第7話 イルミーナ
「あり得ないよ。君たち」
うわぁ……と、口に手を当てて引き攣った顔をしたイルミーナが言い放った。
その手にはいつの間にか弓が握られている。
フェリシアに首を落とされたたガーゴイルはピクリとも動くことなく絶命した。
フェリシアにはこの道の先の安全を確認してもらって、アロットはその場に残って治癒を続けながら見張りのイルミーナと向かい合っていた。
「あんたがしたこともあり得ないと思うが」
空を飛ぶガーゴイルの喉と目を撃ち抜くなど、練度の高い魔導師でも至難の業だ。
魔術と矢では勝手が違うが、ガーゴイルの飛んでいた高度を考えると魔術でも直撃させるだけでも難しいだろう。
それを弓矢などと理外の武器でやってのけた。
「確かに、それだけの弓の腕があれば魔術はいらないのかもな」
剥がれた装甲の部分を狙って──両目は同時に射抜いて……どれ程の腕を磨けばそのレベルまで辿り着くのだろうか。
間違いなく辿り着くまでに全員が弓を捨てる。
アロットは一つ気になることがあった。
「イルミーナ。あんたは魔力を持っているのか?」
アロットの問いに、イルミーナは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに笑みを作り直す。
透き通った碧眼に見つめ返されると、アロットは少し警戒してしまう。
「あら、急にそんなことを聞いてどうかしたの?」
「…………アンタが矢を放つ瞬間、その時に騎士──フェリシアが剣を振る時と同じ気配を感じた」
「気配?」
「魔力を持たない者特有の……殺気とも呼べる気迫」
「へぇ……」
イルミーナの顔から笑みが消える。
「それだけでわたしに魔力がないと?」
「魔術は魔力に意志と想像力を込めて発現する。その為に詠唱や触媒がある」
「知っているよ」
「だからこそ魔術や魔力を行使する場合、人の意志──感情が乗った魔力が""振れる""」
熟練の魔術使い程、この振れは少なく分かりづらかったりするが、それでも魔力の振れというものは絶対に起こり得るものだ。
「あんたとフェリシアからはその振れが感じられない」
「だからわたしに魔力がないと? それは早計だと思うけどね」
イルミーナの言う通りだ。
フェリシアと同じ殺気を感じたからと言って、イルミーナがフェリシアのように魔力を持たないとは限らない。
むしろ魔力を使わずに生活しているイルミーナだからこそ、魔力の振れが起きなかっただけかもしれない。
アロットが感じたイルミーナの殺気は、フェリシアや白き異形のものに比べてわかりにくいものだった。
それはまだイルミーナが魔力を捨てきれてないからなのではないか。
「さぁて、どっちだろうね?」
まるで心を読んだかのような答えが返ってきて、アロットは息を呑んだ。
イルミーナは否定も肯定せず、静かに歩いてアロットの横を通り過ぎていく。
ガーゴイルの死体に近づきしゃがみ込むと、その死体をじっくりと観察している。
「魔力が無ければ魔術は使えないね」
魔力の有無を手っ取り早く証明するための手段。
それが一番手っ取り早いと言わんばかりに、イルミーナ自身が口にした。
しかし、アロットは敢えて反論をする。
「体内の魔力がなくても、触媒等の外的な魔力を借りて魔術を使うことが出来る」
「あぁ、それもそうだね」
思い出したかのようにイルミーナが顔を上げたが、その表情はアロットに背を向けているため確認出来ない。
「マナは神が与えた魔力で、オドは人が模倣した魔力である」
「……なんだって?」
「わたしの古い友達の母親の友達の友達の弟の姉の友達の友達が言ってたことさ」
「…………誰だって?」
イルミーナは立ち上がって振り返る。
「もし魔術を使えない人間がいたとしたら、それは神と人のどちらに捨てられた人間だと思う?」
試すかのように笑みを浮かべた。
それは自分自身のことを言っているのか、それともフェリシアのことを言っているのか。
それとも白き異形のことを言っているのか。
アロットの首筋を冷たい汗が一つ流れた。
(もし、魔力を持たなくても、魔術が使えなくても生きられるのなら)
いったい何のためにこの巡礼の旅はあるのか。
このくだらない英雄計画にやはり意味なんてない。
そう言いたくなる気持ちを押し殺していた。
その時だった。
「こらこら、真に受けないでよ」
アロットの額をイルミーナが人差し指で小突いた。
呆れた顔をしたイルミーナが横目で睨みつけていて、アロットはぽかんとした表情を浮かべしまう。
「そこは『適当なことを言うな』って言って欲しかったよ」
「………………は?」
「自然派なんてそれっぽいこと言ってるようで何の根拠もないこと言ってるだけなんだから。そんなことを真に受けたらだめだよ?」
「あ、ああ。それもそうだな……」
それを自分で言うのか。とも思ったが、今のアロットには余裕がなかった。
ダメージのせいか、それとも未知の存在の可能性への焦りか。
アロットが一つ深呼吸をすると、ちょうど先の道を見に行ったフェリシアが帰ってきた。
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「では、一つ見てもらいたいものがあります」
「見てもらいたいもの?」
「はい」
フェリシアは冷たい青い瞳で淡々と報告してくるが、既に剣は納刀している状態だ。
アロットはフェリシアに近づくと、両手でその頬に触れた。
「それやめろ」
「ふぇっ!? な、なんですか!?」
「よし、それでいい」
「え? えっ?」
フェリシアの瞳がいつものように戻る。
突然の出来事に困惑しているが、フェリシア自身は抜刀時に性格が変わっている自覚はないのだろうか。
これも何かの予兆なのかと深読みしてしまいそうになり、アロットは言葉を飲み込んだ。
「それで、何かあったのか」
「え、あっ、はい」
フェリシアは目を丸くしながら、アロットに触られた頬を自分でも撫でた。
アロットもフェリシアの顔を見て落ち着きを取り戻し、イルミーナはそんな二人を見て微笑んでいた。
「その、もしかしたら……この道は通れないかもしれません」
「なんだって?」
「とにかく、一度アロット君に確認してもらおうと」
「わかった」
フェリシアが先導し、アロットがついていく。
イルミーナもその後ろをついていこうとしたところで……足を止めた。
「……まさか気取られるとはね。こっちじゃ競う相手がいなかったから自惚れかな」
ガーゴイルの死体を確認する。
正確無比に射抜いた、誰が見ても申し分のない弓の腕だが、イルミーナは悔しそうに苦笑した。
「エルのようにはまだなれないな」
そう言うとイルミーナも二人の後を追いかけた。




