第20話 余韻
フェリシアと合流して屋敷の外に出る。
外は雲一つない晴天が広がっており、街の様子はいつもと変わらないように見える。
相変わらず行き交う人々で溢れているローインクレーの街の景色。
そんな平和を実感すると、アロットの身体にどっと疲労感が出てきた。
「怪我の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。疲れてはいるけどな」
心配そうな顔で見上げてくるフェリシアに正直な気持ちを吐き出すと、眉を曲げて困ったように笑った。
「確かに疲れましたね」
「今日はもう宿で休むか」
「そうですね。まだ早いですうちに寝るのもいいかもしれません」
不思議と上機嫌に見えるフェリシアの顔を見て、何かあったのかと気になった。
その前に、アロットは思い出したかのように「そういえば」と呟いた。
「マルタの様子はどうだった?」
バルファローネと話している間にフェリシアはマルタと話をしていた。
マルタの様子も気になってアロットも会いに行こうと思ったが、まずはバルファローネに腕を治して貰うのが先だと思って後回しにした。
「すごく落ち込んでいました。でも、話しいくうちに少しずつ元気になってくれました」
「そうか」
白き異形にやられた時の精神状態を考えると、マルタが立ち直るには時間がかかりそうだ。
とはいえ、気にしていても仕方ない。
あとは本人が自分自身で乗り越えるしかないのだから。
「それとマルタさんは騎士のことを尊敬してる話もしてくれました」
「尊敬?」
「はい。あの光の剣はマルタさんが騎士をモチーフにして編み出した魔術だそうです」
「あれだけの魔術を自分で編み出したなら、確かに紅赫伯という称号が与えられてもおかしくないだろうな」
「やっぱりすごいことなんですね」
フェリシアはまるで自分のことのようにうれしそうにしている。
光の剣を飛ばす魔術……似たような魔術はあるものの、あれだけ自由自在に飛び回るような魔術は見たことがない。
それをあれだけの精度と出力を出せるのならば、マルタの魔術の実力はやはり相当なものだ。
「マルタさんからすごく感謝されました。でも、私が戦っているところは見れなかったのが悔しいって」
「それは仕方ないな」
白き異形にやられてからずっと気を失っていたのだから仕方がない。
今思えば、確かにマルタはフェリシアのことを『フェリシア様』と呼んでいた。
魔導師にしては珍しく、騎士のことを純粋に尊敬していたのがわかる。
(あの性格だ。騎士のことを目の敵にはしていないんだろうな)
人前で自らを天才と称するよう魔導師。
魔導師であることには変わらないが、ラディアメルクの魔導師が『自由』を風土としている部分が大きいだろう。
ローインクレーのような『秩序』だったり、グランクレイグのような『威厳』を重んじているわけでもない。
「まあ元気そうならいいか」
「マルタさんの腕は大丈夫なんでしょうか」
「バルファローネ副師団長が治せるって言ってたから大丈夫だろ」
と、二人で話し込んでいるところに遠くから大柄な男が歩いてきた。
まだ会ってそれほど経っていないというのに、アロットはすぐにガレルだとわかった。
「お話は終わったのかよ」
「ああ、何しに来たんだガレル」
にやりとガレルが笑う。
その不敵な笑みにデジャヴを感じたアロットは、思わず────右の拳を放った。
「あぶねぇな!?」
アロットの拳をガレルは後ろに跳んで避ける。
「アロット君!? 何してるんですか!」
「また黙って殴られたらむかつくからな」
「ま、まてよアロット! あれは冒険者流の挨拶だったろ?」
ガレルにはやり合う気はないようで、アロットも拳を収めた。
「ったく、ようやくあの時のテメェらの言ってたことがわかったぜ」
「何の話だ?」
「『緩めた』って言ってただろうが、あん時は手を抜いたんじゃなくて、テメェに掛けてた拘束を緩めたって話だろ?」
「そうだ」
「全く、イカレてるぜお前ら」
ガレルは引き攣った笑みを浮かべ二人を見た。
「それで、冒険者の方はどうなってる?」
「白いモンスターがいなくなったんでな。すぐに狩りを再開──したいところだが、まあ魔導師が制限を解くのを待つ」
