第4話 守護者
狭い道を進むと、やがて山頂付近の開けた場所に出る。
山々を一望出来る絶景ではあるものの、ここまで特にモンスターの襲撃も受けずに来れたことが逆に不気味だった。
「風が気持ちいいね」
イルミーナは背伸びしたり、足の健を伸ばしたり身体を動かしてリラックスしていた。
彼女の身体に巻き付いたベルトには小さな袋や筒が括り付けられており、動くくたびにカタカタと音を立てる。
微かに水の音が混じっているあたり、恐らく筒の中には水が入っているのだろう。
「それにしても重そうだな」
一つ一つは小さな消耗品でも、数が増えるとそれだけかさばるようになるのは当然のこと。
魔術を使わない超自然派。
食べ物は流石に無理だが、水なんかは本来ならば魔術で賄えるものだ。
火も魔術で起こせるし、土の魔術が得意な物なら仮拠点も簡単に建てられる。
「意外と楽しいもんだよ魔術のない生活も」
そう言って適当な岩に腰を掛けて座る。
イルミーナは冒険者としての経験からか、リラックスしている様子だ。
フェリシアに関しては未だ剣を抜いたままで周囲を警戒している。
「フェリシアも休んだらどうだ」
「私は大丈夫です」
「いいから休め」
「……わかりました」
剣を抜いているフェリシアの表情は分かりにくい。
それでもいつもとは違う山道に、モンスターの危険もあるのは精神的にも疲れるだろう。
アロットが少し強めに言うと、フェリシアも剣を納めて腰を掛けることにした。
「疲れてはないか?」
「大丈夫ですよ。心配しなくても」
剣を納めたフェリシアに改めて聞く。
既にいつもの明るい表情に変わっていて、柔らかな笑みを浮かべて安心させようとしてくる。
「それにしても、さっきのハーピィは叩きつけられたようだったね」
イルミーナは片膝を立てると膝の上に顔を乗せて脚を抱えた。
そのまま寝そうなくらいに気を緩めながら、何やら気になることを言う。
「叩きつけられた?」
「翼は炎によるものだろうけど、あの程度じゃハーピィは落ちないかな。掠めただけ」
「なら、他の飛行性モンスターにやられたんですか?」
「その可能性は高いね」
イルミーナの冷静な分析にアロットも顎に指を当てて考え込む。
確かに魔導師が迎撃したにしては、トドメも刺さずに放置されていたのは不自然だ。
空で何者かとやり合って、そこからあの場所に落ちてきた可能性は無きにしもあらず。
「火を使う飛行性モンスターか……」
モンスターの名前が一つ頭を過ぎった。
「ワイバーンか」
空の覇者、厄災の象徴とも呼ばれるモンスター""ドラゴン""──ワイバーンはその眷属と呼ばれるモンスターだ。
「ワイバーン……ですか?」
「空を飛び、火を吐くことも出来るモンスターだ」
「火を吐く、喉は大丈夫なんでしょうか?」
フェリシアは目を丸くして話を聞いているが、いまいちどういうモンスターか想像出来ずに頭を悩ませていた。
アロットも実際はワイバーンを見たことがない為、文献だけで知ったイメージを膨らませるしかない。
「ワイバーンってのはハーピィよりも大きい翼をしていてねぇ。簡単に言ってしまえば空飛ぶトカゲだよ」
「空飛ぶトカゲ?」
「そう。空飛んで火を吐いてくるトカゲ」
「えぇ……?」
そもそもフェリシアはトカゲという生き物自体見たことがないはずだ。
グランクレイグの箱入り娘とも言えるフェリシアは、荷車を引く獣車や運び屋の使役する小さな羽獣ぐらいしか見ることもない。
そのせいか…………
「ちょ、ちょっと見てみたいですね……」
何か期待するように胸を躍らせていた。
「……モンスターだからな?」
「わ、わかってます! けど、全然想像がつかないので」
「まあ、別にいいが」
未知のモンスターを一目見たいと思うのはおかしいことではない。
どれだけモンスターが危険だと言っても、それを恐れずに──あるいは怖いもの見たさで出会いたいと思う人間は多い。
