第3話 トルメリア街道
険しい岩肌の続く山道は、その途中から急に道が細くなる。
両側を土の壁に阻まれた細道をアロットたちは歩いていた。
「元々ローインクレー方面からヴェルナトに向かう道はなく、麓町ダアトを拠点に採掘や狩猟の行われていたこの山を開通させた……か」
獣車一台がギリギリ通れられるような細い道。
強引に魔術で開拓した道。両側の土壁は、魔術で削った岩土を仮溜めして出来たものだろう。
その壁を触りながらアロットが説明した。
「地図から予想するに、元々あった道から真っ直ぐ強引にヴェルナトに向かうんだろうな」
ろくに舗装もされていない荒れた道。
あまりの力業にアロットは少し呆れてしまう。
「このまま山頂付近まで歩いて、あとは下るだけという感じだね」
「そうみたいだな」
瞳を閉じながら鼻歌を歌うイルミーナが後方に付き、先頭をフェリシアが歩く。
フェリシアは既に剣を抜いており、冷たい蒼い瞳はただ前を向いていた。
剣を抜くと人が変わったように静かになる。それがいつものフェリシアだ。
(白き異形の時のは見間違いだったか?)
アッシュポートで白き異形と対峙した時。
その時だけは、剣を抜いている状態なのにも関わらず、その蒼い瞳には光が籠もっているように見えた。
別にそれが悪いこととは言わない。ただ、何故そうなったのかという違和感があった。
あるいは、それはアロットの気にしすぎだったのかもしれない。
「先生くらい背が高い人は珍しいですよね」
「ん?」
世間話をしてきたフェリシアにアロットは少し驚いた。
その状態でも軽口は出るのだなと。
「あら、わたしのことかな」
「別にガレルは俺よりも高かったし、リゲルも同じくらいじゃなかったか?」
「リゲルさんは殆ど地面で寝ていたので」
「また怒られるぞ」
リゲルが地面に伏せていた原因はアロットによるものだが、流石にそんなことを言われてしまうのは可哀想に思えてきた。
「グランクレイグ生まれは背が高いよね」
「それは確かにあるかもな。それで、あんたはどこの生まれなんだ?」
「ふふ」
イルミーナがくすりと笑うと、アロットは誤魔化されたと思ってそれ以上は問い詰めなかった。
────その時だった。
「ひみつ」
と、アロットの耳元でイルミーナの声が聞こえた。
慌てて振り返ると、イルミーナは軽やかなステップを踏んで後ろに下がった。
いつの間に吐息がかかるほどの距離に音もなく詰められていた。
「……このやろう」
「そんなに見つめられたら照れてしまうよ」
舌打ちをしてアロットは前を向いた。
誂われたことを頭の隅に置いておく。
今の一瞬の出来事で冒険者としての彼女の実力が見えた気がした。
「それにしても、平和だね」
後ろを歩くイルミーナが背伸びをした。
事前の話では急ピッチで開拓された道であるが故に、それなりに危険が多いと思っていた。
今のところは特に問題はない平和な道のりだった。
強いて言えば凹凸が多い坂道であること。
「二人は疲れたりしてないかな?」
「俺は大丈夫だ」
「問題ありません」
「だろうな」
普段から拘束魔術を掛けて生活している為、この程度の負荷など無いに等しい。
むしろ今は拘束魔術を外しているので、坂道であっても身体はいつもより動きやすい状態にある。
「あら、ここまでの山道なら今までの騎士様は魔導師様に強化して貰わないと登れなさそうだけど、フェリたんは大丈夫なんだね」
「まるで今までの騎士を見てきたような言い方だな」
あくまで、一般的に騎士が強化魔術を魔導師から受けるのは『モンスターとの戦闘の時』だと言われている。
「前の騎士も、その前の騎士も……騎士には今までに何回か会ったことがあるよ。随行魔導師についても聞いたことがあるんだ」
「それが本当だとしたら何歳なんだよお前は」
前回の巡礼の旅は十七年前だ。その前となると三十年以上前になる。
イルミーナの容姿からしてアロットとさほど年齢は変わらないように見えるが、彼女が本当に前回どころか更に前の騎士に会ったことがあるなら、見た目よりもかなり年齢を重ねていることになる。
「ざっと千年は生きてるかな」
「嘘つけ」
まともに相手しようとするだけ無駄かもしれない
アロットは面倒くさそうに溜め息を吐いた。
その時だった。
「止まってください」
と、フェリシアが左手を横に上げて制止する。
振り返ることなく、フェリシアは前を見たまま立ち止まる。
「何かいます」
その言葉にアロットも視線の先に何かいるのを見つけた。
地面に横たわっているのは人のようにも見えるが、その両腕は鳥の翼のように変形している。
「ハーピィか?」
ゴブリン同様、人のような見た目をしているモンスター。
猛禽類のような腕と脚をした人間の女性の姿をしたモンスターが、地面に落ちてもがいていた。
ゆっくりと、三人はハーピィに近づいていく。
既にここを通った冒険者や魔導師がいるのだろうか。
傷を負ったハーピィが倒れている異常性に警戒しながら近づく。
