第1話 旅の支度と新たな出会い
トルメリア街道。
山間部を抜けるこの道には数多くの危険が潜んでいる。
切り立った岩肌からの落石、不安定な足場による転落。
洞窟を根城に棲み着いたモンスターも居れば、巡回して襲い掛かる飛行性モンスターも多い。
「そのトルメリア街道をこれから歩いて行くんだが問題が一つある」
山の麓町ダアトの酒場でアロットとフェリシアは軽食を取っていた。
木の板を魔術で接合した大きな木造家屋にはいくつもの丸テーブルがあり、酒や食事で旅の疲れを癒やす者達で賑わっていた。
その殆どが冒険者かと思いきや、魔導師や研究者らしき人々も多い。
「問題ですか?」
「慣れてない山道を進むことになる。正直二人で進むのは危険だ」
「私じゃ頼りないですか」
「ああ」
「えっ……」
があん。と、フェリシアの中で何かが落ちる音が聞こえたような気がした。
アロットもフェリシアの実力を信じていないわけではない。
この先のトルメリア街道に出るモンスターが厄介なのだ。
「この先はハーピィなんかの空を飛ぶモンスターが多い。フェリシアの剣はそもそも届かないし、俺
は攻撃魔術が使えない」
「う、それは……確かに厳しいかもしれませんね」
理由を聞くとフェリシアも苦笑しながら納得する。
別に全く対応出来ないわけではない。
アロットの魔術の範囲に入れば拘束魔術で落とすことは簡単だ。
その間合いを避けられた場合はどうにもならないのが問題だ。
魔導師なのに攻撃魔術の才能が全くないアロットにも問題はあるのだが……。
「魔導師さんか冒険者さんにお願いするんですか?」
「そうだな。なるべく腕の立つ奴がいいんだが」
空を飛ぶモンスター、特にハーピィなんかは素早い動きで翻弄してくる。
素早く、正確に魔術を発動して空を飛ぶモンスターを仕留められる腕の立つ者が居てくれると助かる。
アロットは頬杖をついて他のテーブルに座っている冒険者達に目を配る。
(攻撃魔術に自信のある冒険者って言ってもな)
魔術というのは多種多様だ。パッと見てどういう魔術が得意なのか想像もつかない。
魔導師ならば攻撃魔術は最低限習得しているが、アロット自身が例外なのが頭を悩ませる。
周囲の人間の顔を見てもいまいちピンと来る者はいない。
と、そこで酒場の扉を開いて三人組が店の中に入ってきた。
ぎしりぎしりと、木の床を鳴らしながら歩く大柄の男が先頭を歩く。
カツカツと、靴を鳴らしながら歩く中肉中背の男がその後ろを歩く。
最後尾には子供のような背格好に口布を被った女が一人ついて歩いていた。
三人はテーブルの一つに目をつけて席についた。
「ローインクレーの規制が解除されたって」
「そうか、魔導師連中がぎゃあぎゃあ喚いてたわりには、結局対したことはないモンスターだったってわけだ」
「なら帰るべ。ヴェルナトに行ったって遺跡探索なぞワイらのガラじゃねして」
ヴェルナト──アロット達が向かっている遺跡街の名前だ。
どうやら男達はローインクレーからヴェルナトに向かうところだったようだ。
アロット達よりも先にこの町に来ていた冒険者達だろう。
少し盗み聞きしようとアロットはフェリシアに自分の分の食事を渡した。
フェリシアは一瞬疑問に思ったが、アロットがジェスチャーを送ると少し笑みを浮かべて半分になった羽獣のステーキを自分の近くに運んだ。
これでフェリシアの相手をせずに三人組の会話に集中できる。
横目で眺めていると、男の一人がテーブルの上に布袋を置いた。
「とりあえずここらへんでもこんだけ採れたんだ。あとはローインクレーで売りゃ結構な額になんだろ」
男は袋の中から一つ一つ戦利品を取り出していく。