その後に後悔する人間が多いのも事実だが……。
(というか、剣を抜いたら問答無用で斬り伏せモードに入るだろ)
アロットは心の中で思いながらも口にはしなかった。
剣を抜いた時の人格の変わりようにフェリシア自身は気づいているのだろうか。
そんな疑問が浮かぶと、イルミーナが手を上げた。
「残念ながらワイバーンではないと思うよ」
「そうなのか?」
「ワイバーンだったら、あの程度の火傷で済んでないだろうからね。やられたのが一匹だけなのも気になる」
「だとしたら……イルミーナさんは何だと思いますか?」
「んー? そうだなぁ」
イルミーナは地面を見ながら物憂げな表情をみせる。
美人は考え込む姿も様になるようで、アロットもフェリシアもイルミーナの言葉を静かに待っていた。
「このトルメリア街道は最近出来た道。まず間違いなく、今まで触れてこなかったモンスターの領域に踏み込んでいる
「そして、この先にあるヴェルナトは古い遺跡がある。その遺跡も最近まで掘り起こされなかったものだね。
「ワイバーンだったらまだいいね。硬皮程度ならわたしの矢を通せるから問題ないけど、あいつなら矢も通らなくてわたしは役立たずかもね」
そう言いながらも笑みを浮かべる。
あいつ……とは、フェリシアもアロットも気になってイルミーナに聞こうとした時だった。
瞬間、山を轟かせる咆哮が響いた。
「なんだ!?」
アロットが周囲を見渡す。
フェリシアも素早く立ち上がり、イルミーナはゆっくりと立ち上がって尻についた砂を払った。
岩の影からハーピィが二匹飛び立った。
それを追いかける大きな影が太陽を隠した。
灰色の身体。
人のような二対の手足と蝙蝠のような翼。
身体が全て石のような鎧を纏い、その身体は魔術を用いて飛翔する。
ガーゴイル──遺跡のある場所に稀に出現するそのモンスターは、まるで何かを守護するかのように侵入者に襲い掛かる。
「馬鹿な!?」
普通ならまず見ることのないモンスターにアロットは声を上げた。
ワイバーンよりも圧倒的に目撃情報の少ないモンスター。
「逃げるよアロッティ。ハーピィが囮になってくれてる今のうちに」
「ちっ! フェリシア!」
イルミーナが先導して山を下る。
アロットもフェリシアを先に行かせて最後尾で後に続く。
フェリシアは既に剣を抜いている。
アロットの拘束魔術も今は外しており、アロットとフェリシアの身体能力は向上している。
それでも対策も攻略法も分からぬ未知のモンスターを相手にするのは分が悪い。
何しろ攻撃が届かないのだ。逆に向こうは魔術により一方的に攻撃出来る。
今は逃げるしかない。
一歩間違えば滑落し、死に至るような危険な道を三人は駆け下りた。
イルミーナは慣れたものと言わんばかりに、軽快な足取りで飛び跳ねるように降りていく。
アロットとフェリシアの方が単純な身体能力は高いが、それでも二人は細心の注意を払いながら走っていた。
故に、上を警戒出来ているのはイルミーナだけだった。
「あー、やっぱり無理かもね」
山の中腹の開けた場所に出たところで、イルミーナが急ブレーキを掛けて立ち止まる。
アロットは何事かと思ったが、フェリシアはイルミーナの意図を察して入れ替わるように前に出る。
刹那、フェリシアの目の前にガーゴイルが落下した。
急降下した岩の竜人が、三人の前に立ちはだかる
自分自身もただでは済まないはずの速度での落下。
大地を砕く凄まじい衝撃。立っているのがやっとな程の振動が伝わる。
アロットは舌打ちをし、避けられぬ戦闘に構えを取る。
「ハーピィは囮にならないのかよ」
「侵入者を拒む為の守護者だからね。先に逃げたこっちを優先するよね」
「……こっち側に逃げたのは失策だったんじゃないか?」
「あっはぁ。そうかもね」
イルミーナが乾いた笑いを浮かべると、ガーゴイルは今一度声を上げる。
山を揺らす咆哮が三人の耳を劈く。
翼を広げたガーゴイルが目の前に立ち塞がった。




