エピローグ
通信魔術とは離れた位置にいる人同士で会話が出来る都合の良い魔術である。
しかし、現代の通信魔術は様々な制約が掛かった上で極少数の魔術士しか使えず、その極少数の魔術士同士でしか通信することが出来ないものである。
「我輩から白き異形についての話は以上だ」
バルファローネは机の上で頬杖をつきながら、人差し指を耳に当てて虚空へと話しかけていた。
通信魔術の相手は魔導師団の総師団長ユリウス・アルヴェインである。
魔術称号の実質的な最高位である銀聖将のユリウスと、その一つ下の階級である蒼師位のバルファローネ。
二人の超常の魔術技能により、ローインクレーとグランクレイグという異常な距離での通信を可能にしていた。
そんなバルファローネの部屋の片隅でメイドであるシルリアは目を細めていた。
(理解できませんね)
シルリアも同じく通信魔術を使える。
一等魔導師のアルテと通信可能であり、彼女からの定期報告をバルファローネの代わりに受け取っているが、通信出来る範囲はお互いにローインクレーの中に限定される。
アルテが街の外までいく場合、この部屋で受け取ることが出来なくなる。
そして、通信が出来るのはお互いに通信魔術を発動して繋げる必要がある。
そんな手間も掛からず通信をしているバルファローネとユリウスの魔術の才能というのは、シルリアには到底理解できるものではなかった。
「全く、あいつらはどうなっている」
シルリアにはバルファローネの声しか聞こえず、何を話しているのかはわからない。
むしろ自分がただのメイド(美少女であることを自覚している)に過ぎないの弁えている。
なんなら部屋から出たほうがいいかと思ったが、神経を使う通信魔術中に話しかけることを躊躇って、シルリアはただ黙って部屋の隅で待機していた。
《あいつら、というのは誰のことかな?》
「アロット・クランツとフェリシア・ブレイクハートのことだ」
《はっはっは。頼もしいだろう?》
「ふざけているのか貴様……」
《僕には貴方が何をそんなに怒っているのかわからないよ。あの子たちは騎士にふさわしい活躍をしたのでしょう?》
誂うような言葉にバルファローネの眉間に青筋が浮かび上がる。
ユリウス・アルヴェインという男は、その容姿と性格と魔術使いとしての実力から多くの人々から支持を得ている。
この男が子供の頃から生意気なところを知っているバルファローネには、それが理解できなかった。
「身体強化の魔術を使うのではなく、自らに拘束魔術を掛け常日頃から肉体を強化している。貴様に言われた時は気でも狂っているかと思ったが」
《実際にご覧になった感想は?》
「論外だ! あんな奴を魔導師と呼べるか!」
《あなたならそう言うと思ってたよ》
だん。と、軽く机に拳を叩きつける音が部屋に響いた。
どこか楽しそうに話すユリウスの声はシルリアには聞こえていない。
それでも彼らのやり取りは今回だけのことではないので、またいいように弄ばれてるのだろうと勝手に思っている。
バルファローネは一つ息を吐いて冷静になる。
《何がそんなに気に入らないんだい? 件のモンスターを討伐し、街に平和をもたらした彼らが》
「身体強化の魔術を使って戦うのはまだいい。それは魔術を使った戦い方ではあるからな。だが、アロットとフェリシアは戦闘時に拘束魔術を解いて負荷を開放し、それによって身体能力を向上させているものだという。つまり魔術を使わない、魔導師として異端の戦い方だ」
《魔導師であるならば人々の見本となる魔術の使い方をするべきだ。そう言いたいんだね》
「そういうことだ」
《けれどですね? 今回はアロットも魔術を使ったのでしょう? ならば問題はないと僕は思うよ》
「それはそうだが。くそっ、あの小僧は何故あんな魔術の使い方をしている。あれだけの拘束魔術を自分で編み出せるならもっと別の魔術への才能が…………」
ぶつぶつと何か不満を零すと、ユリウスは困ったように鼻で笑った。
バルファローネも別に怒っているわけではない。
ただ魔術使いとしての矜持として、魔術社会を維持する魔導師団の人間として、魔術が廃れていく可能性を無視したくはなかった。
魔術を使わない騎士の活躍は、何か重要な理を壊してしまうのではないかと危惧していた。
《そんなに怖いですか。魔力を持たない生命が生まれたことが》
真面目なトーンでユリウスが問う。
生命──その一言にはフェリシアと白き異形の両方の存在を示していた。
だからこそ、一つ、二つ……と、静寂が挟んだ後でバルファローネは口を開いた。
「何か意味があるように思え仕方がないのだよ。魔力を持たない者たちが生まれる意味が」
《意味、ですか》
「…………逆に考えてみろユリウス」
《逆?》
「──何故我々は魔力を持っている?」
空に暗雲が差し込み、窓の外からの光ではなく影が差した。
部屋の中の空気が冷たくなるのをシルリアは感じると同時に、バルファローネが何を言っているのか理解できなかった。
それは当たり前のことだから。
《なにを、強いて言うならそう生まれたからでしょう?》
目で見るように、手で掴むように、足で歩くように。
魔力で魔術を使うから魔力がある当たり前のこと。
まるでバルファローネは魔力のない人間の方が正しいかのような例え話をした。
それが魔術社会を重んじるバルファローネの口から出たことで、ユリウスも茶化すようなことは出来なかった。
「このまま魔力を持たない人間が増えた場合…………間違いなく、争いが起こる」
《…………》
「魔力を捨てたフェリシアの実力、魔力のない白の異形の魔力耐性。それらが脅威にならないとでも貴様は思っているのか?」
沈黙。
ユリウスもフェリシアの実力は知っている。
そして、白き異形の異質な魔力耐性……。
《共存の道はないと?》
「貴様は魔術のない生活が考えられるのか? 耐えられるのか? 人々は魔力を持たない者たちを淘汰する。そうなれば魔力を持たない者たちが我々に牙を剥く」
杞憂にしか過ぎない話かもしれない。
だが、バルファローネの家は代々、騎士の魔力が少なくなっていくのを記録していた。
これが何かを意味するとしか思えずにいた。
「その果てで……貴様はどちらを生かす。魔導師団総師団長であるユリウス・アルヴェインよ」
まだ途方もない話かもしれないが、その予兆が迫っているような感覚にバルファローネは穏やかにはいられなかった。
《そうならないようにするのが僕の役目ですよ》
「ふん、まあそうだな」
魔術によって治安を守る魔導師団。
その総師団長であるユリウスにはそう答えるしか出来ない。
「魔力のない者が生まれたのには何か……意思を感じるとは思わないか」
《……あるとすれば、それは騎士を任命した者の意志だと思うよ》
「魔王……か」
灰色の空からいつの間にか雨が降っていた。
「奴は一体何者だ?」
全ての魔術を知る者『魔王』。
その姿を見た者は一部の人間だけだ。彼が知る魔術には禁忌として指定された魔術も存在する。
故に、普通の人間では魔王に近付くことも出来ないとされている。
「……雨が降ってきたな」
激しく降る雨音が、まるで何かを隠そうとしているかのように耳障りだった。




