよ。それに、まだまだこれからもいっぱい教えてくれますよね。むしろ、これからですよね?」

「それもそうだな」


 アロットは上体を起こして一つ伸びをする。

 髪についた草を払い片膝を立てて座り直すともう一度空を見上げた。

 先程の翼獣を探したが、やはり見当たらなかった。


「あ、ユリウス様」

 

 アロットが空を眺めている隣で、フェリシアが庭園に入ってくる一人の男を見つけて立ち上がる。

 その名前と背の高い銀髪の男を見て、アロットは小さく「うわ」と声を洩らして重い腰を上げた。

 傍らに置いていた魔導師団の黒い団服に袖を通し、気持ちだけでも姿勢を正す。


「や、アロット。フェリシア」

「おはようございます。ユリウス様」

「どうも。アルヴェイン総師団長」


 爽やかに声をかけてくる銀色の髪と青い瞳をした男に、フェリシアは魔導師団式の右手を胸に当てる敬礼を返した。

 アロットも敬礼をするものの、魔導師団に所属していないフェリシアの方が様になっている。


「疲れているのかい?」

「いえ、別にそんなことはないっすけどね」


 ユリウス・アルヴェイン。この大陸の治安を守る魔導師達の組織『魔導師団』の現総師団長を務めている男。

 未だ三十八歳で歴代最年少の総師団長であるが、その容姿は二十代にも見える程、若々しく華やかな好青年と言った印象を受ける。

 魔導師団の黒を基調とした制服は、総師団長である彼のものは特注であり、控えめな金糸の装飾がいたるところに施されている。


「ユリウスでいいよアロット。僕と君の仲じゃないか」


 にこり。と、ユリウスが微笑むと、アロットは敬礼を解いて肩の力を抜いた。


「別に仲良くはー……ないですけどね」

「え? あれ? 友達だと思ってたのは僕だけかい?」

「勘弁してください。あんまり総師団長の近くにいると他の導師達に白い目で見られるんです」

「え? あぁ……それはすまない」


 アロットも魔導師団に所属しているが、いろいろと実力は低い方だ。

 それなのに総師団長に気に入られているというのは他の魔導師達からしたらいい気分ではない。


(この人は誰に対してもこんな感じなんだろうが)


