プロローグ
遺跡街ヴェルナトを一言で表せば巨大な洞窟である。
肝心の遺跡は地下に広がっており、研究者と魔導師達は大胆にもその真上に拠点を造ることにした。
元々は洞窟の外に活動拠点はあったが、地下の遺跡を探索するうちに真上の岩山を削り、次第に拠点自体も広くなっていった。
そして今は様々な人が訪れる遺跡街へと変貌している。
「宿屋や酒場が、壁をくり抜いてそのまま洞窟の側面に建てられている。そんな光景を見られるのはこの街くらいだろうな」
ヴェルナトの街並みをフェリシアと歩きながら探索していく。
日の光の入らないヴェルナトだが、中は丁寧に並べられた街灯と綺麗に整備された石畳の道が続いている。
建物の数は少なく、店は殆ど露店になる。
並べている鉱石なんかはこの街を開拓する時に採掘されたものだ。
小さな絵画や彫刻、ぬいぐるみやお菓子を並べている店が多いのは管理しているのがラディアメルクの魔導師の影響が大きい。
自由と芸術性を重んじる風習。そんな街から流れ着いた行商人も少なくはない。
「それにしても大きいな」
ふとヴェルナトの空──この巨大な洞窟の天井を見上げた。
天井に埋まっている小さな結晶が街灯の光を反射して、まるで星々の広がる夜空のように見える。
美しい光景だが、日暮れのないこの街で研究者や魔導師達が絶えず働き続けていると思うと、無限の夜空に気が狂いそうになる。
そう考えると露店の多くは癒しを売っているのだと納得する。
「地下に広がる遺跡は、大陸の他の遺跡と比べても──いや、どことも比べようがないくらい大きいらしいな」
そして、今まで見つけられた遺跡の中でも最も古い物と言われている。
空白の章よりも前の代物だと言われているが、未だ未知数の謎を秘めた地下遺跡。
アロットは大広間の階段に腰を下ろして一息ついた。
「魔術による開拓作業は制限があって、一度に大規模な地形変化をさせることは禁止されている。……トルメリア街道を造った人物もまた捕まってるだろうな」
ヴェルナトのこの広さは魔術によるものだが、魔導師指導の下で行われているため。
そこまで大きな魔術は使われていない。崩落しないように魔術で施工しているが、街を広げる掘削作業自体は地味な作業だ。
「魔術は人の想像力がモノを言うが、その人の想像力は自然現象を元にしている──そういう説から大自然に敬意を払うことが大切だと言われている」
そう言いつつも、アロットは苦笑いをした。
アロット自身は人の模倣で魔術を習得している為、自然に対する敬意というのはあまり意味を感じていない。
だからと言って、完全にないがしろにしようとも思ってはいない。
ただ、こういった思想が行き過ぎれば『自然派』と呼ばれる拗らせた魔術士たちが生まれる。
「……先生」
「ん?」
「その話、もう五回目になります」
座ったアロットの後ろでフェリシアが睨みつけ見下ろしていた。
アロットはたまらずため息を吐いて立ち上がる。
「どの話だ?」
「全部ですよ! ヴェルナトの話から魔術の話から!」
声を上げて訴える。
フェリシアはもう我慢の限界だと言わんばかりに頭を抱えた。
「勉強には復習も大事だろ」
「先生っぽいこと言いますね! いつもは先生って言われるの嫌なくせに!」
「わかってたなら先生って呼ぶなよ」
「嫌です!」
「なんでだ」
いつもは大人っぽく落ち着いているフェリシアだが、今回は周囲の目も気にせずに声を上げている。
それもそのはず、ヴェルナトに来てから既に五日が経過していた。
たどり着いたはいいものの、重要な遺跡には簡単に立ち入らせてもらえず、許可が出るまで滞在することにしていた。
そして、五日目にしてフェリシアは爆発した。
……五日間同じ話をするアロット側にも問題はある。
「仕方がない。ヴェルナトの遺跡は厳重に管理されてる。同じ魔導師でも余所者は簡単に立ち入らせてくれない」
「でもっ……でもっ……!」
「まあ、退屈だな」
陽の光もなく時間の流れもわからないようなこの街の中で、同じことを繰り返されれば流石のフェリシアでも精神的に辛い。
「そうだな。もう一度話をしに行くか」
「いいんですか? 魔導師の方々は忙しそうですし……」
「駄目だったらこの街はあとにしよう」
「それはアロット君がいいんですか?」
「別にいい。巡礼の旅が終わった後で一人で来ればいいからな」
アロットもこの旅で死ぬつもりはない。ならば旅を終えた後に一人でこの街に来ればいい。
フェリシアにとってはこんな遺跡など興味はないだろう。そう気を使ったつもりだが、フェリシアは納得のいかない顔をしていた。
「それは……嫌です」
「は?」
「というか、私を聞き分けのない子供みたいに扱うのはやめてくださいよ」
「わりとそうだろ」
「なっ!? んぅーーーーー!!!」
「待てフェリシア落ち着け、落ち着いてくれ」
ストレスのせいかフェリシアが今までに見たことがないほど暴れている。
アロットの胸倉をつかんで力いっぱい揺らす。可愛くない怒り方にアロットももう手に負えなかった。
「これでダメだったらラディアメルクに行くから落ち着いてくれ……」
「私は落ち着いてます!」
「嘘つけ。……ラディアメルクに行けば海が見られるから少しは気が晴れるはずだ」
アロットの言葉にフェリシアが目をぱちくりとさせた。
「海……ですか?」
「見たことないだろ?」
「本でしか……はい……」
「実際に見たらびっくりするだろうな」
フェリシアの顔がぱぁっと明るくなる。
「じゃあ今すぐに魔導師様に確認に行きましょう!」
「……遺跡への立ち入り許可のな?」
「はい!」
元気に返事をするが、それはフェリシアからすれば遺跡に入れない方が都合が良いということだ。
しょうがない。と、アロットは頭を掻いて元気に先行するフェリシアの後ろを歩き始めた。




