第2話 魔術を使わぬ者
「昔の言葉ですか?」
フェリシアが疑問を口にするとイルミーナは椅子に座る。
テーブルを囲んで三人が向かいあって座る形になると、イルミーナは頬杖をついて笑みを浮かべた。
長い睫毛と蠱惑的なつり目からは、どこか儚さを感じられた。
「そう。それで? 君の名前は何かな?」
「フェリシアです。フェリシア・ブレイクハートと言います」
「そっか。じゃあ、フェリたんだね。よろしくね」
「フェリたん?」
「君のあだ名。そのまま呼ぶのも面白くないでしょ」
頬杖をつきながらイルミーナはフェリシアに顔を近づける。
可愛らしいというよりも美しいという言葉の似合うイルミーナの顔立ちは中性的にも見えて、傍から見ていてフェリシアを口説いているようにしか見えない。
透き通った碧眼に覗かれて、フェリシアも少し顔を赤くしていた。
「えっと……、あだ名を付けられたのは初めてです」
フェリシアが照れながらはにかむと、イルミーナもにこりと笑った。
人たらし。そんな言葉がアロットの頭の中に浮かんだ。
(あだ名と言う割には長さが変わっていないよな)
『フェリシア』と『フェリたん』では音の長さが変わっていない。
あだ名と言うのは呼びやすく名前を縮めるモノだと思っていたアロットだが、フェリシアが嬉しそうにしているため余計なことは言わないようにした。
「で、君の名前は?」
「アロット・クランツ」
「じゃあアロッティだ」
「……俺はあんたのことをなんて呼べばいい?」
「じゃあイルるんで」
「断る」
「あっはぁ、最初から受け入れるつもりなかった感じだね」
わざとらしい笑みを浮かべる。
掴みどころのない性格。これまでアロットが出会ってきた人達は、なんとなく初対面でもその性格を読み取れる人物が多かった。
ただ、このイルミーナに関しては全てを上っ面で話しているように感じていた。
「『光あれ』か。そんな言葉聞いたことないな」
「ホントだよ。誰も知らないけどね」
「適当言ってるだけじゃないのか?」
「自分が知らないからって『そんなものはない』と決めつけるのは良くないと思うよ」
「まあ、確かに……それはそうだ」
「あらあら? 意外と素直だね」
最もらしいことを言われてアロットも一度息を吐いた。
別にイルミーナが正しいことを言っている証拠はないのだが、実際この大陸の歴史に謎が多いのもまた事実だ。
何よりローインクレーでの白き異形の一件が、アロットにより強くそのことを認識させた。
「イルミーナさんは何故弓を使うんですか?」
「私は超のつく『自然派』だからね。魔術は使わないことにしてるんだ」
「自然派……ですか?」
ちらり。と、フェリシアがアロットの方を見た。
わからない言葉が出てきた時の『先生』を頼る目をしている。
「自然派っていうのは自分の魔力に頼らない奴らのことだ」
「自分の魔力。ですか?」
「魔力には、生命の体内に宿る『オド』と、自然界に存在する『マナ』の二種類があるって話なんだが……」
あまりここからの話は気乗りしない為、アロットは頭を掻いて苦笑した。
そんなアロットの様子を見てイルミーナが助け舟を出す。
「自然派って言うのはそのオドを使わずにマナで魔術を使う人達のことだよ」
「それって……何が違うんですか?」
「ふふ。何も違わないかもね」
「え?」
イルミーナが手のひらを返してくすりと笑うと、フェリシアは目を丸くした。
そこへアロットが溜め息を吐きながら説明を加える。
「結局、一部の人間が騒いでるだけなんだよ自然派ってのは……。フェリシア、グランクレイグの西風荒野は知っているな?」
「はい。塔の墓場ですよね?」
「そこが膨大な魔力……人の魔術の影響で汚染されてるからって話から、どんどん変な方向に話が脱線していったのが自然派だ」
「魔力汚染の原因はオドにあるってことですか?」
