第18話 銀の閃撃
剣を抜いたフェリシアはいつも冷たい蒼い瞳をしていた。
剣を抜くと人格が変わる。そう思っていた。
だが、今のフェリシアの瞳には強い力が宿っているように見える。
強敵を前にしているのだからおかしいことではないはずなのに、アロットには違和感しかなかった。
(そんなことは今はどうでもいい)
先程の自分の失態を戒めるように、アロットは気を引き締め直す。
白き異形は魔術、あるいは魔力に耐性を持っている。
その仮説が合っていたとしても、全く効かないわけではない。
マルタの魔術により翼は落ち、アロットの拘束魔術も確かに手応えはある。
そして、フェリシアの剣でも傷をつけることが可能だった。
フェリシアは魔力がないが、フェリシアの剣は魔力で創ったものだ。
ユリウスの造った剣は白き異形に確実にダメージを与えられている。
全く効かないわけではない。勝機はある。
「アロット君。私が注意を引きつけるので腕を治してください」
フェリシアが白き異形を睨みながら言う。
アロットの両腕は白き異形の猛攻を受け流し続けた結果、服と皮が削ぎ落とされ肉が剥き出しになっていた。
赤く染まった腕をチラリと見て、アロットは判断する。
「必要ない」
「なっ!? 何を言ってるんですか!」
「お前は俺のことをナメ過ぎだ」
「ナメてなんかないですよ!」
声を荒げるフェリシアを見て、やはり今までの抜刀状態とは違うことを確信する。
それでも、先程アロットを助けた剣捌きは本物だったことを考慮して、戦闘に支障はないとする。
「あの『白いの』を斬ることだけを考えるんだ」
治癒などしている暇はない。
白き異形を今ここで仕留めるこのチャンスを逃すわけにはいかない。
俊敏さを考えると森の中を逃げ回られたら追いつけない。
今しかない。
その意図がフェリシアにも伝わったのか、構えた剣の先に白き異形を見据えた。
「……はい!」
アロットを信じたフェリシアは呼吸を整える。
一つ、二つ……と、息を吐いたところで────フェリシアは駆け出した。
土塊が跳ね上げ、フェリシアが突進する。
白き異形が迎撃態勢に入る。
そこから繰り出されるのはヤケクソとも取れる斬撃だった。
尾を振り回し、大剣を右へ左へと連続で振り回す。
近づけないように必死に振るう大剣をフェリシアが受け流しながら距離を詰めていく。
フェリシアを信じたアロットは後方から支援する為、両腕を交差させて突き出した。
「""罪を罪とし 導師の名の元に拘束せよ────""!」
詠唱、唱えるは魔導師団に入る魔導師見習いが最初に覚える拘束魔術。
「""縛塞""!」
白き異形の身体に魔術の鎖が巻き付く。
アロットは普段使わない拘束魔術ではあるが、得意な魔術ではあった。
短めの詠唱、短めの名唱。
魔導師団で先手を取って相手を拘束する使うことが目的とされる魔術。
詠唱破棄が当たり前の基礎的な魔術だが、詠唱を込めることで少しでも魔術の威力を上げる。
それでも白き異形は鎖を振り抜き後方へ跳躍。
フェリシアとの距離を取る。だが、今までのように攻撃をする余裕のない回避行動。
更にアロットも前に詰めながら追加で詠唱する。
「""括り縫われし凶装 導師の名の元に剥奪せよ────""!」
白き異形が着地と同時に大剣を振るう。
「""虚烙""!」
魔導師団の魔術を追加で放つ。
三本の光の杭が白の異形の身体を貫き、光の六花に白の異形が囚われる。
魔術は身体を貫くもののダメージを与えるものではない。
光の杭に貫かれた者の力を奪う弱体化魔術。
「はあああああ!!」
軽くなった大剣の一撃を受け止め、刀身を滑らせる。
間合いの内側に潜り込んだフェリシアはそのままの勢いで剣を振り抜き。
白き異形の大剣の付け根の部分を斬り落とした。
白き異形が悲鳴を上げる。
アロットは追撃の手を休めず、更に詠唱を紡ぐ。
「""腐り落ちる七つ目の瞳 這い進む四つ足の蟒蛇""
「""賢者不望 白紙の空を描く者に我が名を持って与える───""」
アロットが使う拘束魔術の詠唱。
魔導師団の拘束魔術をベースにアロットが改変した独自の拘束魔術。
「""懺陥虚賜・クサリバネ""」
白き異形の体表に黒紫の光の線が走る。
回路のように枝分かれして進み全身を蝕ばむ。
アロットが普段からフェリシアと自身に掛けている拘束魔術。
普段は詠唱を破棄して簡略化された状態で使用している為、不可視の拘束となるが完全詠唱によりその姿を現す。
あくまで拘束を目的としているので攻撃能力はない。たが、並みの人間ならば呼吸が出来なくなるほどの抑制圧力を持っている。
耐えきれず、地に伏せる。
魔力への抵抗はアロットには伝わってくるが、先ほどまでと比べると弱弱しくなっている。
