第6話 岩を穿つ
間合いを詰めるフェリシアを、ガーゴイルは腕を振るって追い払おうとする。
仰け反った身体を強引に捻って繰り出される苦し紛れの拳は、それでも人間を致命傷を負わせるには充分な質量と速度で襲い掛かる。
身を低く屈めていとも簡単に躱すと、フェリシアはガーゴイルの懐に潜り込む。
──ガーゴイルの装甲に斬撃は通用しない。
それでも、フェリシアは騎士としてモンスターを倒す使命がある。
決して怯まぬ意志の宿った冷たい蒼の瞳は、視界の端でその勝機を見つけた。
アロットの一撃でガーゴイルの下顎の装甲が割れていたのだ。
「そこです」
剣を突き立て大地を蹴る。
渾身の跳躍をもって突きを放つ。
銀の閃光が空へと駆け上がる。
その一撃はガーゴイルの下顎を捉える──かと思われた。
「っ!」
刺突は下顎の装甲に突き刺さるが、完璧に捉えるまでは至らず。
確かに肉へとたどり着いた感触はあるものの、その切っ先は頑強な顎の骨を滑る。
顔面の装甲──その左下部分を大きく剥ぎ取るだけで、ガーゴイルを仕留めるに至らない。
急に体勢を変え刺突を切り替えたからか僅かにフェリシアの剣が逸れる。
足を踏み直し、体勢を整える。
二の太刀を剥がれた装甲へ向けて放つ構えを──。
「ギャアアアアア!!!」
「!」
咆哮と共にガーゴイルはフェリシア目掛けて頭突きを仕掛ける。
傷口を顧みない苦し紛れの攻撃だが、故に意表を突く一撃。
咄嗟に剣を倒して受け止める。重い一撃にフェリシアが怯むと、その隙にガーゴイルの翼が羽ばたいた。
「くそっ」
アロットが舌打ちをするのと同時、傷口から黒ずんだ血を零しながらガーゴイルは再び空へと舞い上がる。
強烈な風圧にフェリシアは追撃することも出来ず、アロットは自身の治癒により魔術での拘束も出来なかった。
ガーゴイルは先程よりも高く飛び、三人のことを見下ろしていた。
「すみません。仕留め損ないました」
「いや、気にするな。次だ」
フェリシアをフォローするが、アロットは嫌な予感がした。
果たして次は来るのだろうか。
その不安を煽るようにガーゴイルの魔力が高まっていくのを肌で感じ取る。
緊張感の漂う中、呆れた顔をしたイルミーナが二人の側に歩いてきた。
「近接戦闘でガーゴイルを追い返した人間は初めて見たよ……」
「イルミーナ。奴はまた降りてくると思うか?」
「来ないだろうね。向こうもこっちが対空魔術をしてこなかったことをわかってるだろうし、逆に降りた方が危険だと判断してそう」
イルミーナの言うように、既にガーゴイルは次の手段を取っていた。
手を空へと上げ、更に何かを呟くように唸り声を上げている。
魔術の詠唱。アロットが確信すると、ガーゴイルの頭上に火の玉が顕現する。
「剣を投げてみます」
「意味のないことはやめろ」
フェリシアが最後の手段を提案するが、抜剣状態のフェリシアの顔だとそれが冗談なのか真面目に言っていることなのかわからなくて困惑する。
ただ、今すぐに詠唱を止めなくてはならないのは事実だ。
「それか逃げるしかない」
攻撃が届かない以上、止める術はない。
ガーゴイルの頭上の火の玉は更に大きくなっていき、まるで太陽の如き威圧感を放っている。
今から範囲外に逃げることは──『不可能』だと、アロットの首筋に冷たい汗が流れる。
(間に合うか────!)
その時だった。
背中に氷塊を入れられたような感覚がした。
不気味な感覚、ガーゴイルのものではない。
それは剣を抜いたフェリシアや白き異形から感じられたのと同じような…………冷たい殺気。
その気配のした方向にアロットが振り返ろうとした瞬間。
「グァ──!?」
ガーゴイルの喉元に矢が生えた。
アロットが砕き、フェリシアが広げた傷口を的確に撃ち抜いた矢が、ガーゴイルの詠唱を止めた。
収束していた火の玉は霧散し、ガーゴイルは何が起きたか理解できずに目を見開いて喉を抑えた。
一瞬の出来事にアロットもフェリシアも動きを止めてしまっていた。
その中でただ一人だけ、不敵に笑みを浮かべた女がいた。
「あらあら。びっくりしちゃって可愛いね」
そう言うと、今度は驚愕に見開かれたガーゴイルの両目を同時に射抜いた。
視界を失い。ガーゴイルは一時的に魔術の制御を失う。
飛翔を補助していた魔術も止まり、ガーゴイルの身体が空から落ちてくる。
「フェリたん」
イルミーナの声を聞いてフェリシアが駆け出す。
狙いは一点。先程仕留め損なった懺悔も銀の刃に乗せて振り抜く。
「終わらせます」
銀の閃撃。
眩い一閃がガーゴイルの首を斬り落とした。