「知らん」
「え、えぇ?」
「あの塔の残骸はかなり昔の遺物だ。確かめようがないし、人が造ったにしてはデカすぎる。決めつけるには無理がある」
「いくら魔術でも限度があるってもんだよね。昔の魔術なら出来たのかもしれないけれど」
まるでその光景を見たことがあるように話しているが、西風荒野は魔導師以外立ち入り禁止だ。
引っかかるが、一先ず気にしないでおくことにする。
「それと、マナは精霊の力とも言われてたりするんだよね」
「せい……れい……?」
「目には見えないけれど、わたし達に力を貸してくれる存在だよ」
「それも自然派の考えか」
「いや、わたしが勝手に言ってるだけだよ」
「……自然派なんて奴に出会ったのはあんたが初めてだが、皆そんなに適当なのか?」
「ただの自然派じゃないよ。わたしは超自然派なんだ」
「なんだ超自然派って」
「マナだろうがオドだろうがどっちでもいい。そもそも魔力を使わずに生活する物好きなんだよね」
「ただの変人だろ」
魔力に頼らないということは魔術を使わずに生活するということだが、現代ではあり得ないことだ。
だからこそ、魔力を持たない者を巡礼の騎士として送り出している
そんな文化が根付いてしまっているのだ。
「…………」
アロットは少し考え込んだ。
もしそんな生活が出来るのなら。フェリシアもこの世界で生きて行くことが出来る。
この旅が終わった後に、魔術の使えなくても普通に生きられるのなら。
そんな生活があるのなら。
「あんたに頼みがある」
フェリシアの剣術は魔術にも劣らない。
この旅が終わっても、冒険者として生活できるかもしれない。
その為の勉強をこの異端者から少し学ぶのもいいかもしれない。
「なんだい? アロッティ」
「トルメリア街道を抜ける為に協力してくれないか?」
イルミーナは少し意外そうな顔をすると、すぐに微笑みを向けてくる。
「協力とは?」
「俺達だけだと飛行性のモンスターの対応が面倒なんだ。つまり、あんたには護衛を頼みたい」
「これはまた凄いこと言うね。弓矢なんか使う冒険者に依頼するなんて」
イルミーナの言わんとしていることはわかる。
弓矢など魔術の劣化だ。
矢を真っ直ぐ飛ばすことも至難の業。狙った所に飛ばせたとしても、モンスターが相手なら動き回って避けられるのも当然。
そもそも予備動作も大きいので、賢いモンスターならば簡単に避けてしまう。矢の数しか攻撃出来ず、常に矢を用意しなければならない。
それに比べて魔力が尽きぬ限り魔術は放つことが出来る。
臨機応変に柔軟に対応でき、かつ火や風などのモンスターの弱点を突くことも可能だ。
全ての人の見本となるように魔術の教育を受けた魔導師が、弓矢を使う冒険者に護衛を頼むなど恥でしかない。
一般的な感覚だとそうなるだろう。
「弓矢での戦い方も興味があるしな。そうだろフェリシア?」
「私ですか? 確かに気になりますし、イルミーナさんが居てくれると心強いと思います」
「別にわたしは構わないよ」
イルミーナは微笑みを浮かべフェリシアの方を見つめた。
「わたしは騎士様のファンだからね」
「あ、ありがとうございます」
「お姉さんって呼んでいいんだよ?」
「えっ、えっ」
「ふふ、可愛いね」
誂われて少し頬を赤らめるフェリシアの隣で、アロットは少し嫌な予感をしていた。
「…………マルタみたいにはならないよな?」
ローインクレーで騎士に憧れた魔導師がどんな目にあったかを思い出した。
どうかトルメリア街道では何も起こらないことを信じたい。
ふと、いつの間にか近くに座ってい三人組の冒険者が既にいなくなっていることに気づいた。
(あれ? 本当に大丈夫か?)
騎士、弓使い、拘束魔術しか取り柄のない魔導師。
この三人パーティーは冷静に考えると不安でしかない。
アロットは頭が痛くなってきた。