大剣を切り落とされて戦意を喪失したのか、白き異形はまるで首を差し出すように地に伏せ…………抵抗をやめた。
「……これで、終わらせます」
銀の閃撃。
振り下ろした刃が白き異形の頭部を切り落とす。
アロットの拘束魔術の感覚がなくなり、対象がこと切れたのが伝わってくる。
最後は声もなく、静かに……フェリシアの剣を受け入れていたように見えた。
「…………フェリシア?」
使命を果たした騎士に歩み寄る。
青い瞳から一粒。涙が零れ落ちたのが見えた。
自分でも気づいていないのか、フェリシアはアロットの顔を見るとすぐに目を丸くした。
アロットの額の傷は既に塞いであり、血は流れていないものの、流れた赤い跡が生々しく残っていた。
「あ、アロット君!? 額から血が!」
「これはもう治ってる」
「じゃあ腕も早く治してください!」
「それは今やってる」
「ガレルさんは! マルタさんは!?」
「マルタは片腕が取れたが多分大丈夫だ。ガレルは──あいつは、ここに置いて帰るぞ」
「なんでですか!?」
慌てふためくフェリシアだが、ケガをしているのはフェリシアも同じだ。
「もう少し自分の心配をしろ」
「わ、私は大丈夫ですから」
「本当か?」
確かに話をしている感じだとフェリシアはいつも通りに見える。
それでもアロットの頭の中には言語化できない不安が残っていた。
とはいえ、ここで考え込んでいる場合ではない。
やることはやった。あとは森を出てローインクレーに帰るだけだ。
「マジでやっちまうとはな……」
近づいてきたガレルが驚いた表情で言う。
肩には雑に担がれたマルタと、空いたほうの手にマルタの左腕を持っていた。
アロットはそんなガレルを見てフェリシアに指示を出す。
「フェリシア、こいつの尻を斬り落とせ」
「駄目ですよ!?」
「待て待て待てアロット。マジで冗談じゃなかったんだ」
「結局自力で出られてるだろうが」
「ケツに魔力を込めたのは初めてだぜ……」
「ケ、ケツ……?」
睨みつけるアロットと苦笑するガレルのやり取りを見てフェリシアは困惑した。
ガレルの尻が木の根に挟まって動けなくなったと発覚した時には、フェリシアが森の奥に飛ばされてしまっていた。
あまりにもくだらない理由なのでアロットは説明することをやめた。
その時だった。
「って、ああああああ!?」
突如、ガレルが大声を出した。
アロットは顔を顰め、苛立ちのあまり拘束魔術を掛けそうになったが、マルタを担いでいるので自重した。
「うるせぇ」
「ばっ! アロットあれを見ろ!」
「アレ?」
「あのモンスターの死体だ!」
言われるがまま白き異形の死体を見る。
アロットは目を見開いて、慌てて死体に近づく。
「崩壊……している?」
白き異形の肉体はひび割れ、少しずつ砂のように崩壊していた。
アロットは何かに気づいて顔を上げ、少し離れた位置に向かう。
そこはマルタが白き異形の翼を斬り落とした場所。
マルタの魔術により森の緑が剥げてしまったそこには、本来ならば白き異形の大きな翼が残っている──はずだった。
(血の跡すら残っていない……だと……?)
戦いの最中とはいえ、白き異形から血が流れているのは見た。
血が乾いたにしては早すぎる。明らかな異常事態にアロットはまだ終わっていない気がしてならなかった。
それでも…………
「まずは森を出よう」
自分たちの命が最優先だ。
アロットはフェリシアとガレルのところに戻ると撤退指示を出す。
「マジか、素材も何もないってのかよ」
「報酬金は払うから我慢してくれ」
「ちっ、しゃあねぇ」
でもお前は何もしてないだろ。アロットはそう言いかけたが飲み込んだ。
忘れてるだけで、ガレルは役に立ってくれていた。
今もこうして気を失っているマルタを担いでくれている。
「モンスターが寄ってくる前に行こう。フェリシアもう少しだけ頑張ってくれ」
「私は大丈夫です。でも……ありがとうございます」
「? ああ」
気遣いの言葉にフェリシアは礼を言う。
アロットは何故礼を言われたのかわかっていなかった。今までしてなかった小さな気遣いを無意識にした。
そのことにアロットは気づいていなかった。
「こんだけ暴れまくったらモンスターが近づいてくるとは思えんがなぁ」
「ゴブリンは若い女の小水の臭いを好むだろ」
「いや、アロット。それは迷信だ」
「そうなのか」
ガレルとアロットは目と目を合わせる。
フェリシアは何の話かと首を傾げた。
「おい、テメェ言わなくていいこと言ったな?」
「帰るぞフェリシア」
「え、は、はいっ」
「おい」
急いで森を出ることにする。
アロットはもう一度だけ白き異形の死体を見た。
踊るように剣を振るう白い姿が、アロットの脳裏にはまだ焼き付いていた。




