第8話 アロット・クランツ
フェリシアについて行った先の道で、その問題は一目見てわかった。
細い道を大きな岩が塞いでいた。
おそらくは落石によるものだろう。ガーゴイルとの戦闘の余波で岩山が崩れたのかもしれない。
「確かに、これは通れないね」
後から追いついてきたイルミーナが残念そうに眉を曲げた。
「こんなところだし、こういう障害は起こりうるよね」
「イルミーナ。ヴェルナトへの別の道はあるか?」
「ないよ。一度山を降りてラディアメルク方面から迂回しないとね」
「まあ、そうだよな」
急ピッチで繋いだトルメリア街道だ。アロットも道はこの一本しかないのはわかっている。
「ここ最近はガーゴイルがいたから誰も近づかなかったからね。ろくに整備も進んでいない」
「──待て。ガーゴイルが居たのがわかっていたのか」
「…………あっはぁ」
「おい」
イルミーナは目を逸らして誤魔化した。
「ごめんね? さっさとガーゴイルを倒してくれたらこっちも都合がいいからさ」
「だったら魔導師に言ったらどうなんだ?」
「やだよ。じゃあ危険だからってガーゴイルを倒すまでは立ち入り制限するでしょう?」
「それは……確かにそうなるかもな」
実際ラディアメルクではそうだった。
トルメリア街道は開拓されたばかりの未知数の場所だ。
まだまだ稼げる可能性のある場所だが、危険なモンスターの存在から封鎖されれば、冒険者にとっても面倒なことになる。
「けどダアトの冒険者達は結構現実主義だからね。いつか誰かが倒してくれるだろうってね」
「ガーゴイルの素材に価値はないのか? アンタは死体を漁ってただろ」
「矢を回収してただけだよ。ガーゴイルの装甲は魔術によるものだし、下の肉は筋肉ばかりで美味しくはないから売り物にはならないかな」
「…………本当か?」
「あら? 嘘を付いているとでも?」
「いや、別にいいが」
何か隠しているような気がしてイルミーナに問い返すが、仮にガーゴイルの素材に価値があったとしてもアロット達には関係のないことだ。
そこから先のことは冒険者に任せるとしよう。
「ということは、私は皆さんの役に立てたんでしょうか」
「そうだね。フェリたんのおかげでこの道の安全性は確保できたかな」
「そうですか。よかったです」
騎士としての使命を果たせた。
そう感じたフェリシアはほっと胸を撫で下ろした。
しかし、すぐにハッとして首を横に振った。
「けど、イルミーナさんがいなかったら私は何も出来ませんでした」
「いや、わたしだけでも出来ないことだよ。だからお互い様、助かったよ騎士様」
「そうですか?」
「アロッティもね」
「今はそんなことよりもこの岩をどうするかだ」
「あら? 照れてるのかな」
「黙れ」
楽しそうに笑うイルミーナを一蹴すると、アロットは乱暴に頭を掻いた。
「アロッティは攻撃魔術が使えないんでしょう? じゃあここは引き返すしかないね」
「私も、これはどうしようも出来ませんね……」
イルミーナとフェリシアが諦めていた時、アロットは握りしめた拳を見つめていた。
ガーゴイルとの戦闘を思い出し、静かに魔力を込めて集中した。
「…………いや、なんとかなるかもな」
そう言うと、アロットは道を塞ぐ大岩の前に立つ。
「なにするつもり?」
イルミーナが首を傾げるも、アロットは何も言わずに構えた。
腰を落とし、拳を引く。
一つ、二つ……と、深呼吸をすると────
「ハァ!」
大岩に拳を叩き込んだ。
鈍い音が響き、衝撃が大気を揺らした。
紫色の火花が──岩の内部で炸裂。
豪快な破裂音を鳴らして、道を塞いでいた大岩はバラバラに砕け散った。
「わぁ」
フェリシアが手を叩いて笑顔を浮かべる。
バラバラに砕けたことで足場は悪いが進むことが出来る。
アロットは肩を回しながら二人の所に戻っていく。
「…………何してんの?」
イルミーナはアロットの所業にドン引きしていた。
魔術で岩を砕くのはわかるが、拳一つで岩を砕くなど魔導師としての在り方なのかと……。
「これも魔術なんですか先生」
「ああ、ガーゴイルのを真似してみた」
「ガーゴイルの真似ですか?」
アロットは手を開いたり閉じたりして感覚を確かめながら語りだす。