「魔導師の言うことは聞かないんじゃなかったのか」
「今回は魔導師と騎士様に助けられたからな。わきまえるさ」
ガレルは肩をすくめて両手の掌を返した。
ただの乱暴な人間ではないことを、アロットはそこでようやく理解した。
「白き異形については冒険者達に説明したか?」
「何も。とりあえず規制がなくなることしか考えてねぇよ」
「あんたは素材がどうとか騒いでたのにか?」
「素材を直接取引してたような賢い冒険者は東に向かったんだよ。ここに残ってるのはその日出来た傷の話を肴に安い酒を飲む馬鹿野郎だけだ」
馬鹿にしているような口調だが、ガレルは楽しそうに語っていた。
「薬草と毒草を見分けられる奴だってロクにいねぇって言っただろ。今は素材を気にする奴はオレくらいだろうな」
「そうか」
「オレの口からは話さないでおいてやるよ。つーかよくわかんねぇからな」
「ああ、そうしてくれ」
白き異形の存在は知れ渡っているが、白き異形が魔力に耐性を持つことはまだ知られていない。
そもそもまだアロットの仮説にすぎない話だ。
だが、事実として紅赫伯の魔術に耐えられるモンスターというだけでも未曾有の脅威とも言える。
魔術で対応できないモンスター。その存在は魔導師の立場を危うくするだろう。
それは最悪──魔術社会の秩序の崩壊を招く可能性もゼロではない。杞憂かもしれないが、アロットは胸の奥がざわつく感覚があった。
「それで? 騎士サマは次はどこに向かうんだ?」
「東に。その最近できた街ってところだな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、悪い。フェリシアが行きたいところがあるなら優先する」
「いえ、私はこの大陸のことをよく知らないですし、アロット君に任せますけど……」
フェリシアが何か言いたそうにしているのをアロットは察した。
「あー……別にすぐに出発するわけじゃない。もう少しローインクレーでゆっくりするさ」
「本当ですか?」
フェリシアの顔がパァと明るくなる。
ローインクレーに着いてからフェリシアはずっと街の中を気にしていた。
なんだかんだゆっくり回る機会もなかった。
アロットもようやくフェリシアに気を使えるようになってきていた。
「なんだ、テメェらも行くのか」
「そうだな。歴史の勉強だな」
「歴史ぃ? 勉強ぅ?」
ガレルは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
自分が行くわけでもないというのに。
そこでガレルは何かを思い出したようだった。
「歴史ねぇ……、それなら物知りな冒険者が一人いるんだが」
「物知りな冒険者?」
「ああ、不思議な女だ。オレもモンスターの特徴なんかをその冒険者から教わったことがある」
「研究者みたいな奴か」
「どうだかな。何よりそいつは弓を使ってモンスターと戦う変人だ」
「弓だと?」
アロットが眉を曲げると、フェリシアも少し驚いた。
「弓って……使ってる人を見たことがないですけど」
「そうだな。魔術で事足りるから人間なら使うことはない」
弓を使って矢を飛ばすなど非効率だ。
矢は魔術で創れるが、魔術で創ったものを弓で飛ばす意味が分からない。
それならマルタの光の剣のようなそのまま射出する魔術を使えばいい。
「とにかく変わった奴だ。顔はいいがな、耳も尖っててまあ変な奴だ」
「あんたがそこまで言うなら相当な変人なんだろうな」
そこまで言われるとロクな人間ではなさそうに思えてきて、どちらかと言うと会いたくない気持ちのほうが強くなった。
「さて、オレはもう帰るとするか」
「あんたは本当に何しに来たんだ?」
結局、ガレルがわざわざここまで来た理由がわからなくてアロットは率直に聞いた。
律儀に冒険者達の様子を伝えに来たわけではないだろうが、ガレルは舌打ちをして背中を見せた。
なんだこいつ。と、アロットが背中を見送ろうとした時だった。
「ありがとうな」
小さくガレルがそう言ったのが聞こえた。
粗暴な性格ではあるが、冒険者達のリーダー格と言われている理由が分かる気がした。