モンスターの羽や牙、透き通った鉱石の数々、薬の原材料と思しき赤い葉……。
モンスターの素材はともかくとして、他はある程度の知識が無ければ集めようとも思わない代物が多い。
(腕の立つ冒険者……か)
周りの冒険者たちと雰囲気が違う気がして聞き耳を立てていたが、その予想通りだった。
三人組の冒険者たちは誰一人剣を持っていない。
それだけで魔術に関しても自信があるのが伺えるし、ローインクレーに帰る辺り臨機応変に状況に適応してるように見える。
ただものではない雰囲気のある三人組。案内役を頼むのも悪くないような気もした。
(けど、流石に五人は多いか)
トルメリア街道が出来たばかりの山道であることを考慮すると少人数で連携を取りやすい方が好ましい。
三人、あるいは四人が限度だとアロットは考える。
そもそも、あの三人組はローインクレーに帰るという話なのだから引き受けてはくれないだろう。
他に誰か居ないかと探そうとした時、再び酒場の扉が開かれた。
ほんの一瞬だけ、酒場のざわめきが止まった。
酒場に入って来たのは一人の女性だった。
スラリと伸びた足、絹のように滑らかな肌、柔らかな淡い色をした長い金髪に、宝石の如く透き通った碧眼。
おそらくは誰もがその容姿に目を奪われ、喋ることを忘れてしまったのだろう。
すっかり話題が目の前の美女に切り替わっている話し声がところどころから聞こえる。
「綺麗な人ですね」
フェリシアもその美貌に魅入られてしまったのか、食事の手が止まっていた。
アロットも目を奪われてしまったが、それ以上に気になったのは彼女の背中にあるものだ。
矢筒と弓矢。誰も使うことのない論外の得物。
その装備と特徴的な尖った耳を見てアロットは思い出した。
「……変な奴」
ガレルから聞いた弓を使う冒険者の話。
まさかこんなすぐに見つけられるとは思っていなかった。
と、その女と目が合った。
「あら?」
迷うことなく、女は真っ直ぐにこちらに歩いてくる。
足音も立てずにすらすらと歩いてくる女性はまるで妖精のような異質感があり、アロットは少し警戒してしまう。
「何か用か?」
「いいえ? 騎士を見るのは何年振りかと思ってね」
フェリシアを横目に見ながら女性はアロットに言う。
なぜ騎士だとわかったのか。
傍らに剣は置いてあるが、それだけで騎士だとわかるものか。前回の巡礼の騎士は十七年前に一度だけ、騎士の正装を見たことがある人は少ない筈だ
騎士の服を分かってる者を、アロットはグランクレイグの外では今のところ見たことがない。
「そんなに怖い目をしないで。それとも一種の照れ隠しなのかな?」
「なんだと?」
「美女を前に緊張しちゃった?」
女は困ったように眉を曲げてはに噛んで笑う。
そもそも急に話しかけてきたのが怪しかった。
なんだコイツ。と、アロットは様子を伺っていると、フェリシアが会話に割って入る。
「お姉さん。私が騎士ってわかるんですか?」
「ええ、騎士って顔してるもん」
「そうなんですか?」
フェリシアも女の言葉に疑問符を浮かべて首を傾げた。
そもそも、フェリシアの容姿は前回の騎士と全然違うという話がある。
何かしらで騎士と確信しているのだろうが、その何かをはぐらかしている気がしてならない。
「あんた何者だ?」
「んー……? エルフって言ってもわかんないでしょうけど」
「名のある冒険者なのか? 悪いが聞いたことがない」
「あら、残念」
残念。そう言いながらも楽しそうに笑みを浮かべる。
エルフという名前なのかと思ったらそれも違うらしい反応。
「私の名前はイルミーナ。昔の言葉で『光あれ』という意味だよ」
何故か楽しそうに彼女はそう名乗った。