 爽やかな親しみやすさと人を虜にする甘い顔からか、ユリウスは魔導師団内外から注目を浴びている。

 そんな男の隣に立つだけでアロットは軽く胸焼けをしていた。


「ユリウス様。なにかありましたか?」

「何もないなら僕は君達に会いに来てはいけないのかなフェリシア?」

「い、いえっ、そんなことは」

「冗談さ」


 ユリウスは笑ってみせるが、フェリシアの方は失礼なことを言ってしまったと冷や汗をかいていた。


「それにしてもフェリシア、君は────」

「は、はい……?」


 フェリシアのことを足先から頭の先までじっくりと見る。

 真面目な視線にフェリシアは背筋を伸ばして肩を強張らせるが、そんなことも気にせずユリウスは一言だけ声を洩らす。


「…………大きくなったね」


 と、微笑んだ。


「ユリウス総師団長殿は妻子はそれぞれ何人ずついるんでしたっけ?」

「どういう意図の質問だい!? 子供は二人だけど妻は一人だよ! それぞれって!?」

「どういう意図で言ったのかはこっちの台詞ですけどね」

「そのままの意味だよ。まだ十二歳だというのに随分と立派になったから」


 淡々と問いを投げたアロットと、狼狽えるユリウス。

 フェリシアは背筋を伸ばしたまま目をパチクリとさせて、頭に疑問符を浮かべることしかできなかった。

 確かにフェリシアは十二歳にしては成長が早い。見た目だけで言うなら十六か七くらいには見える。


「…………そうっすか」

「何か言いたいことがあるなら言うべきだと思うなアロット?」

「いや、何でも。さっきの冗談といい、アルヴェイン総師団長殿もなんだかんだ歳を取るものなんだなとは思いましたけど」

「おじさんくさいって言いたいのかい? 待った、だとしたらどんなところなのか詳しく教えてくれな──」

「それで? 仕事サボって何しに来たんすか?」

「サボってないからね!?」


 めんどくさそうに目を細めて睨みつけるアロットを見て、ユリウスはぽつりと「君はここまで僕をイジる子だったかい?」と呟く。

 聞こえないフリをした。

 ユリウスはこほん。と、一つ咳払いをして真剣な顔に戻る。


「巡礼の騎士の旅立ちの日に、魔導師団の長である僕が君達の様子を伺いにくるのはおかしなことかい?」

「いえ、ご足労いただきありがとうございます」

「フェリシアはそんなに堅苦しくならなくていいよ。……アロットのようにはなって欲しくはないけど」


 横目でチクリと刺すような言葉も、アロットは黙って聞き流した。


「それとこれを渡しに来たんだ」


 ユリウスは布に包まれた何かをフェリシアに渡す。

 広げてみると、それは鉄の鞘に収まった白銀の剣だった。


「これはユリウス様が?」

「まあね。これでも大地の魔術師の末裔だから、剣を造る程度は僕にも出来るよ」

「すごいです。ありがとうございます」


 フェリシアは笑みを浮かべて頭を下げ、ユリウスは少し誇らしげにする。

 魔術によって作られた白銀の剣と鞘。

 白銀の刀身にフェリシアは蒼い瞳をキラキラと輝かせている。

 騎士として誠実に振る舞おうとしてはいるが、やはりまだ子供っぽいところを感じられる。


「フェリシア、そろそろ着替えてこい」

「はい。先生」

「せんっ──だから……」

「ふふ、わかりました。では、失礼しますユリウス様」

「うん。じゃあねフェリシア」


 先生と呼ばれて苦笑するアロットにフェリシアはいじらしく笑う。それだけで上機嫌なのが伺える。

 ユリウスに頭を下げてその場を後にする可憐な騎士の背中を二人は見送った


「アロットが先生か」

「あいつが勝手に呼んでるだけなんでやめてくれます?」

「騎士の教育係なんだから間違ったことではないだろう」


 楽しそうに笑うユリウスの隣でアロットは小さく舌打ちをした。

 

「……巡礼の騎士、か」


 ユリウスが小さく呟いた。

 優しく吹いていた風が少しずつ強くなってきたのを頬に感じ、冷たいが空気が少し重くなる。


「アロット」

「何です?」

「君は何も思わないのかい」


 その言葉にアロットは目を細めて、あえて聞き返した。


「何が、ですか」

「…………君達がこれから行う『巡礼の騎士』の旅についてだ」


 ユリウスは一度空白を挟むと、空を見上げて話を続けた。


「かつてこの大陸を魔術と共に剣を持って切り開いたとされる騎士。しかし、今となってはその騎士の名残など殆ど存在しない。

「それでも『騎士がいた』という歴史を忘れない為に、その騎士達を尊重して行われるこの『巡礼の騎士』という文化について、君は何も思わないのかい

「魔術を使えない──いや、魔力すら持たない者だけ騎士と任命して旅をさせるこの文化に……アロット、君は何も思わないのかい?」


 そもそも本当に騎士なんていたのか? という言葉をユリウスは飲み込んだ。


「どんな生き物にも魔力があり、どんな人間でも魔術を使える。モンスターと戦うような派手な魔術は使えなくても、人として生活する為に魔術は誰もが使える。

「魔術が使えないのならどうやって火をつけるのか? どうやって畑を耕し、作物に水を与えるのか? 家はどうやって建てるのか?

「やろうと思えば魔術がなくとも出来ることではあるが、それら全てを魔術で行うこの世界では、魔力すら持たない人間は──」

「何も思いませんよ。それが、俺の仕事ですから」


 遮るようなアロットの言葉にユリウスはハッとした。

 まさしく今、言ってはならない言葉を口にしようとしていた。

 あえて深堀はせず、アロットは自分の思いを口にする。


「巡礼の騎士と一瞬に旅をする──随行魔導師になれば、師団内である程度の役職になれる。それなりに金が貰えるようになりますから」

「それでも、死んでしまったら意味がないだろう」

「…………」

「巡礼の騎士達はこの街──グランクレイグを出発し、大陸各地を巡ると最後に北の霊峰に向かう。……だが、そこから帰ってきた巡礼の騎士は誰一人としていない」


 ユリウスはアロットの目を見て、重く言い聞かせるように言う。


「らしいですね」

「……他人事だね」

「まあ、なんとかなるでしょう」


 アロットは軽い口でそう言ってみせる。

 背を伸ばしながら空を見上げた。

 雲は風に流れ、澄み渡る青が広がっていた。

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