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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
第1章 中央交易都市ローインクレー
24/58

第21話 巡礼の旅

 二人は宿屋で休息をとって、日付を跨いでからゆっくりと街の中を見て回ることにした。

 翌日、街の様子はやはり普段と変わらないように見える。


 白き異形についての話は出回ってはいるのだろうが、それでも目に見えた実害がなければ他人事でしかない。

 比較的早い段階で対処してしまったものだから、騎士の活躍は思ったよりも広まってはいない様子だった。


「平和だな」

「そうですね」


 アロットは皮肉めいて言うが、フェリシアは嬉しそうに笑顔を見せた。

 騎士の活躍はどこまで伝わるのだろうか。白き異形について魔導師はどこまで人々に教えるのだろうか。

 多くの人々は何も知らないまま、この平和を過ごしていくのだろう。


「あ、マルタさん!」


 フェリシアが人混みの向こうにいたマルタを見つけ手を上げた。

 気づいたマルタが歩いて近づいてくる。

 左腕は元通りくっついている。平気そうに歩いているのを見ると特に後遺症もないようで、バルファローネの治癒魔術のレベルの高さを改めて実感する。


「フェリシア様。あ、アロット」

「腕は大丈夫そう──」


 と、アロットが声を掛けた瞬間にマルタが飛びついてきた。


「……は?」

「え、ええ!?」


 突然のことにアロットは呆然とし、フェリシアはその横で驚いて声を上げる。


「何してんだ?」

「……ありがとう」

「は?」

「助けてくれて……ありがとう……」


 胸元で涙を流しながら、マルタぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

 アロットは思わず『汚ぇ』と声を漏らしそうになったのを堪えた。


「本当に、死んじゃうと思ったから……」

「……そうか」


 一先ず涙と鼻水を付けられる前にアロットはマルタの肩を掴んで押し返した。

 

(こいついくつだよ)