「ガーゴイルの急降下による一撃。あれは着地と同時に魔力を拡散させていたんだ。それ以外の打撃もしたような感じだったな
「だから広範囲の地割れを起こしたり、受け止めると身体の内側を痺れるような感覚に襲われた。あれは通常の『魔力の込めた打撃』とは違うものだ。
「そもそも『魔力を込めた打撃』ってのはよくあるが、結局その込めた魔力をどうするかってのは曖昧なんだよな。魔導師並に魔術に精通していると使わないものだしな
「人によっては打撃が当たった瞬間に爆発させるようなイメージだし、人によっては拳の周囲をコーティングさせて打撃自体を尖らせるようなイメージとも言うし
「ガーゴイルがやってたのは叩き込んだ魔力をそのまま押し込んで、そこから拡散させている感覚だった。だから────」
「すみません。よく分かりません」
真顔で自分の手を見つめながら語り続ける。
そのアロットの姿が少し怖くなって、フェリシアの目から光が消えた。
アロットは冷静になると、今ここに魔術を語れる者がいないことに気づいた。
「とにかく、先に進めるようになった」
「さ、流石です!」
状況を簡潔に済ませると、フェリシアは戸惑いながらもアロットを称えた。
イルミーナの方はまだ困惑していた。
「真似するってそんな簡単に出来るものなの?」
「俺は昔からそうなんだ。一度受けた魔術はなんとなく模倣出来る」
「それ、おかしいよね?」
「普通は出来ないって言われたよ。逆に言えば受けたことがない魔術は感覚が掴めない──何か一つ足りない部分があるような感じがして、うまく使えないことが多い」
「それで攻撃魔術が使えないんだ」
「そうだな」
アロット自身もよくわかっていない体質のようなもの。
ユリウス総師団長には『身体で覚えるタイプだね』と言われたので、そういうものだと納得して諦めることにした。
「じゃあ攻撃魔術を撃たれたらいいんじゃないですか?」
「物騒な事を言うな。それは俺も考えたけど、人に向けて攻撃魔術を撃てる神経の奴はいないんだよ」
「それも……そうですよね」
「あとその魔術に対して頭でも理解出来てないと無理だ。模倣してると言っても殆ど自分の解釈に当てはめてるだけだ」
「よくわかんないねー」
イルミーナがフェリシアに同意を求めると、二人で首を傾げた。
攻撃魔術の場合、例え受ける側が大丈夫だと言っても、最悪の場合は死に至ることもあり得る。
人を殺しかねない提案を快く引き受けるような人間は、少なくとも魔導師には居ない。
(いたら問題なんだが)
治安を守る魔導師団の中に、人を傷つける事を躊躇いもしない人間がいるはずがない。
唯一、ユリウスにお灸をすえられたことがあり、その時に受けた魔術は拘束魔術の一部として組み込んでいた。
「そういえば、バルファローネ様に毒に耐性を持つ魔術を掛けて貰いましたが、あれはどうなんですか?」
「さっきも言ったけど、あくまで自分なりに感覚を掴んで模倣してるだけだから無理なものも多い。あの魔術もそうだ」
「そうなんですね」
「ただ、身体の内側を守る感覚はあの魔術で学んだな。だからガーゴイルの攻撃はあの程度で済んだ」
フェリシアが興味深そうに聞いてる中、イルミーナは少し不気味なものを見るように冷や汗を流していた。
そして、何かに気づいたかのように目を細めた。
「そう言えば、アロッティはさ。魔王に会ったことがあるんだっけ」
「ああ」
「どんな人だったか覚えてる?」
「いや、その時はあんまり興味がなかったからか覚えてないな」
「そう……だからか」
イルミーナは意味深に呟いた。
随行魔導師が魔王から魔術を教えて貰う。
その事を魔導師以外が知っているとは思えないが、何故イルミーナは魔王に会ったことがあるのか聞いてきたのか。
アロットが訝しんだところで、イルミーナは背伸びして微笑んだ。
「まあいいや。先に進もうか」
「そうですね。魔術の話ってよくわかりませんし」
「フェリシア?」
フェリシアの正直な言葉がアロットの胸を貫いた。
イルミーナがそう言って一足先に歩いて行くと、フェリシアもついて行く。
「……なんなんだ」
アロットも少し拗ねながら最後尾を歩いた。




