第5話 ガーゴイル
岩の竜人──ガーゴイル。
全身を岩に覆われた身体をしていながらも、その翼で空を飛ぶことが可能なのには理由がある。
魔術による飛翔能力の強化。グランクレイグの運び屋が使い魔に掛ける強化系の魔術と似たようなものだが、その出力は比べ物にならないほどだろう。
魔術を使えるモンスターの一種。
もし、アロット達の攻撃の届かない空から、魔術を放たれては勝ち目がない。
目の前に降りてきたのは千載一遇のチャンスとも言える。
「────っ」
向かい合うガーゴイルと三人の中で、一番最初に動いたのフェリシアだった。
ガーゴイルの着地によって砕かれた地面を踏み抜き、抜刀し一気に間合いを詰める。
冷たい蒼い瞳が標的を捉え、銀の閃撃が放たれる。
ガーゴイルの胴体を切り裂く三つの斬撃は────
「!」
────いとも簡単にその岩の装甲に弾かれてしまった。
フェリシアの冷たい蒼の瞳が驚愕に見開かれる。
その一瞬の隙を目掛けてガーゴイルは岩の拳を振り降ろす。
「フェリシア!」
駆け出していたアロットがフェリシアを押しのけてガーゴイルの鉄槌を受け止める。
障壁を纏った腕で受け止めたものの、その衝撃は骨を突き抜けて踏みしめた大地を割ってみせる。
「くっそ……!」
雷鳴に撃たれたかのような衝撃が脊髄を突き抜けると、アロットは苦悶の表情を浮かべる。
外傷は無いに等しいが強烈な痺れに襲われ身動きが取れない。
「借ります」
背後から聞こえる静かな声。
アロットの肩を足場に跳躍したフェリシアが前に出ると、ガーゴイルの頭部目掛けて剣を振り下ろす。
「刃が……通らない?」
しかし、これも硬い装甲に弾かれてしまう。
ガーゴイルがフェリシアを睨みつける。
その刹那、アロットは自身が視界から外れた隙をつき、歯を食いしばって踏み込んだ。
「はああ!!」
魔力を込めた全力の拳をガーゴイルの腹に叩き込む。
グウ……。と、うめき声を出しよろめいたのも一瞬。すぐに翼を広げて空へと逃げられる。
強烈な風圧に巻き上がった小石が頬を切り裂き、アロットとフェリシアは堪らず目を塞いだ。
(一瞬だけ拘束を掛けることが出来たが、詠唱破棄の魔術じゃ強引に抜け出される……か)
空へ飛ばれないように拘束魔術は掛けたが、出力が足らずにガーゴイルのパワーに負けてしまった。
こうなってしまってはかなり分が悪い状況になる。
「イルミーナ!」
「無理だね。騎士の剣で斬れないのに矢が通るわけがないよ」
「せめて弓は構えたらどうなんだ?」
「武器なんて構えてたら走る速度が落ちるでしょう?」
「逃げようとしてんじゃねぇよ」
こちらの対空戦力はイルミーナの弓だけだと言うのに、イルミーナの弓は背中に背負われたままだった。
「アロッティが魔術で撃ち落とすしかないんじゃないかな」
「俺は攻撃魔術は使えない」
「…………それは本当なの?」
イルミーナが引き攣った顔でアロットを見た。
珍しく彼女の素の顔を見た気がする。
あからさまに貧乏くじを引いたと言わんばかりの顔だ。
「ならもう一回降りてくるところを狙うしかないね」
「降りてくるとは思えないが」
「んー……ガーゴイルって魔術は使うけど、やることはゴリラだからねぇ。もう一回くると思うよ」
「ゴリラ?」
「古の言葉。肉弾戦ばっかりな奴のことを表すって感じかな」
「なら先生もゴリラですね」
「……否定は出来ないが」
淡々と言うフェリシアには感情が見えないが、何故だかその言葉自体には馬鹿にされているような印象を受けた。
「ああいう硬いモンスターには斬撃よりも打撃が有効だね」
「確かにな」
イルミーナの言う通り、フェリシアの剣よりもアロットの拳の方が通用している感覚があった。
上空で羽ばたくガーゴイルを見据え、アロットは拳を握りしめて一つ作戦を思いついた。
「もう一回降りてくるんだな?」
「勘だけどね。こっちの攻撃が通らないとわかってるから、手っ取り早く仕留めにくるかなって」
イルミーナの言葉を信じてフェリシアにも作戦を伝える。
「フェリシア」
「はい」
「まずは俺が前に出る。その後を任せた」
「わかりました」
アロットは深く息を吐いて集中する。
身に纏う魔力障壁で全身を覆うイメージを確立させる。
普段から自身に行っている拘束魔術の感覚と魔力障壁の感覚を同調させ、障壁で身体全体を覆うイメージをする。
「……いけるな」
アロットの身体を紫の光の回路が走った。
その一瞬の光は静かにアロットの身体に浸透するように消えていく。
準備は整った。
後は、イルミーナが言っていたガーゴイルの特性を信じる。
魔術よりも肉弾戦を得意とすることと、侵入者を狙う習性。
(一か八かだ……!)
アロットはガーゴイルの真下を通り抜けるように全力で駆け出した。
標的をアロットへと定めたガーゴイルが翼を広げ風を掴む。
空中で一回転。羽ばたきを止め、空の上で時が止まったかのように浮遊。
流星の如き勢いで急降下したガーゴイルがアロットへと襲い掛かる。
「ッ──」
空も風も切り裂いて落ちる岩の大槍。
アロットはそれでもまだ────白き異形程の脅威をガーゴイルからは感じていなかった。
「あれよりかはマシだ!」
落下地点を予測し、紙一重の回避を兼ねた跳躍。
しかし、それはただ攻撃を避ける為だけのものではない。
「はああああああああ!!」
紫の火花が炸裂。
大気が爆ぜるような轟音と衝撃が山を揺らした。
ガーゴイルの脚が地面を穿ち、再び大地を揺らした。
ガーゴイルが大きく仰け反ったのその着地と同時だった。
「ギャアアアアア!!」
ガーゴイルは叫び声を上げて、その巨体がぐらついた。
ガーゴイルが地面を穿つ刹那、アロットは跳躍の勢いのまま拳を振り上げ、ガーゴイルの急降下の勢いを利用したカウンターのアッパーを顎に叩き込んでいた。
「くっ……!」
しかし、アロットも尋常ではない衝撃に堪らず跪く。
右腕の感覚がない──……いや、腕は確かに付いている。
強烈な痺れな感覚が一時的に麻痺しているだけだ。
内臓が揺れ、軽く吐血してしまうが死ぬ程ではない。
まだ目の前にはガーゴイルがいるが、素早くその場で治癒の魔術を掛けることにした。
フェリシアは駆け出していることを信じていたから。
「流石です先生」
アロットの横を走り抜けたフェリシアが呟いた。
その二人の後方で────
「いや、え? えぇ……?」
アロットがあまりにもあり得ないことをしたのを見たイルミーナはドン引きしていた。