 恐らくそれ程歳は離れていないはずだ。

 魔導師であるならば学院は卒業し、最低でも十八歳以上は確定している。

 まるで子供のように涙を流しているマルタにアロットは呆れてしまう。

 死を錯覚したのだから無理もないかもしれない。しかし、これが人々を守る魔導師の姿なのか。と、疑ってしまう。


「礼ならフェリシアに言ってくれ」

「へっ!? あっ! わ、私は昨日充分お礼を言われましたから大丈夫ですよ!」


 丁寧に頭を下げるマルタの姿に、フェリシアは狼狽える。

 フェリシアが少しぼーっとしていたように見えて、まだ疲れているのではないかとアロットは少し心配になる。


「それで、バルファローネ副師団長は何か言ってたか?」

「す、凄く怒られた……」

「だろうな。他所の魔導師が勝手に介入して死にかけたんだ」

「で、でもっ! マルタさんのお陰で私達は勝てましたよねっ!」

「それはそれとして、だ」


 バルファローネに叱られたことを思い出したのか、マルタの顔が青ざめていく。

 フェリシアはフォローするが、やはりローインクレーで起きたことはローインクレーの魔導師が対応するのが筋というものだ。


 そんな話をしていると、またもや見知った顔が近づいてくるのが見えた。

 ギラギラとした金髪を靡かせた男の魔導師──間違いなくリゲル・クオンザイトだ。


「ちっ、面倒くさいことになりそうだな」


 リゲルは白き異形に一度敗れリベンジを図っていたが、上官の命令に従って待機していた。

 そのリゲルを差し置いて、マルタは勝手に白き異形の討伐に参加した余所者だ。

 間違いなく、このまま鉢合わせるのは良くない。


「あんたは一度ラディアメルクに帰るんだな」

「うん、そうする。……本当に、助けてくれてありがとう」

「騎士の役目だ。だろ?」

「はい、助けるのは当然のことですから」


 アロットが問うとフェリシアは胸に手を当てて高らかに宣言した。

 天才としてのプライドはもう折れてしまったかもしれないが、騎士を尊敬し騎士をモチーフにした魔術を編み出したような魔導師だ。


 ならば、そんな彼女にもフェリシア・ブレイクハートという騎士を忘れないようにしてもらわないといけない。

 マルタは何度も頭を下げて立ち去っていった。


「おい、騎士サマ」


 入れ替わるようにリゲルが顔を出してきた。

 態度は威圧的ではあるものの、初めて会った時よりかは落ち着いた様子に見える。

 リゲルはふと遠くに歩いていったマルタの後ろ姿を見つけた。


「リゲルさん?」

「…………まさか、あの女は」

「何の用だ?」


 面倒になる前にアロットはリゲルに問う。 

 リゲルは舌打ちをして二人に向き直った。 


「あの白いのを倒したんだってな」

「意外だな。信じるのか」

「嘘じゃねぇことはお前らの顔見ればわかんだろ」


 リゲルの性格ならいちゃもんを付けてくると一瞬身構えたが、意外にもすんなりと受け入れていた。


「騎士サマの方はやりとげたって顔してやがる。腹が立つ」

「はあ? かわいい顔してんだろ」

「え!?」


 リゲル相手だとアロットもなぜか張り合いたくなってしまい、普段なら言わないようなことを言ってしまっている。

 隣で聞いていたフェリシアの頬が僅かに赤みを帯びるが、アロットは何も考えていない。


「まあ、魔導師として礼は言っておく。ありがとよ騎士様」


 面と向かって言うリゲルの顔は魔導師としての立場からの心からの言葉なんだろう。

 昨日のガレルはあまり言いなれていない感じだが、リゲルの方はガラは悪いが『秩序』を重んじる魔導師として筋を通しているように見えた。

 しかし、フェリシアはそれどころではなかった。


「……え、えぇと……何でしょうか?」

「てめぇ!」

「す、すみません! 聞いてませんでした!」

「流石にフェリシアが悪い」

「アロット君が一番悪いんですからね!?」

「なんでだよ」


 顔を真っ赤にして怒るフェリシアだが、アロットはなんでそんなに怒っているのかわかっていなかった。

 リゲルは舌打ちをして乱暴に頭を掻いている。


「二度は言わねぇ」

「は、はい……」

「あと、二度と言わねぇよ」

「……はい?」

「認めてやるよ。騎士の力ってやつを」


 リゲルはまっすぐにフェリシアの瞳を見つめた。


「改めて名前を聞かせてくれ」


 リゲルの真面目な顔を見て、フェリシアも姿勢を正す。

 まっすぐに見つめ返して、力強く答えた。


「フェリシア・ブレイクハートです」

「ふん、無能と言って悪かったな」

「いえ、気にしてませんから」


 その言葉にリゲルは小さく笑った。

 アロットは心の中で『こいつこんな性格だったか?』と思いながら二人のやり取りを目を細めて見ていると、矛先がアロットに向いた。


「で、お前は?」

「俺も名乗るのか」

「なんで嫌そうなんだよ」

「いや、アロット・クランツだ」

「フェリシアにアロットだな」


 リゲルはそう言って踵を返して背を向けた。


「お前らは死ぬんじゃねーぞ」


 最後に一言だけそう言うと、リゲルは人混みの中に消えていった。

 激励の言葉ではあるものの、その言葉にアロットは思い出してしまう。

 今まで巡礼の旅から生きて帰ってきた騎士はいない。という現実を……。

 フェリシアの方はぽかんとした表情でリゲルの背中を見送っていた。


「認められたな」

「そう、なんでしょうか?」


 今回の白き異形の件がどこまで広まるかわからない。

 フェリシアの活躍もどこまで語られるかわからない。

 それでも、見てくれている人はいる。

 きっとこの旅は無意味なものではない。

 アロットはそう思うと少しだけ肩が軽くなる気がした。


「はー……。とりあえず街の中を見て回るか」

「そうですね! 私行ってみたいところがいっぱいあります!」


 先ほどまでの凛々しい顔はどこに行ったのか。

 ようやくゆっくりと観光出来ることにフェリシアは興奮した様子だった。

 歳相応の子供らしい反応にアロットも小さく笑った。


「はしゃぎすぎるなよ」

「こ、子供扱いしないでください!」

「そうか? 手は繋がなくていいのか?」


 少し揶揄うように言ってみるとフェリシアが一瞬黙り込む。

 咄嗟に調子に乗りすぎたと思ってアロットは後悔した。

──目の前に差し出された小さな手のひらを見るまでは。


「…………ん」


 フェリシアが言葉にならない催促をしてくると、アロットも反射的に手を握った。


「子供扱いはしてほしくないんじゃないのか」

「レディですから。エスコートしてくださいよ」

「そうきたか」


 一本取られたとアロットが乾いた笑いを浮かべた。

 仕方ないので小さな手を握りしめる。


 刹那──崩壊する白き異形の肉体を思い出した。

 

 もし、あれが騎士の成れの果てだというのなら。

 もし、この少女があんな風になってしまうのなら。


『人がモンスターになる事例はありますか?』


 バルファローネにそんな質問をしようとした自分はどうかしていた。

 もし、そんなことが過去にもあったとしたら、それを知ってどうしていたのか。


「ア、アロット君……」


 無意識のうちに小さな手を強く握りしめていた。


「悪い、痛かったか?」

「いえ、むしろ……」


 フェリシアは逡巡すると、アロットの顔を見上げた。


「なんでもないです」


 困ったように眉を曲げながら、フェリシアは楽しそうに笑った。

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