「タス、ケテ……」
ハーピィが助けてを求める声を出す。
まだ息があるらしい。
翼には焼け焦げた跡、左脚は骨折している。
一見、こちらと戦う意思はなさそうに見えるが──所詮はモンスターだ。
フェリシアは躊躇うことなく剣を振り下ろし、ハーピィにトドメを差した。
「あらあら」
イルミーナが嬉しそうな声を出した。
「助けてって言ってたのに躊躇いがないね」
「嬉しそうだな」
「ふふ。ハーピィの言葉に惑わされる冒険者をいっぱい見てきたからさ。やっぱり騎士様は違うんだね」
イルミーナの言う通り、頭ではわかっていても人のような見た目をした生き物が、人の言葉で助けを求めてくる。
もしかしたら、言葉が交わせるのかもしれないと気を緩める者も多い。
「ハーピィは人の言葉を真似するから注意が必要だ。…………ってのは、先に伝えておくべきだったな」
「いえ。そうなんですね」
フェリシアは淡々とそう言うと、銀の剣を振って黒い返り血を払い落とした。
フェリシアにハーピィの生態を事前に教えてはいないことを反省したが、フェリシアは特に気にする様子もなく既にハーピィの死体には目もくれない。
「人の言葉を真似るだけで、所詮はモンスターですから」
その言葉に、アロットは背筋が冷えるような感覚を覚えた。
今までフェリシアは剣を抜いたら性格が変わると思っていたが、モンスターと対峙する時は特に冷酷になる。
だとしたら……白き異形の時のフェリシアは余計に違和感がある。
考え込んでいるとイルミーナが横から顔を出してハーピィの死体を観察する。
「わかっていても躊躇うものだよ?」
「そうでしょうか」
「あっはぁ。騎士の使命なのかな。前の騎士様もこういうのには躊躇いなかったもの」
イルミーナは死体を観察した後、周囲の様子にも目を配る。
「ハーピィは群れで行動するはず。他にもハーピィAとかハーピィBとかいるかな」
「周囲を警戒します」
「そうだね。コイツラは結構声がギャアギャアってうるさかったり、翼の音も大きいから音も注意した方がいいね」
「わかりました」
イルミーナの説明を受けてフェリシアが周囲を警戒する。
ここはやはり熟練の冒険者と言うべきか。
イルミーナは素早くモンスターの情報を説明してみせる。
「人の言葉を真似するモンスターかあ……」
ぽつりと、イルミーナが呟いた。
「もし、人と区別出来ないほど真似されたのなら、人とモンスターをどうやって判別する?」
その問いは誰に投げたものだろうか。
イルミーナは背中を向けたままだが、恐らく自分に向けて言ったのだろうとアロットは答える。
「モンスターの血は人と違って黒いだろ」
「あらあら、まずは流血させるの? アロッティは怖いね」
「俺には……その状況によるとしか言えないな」
「想像は出来ないよね。人そっくりのモンスターなんて」
イルミーナは笑みを浮かべる。
その横顔はこれまでのわざとらしい笑みではなく、どこか遠くを眺めているように見えた。
「仮に人のような姿をしていても、モンスターは本能的に人を襲う。意思疎通が出来るとは思えない」
「本能的に……か。その本能とは何だろうね」
「何だと言われてもな……」
モンスターは人を襲う。それは当たり前のことで、その理由なんて今更考える人間はいない。
だから『本能的に人を襲う』。そう教えられることが多い。
そんなことを深く気にしたことはなかった。いや、あったかもしれないが実際にモンスターと相対するとどうでもよくなる。
殺らなければ殺られる。
「人とモンスターの境界はなんだろうね」
イルミーナは不思議な言葉を言う。
境界──まるで、人とモンスターは一線を越えればどちらにもなりうる。そんな風な言い方だ。
アロットの脳裏に白き異形の影がちらついた。
前回の巡礼の騎士の面影があるような白き異形に、フェリシアの姿が重なるような錯覚を感じた。
「お前は、どこまで知っているんだ?」
思わず、イルミーナに向かって言葉が出た。
警戒心……否、まるで希望にすがるような問いだった。
きっとそんなことは起こりえない。
アロットは顔には出さずとも、そう言って欲しいかのような聞き方をしていた。
イルミーナは立ち上がると、横目でアロットのことを見た。
「さあて? 美女には謎が多いものだよ?」
イルミーナはわざとらしく笑ってみせる。
あからさまに話をはぐらかされた気がした。
「そんなことよりも、こんなところで立ち話してる場合じゃないよね?」
「……それもそうだ」
モンスターの出る危険な道で呑気に会話している場合じゃない。
「先生」
「わかってる。進もう」
「ほら、せんせー。はやく、せんせー」
「やめろ」
少し前を歩いていたフェリシアにも催促される。
イルミーナは既にケロッとした顔で背中を押してくる。
どうせ今イルミーナに何かを言われたところで納得出来ないだろう。
変なことを考え込んでしまったせいか頭が痛くなる。
吹き抜ける冷たい風が、今は少し不気味に感じた。




