第16話 戦線離脱、状況悪化
「うああああああ!!!」
マルタの悲鳴が森の中に響く。
自分が腕を切り落とされたことを理解すると、耐えがたい激痛が彼女を襲い、腰が抜けて無様に地面に泣き崩れた。
「あ、ああっ……痛い、痛いよ……やだ……やだやだやだやだ! 痛い痛い痛い痛い!!」
先ほどまでの余裕は消え去り、完全に戦意を喪失していた。
それはマルタだけではなかった。
アロットとガレルの二人も言葉を失い、ただ白き異形から目を逸らせずに瞬きすら出来ずにいた。
魔術を使う者だからわかる。
マルタの防御は完璧だった。自身の光の剣による防御、魔力障壁……間違いなく完璧に防御できる状況だった。
それをいとも簡単に貫いた。
その光景が魔術士である二人の脳には酷く焼き付いていた。
白き異形が────
「ひっ!」
喉を鳴らしながら一歩、踏み出した。
「……やだ、やだやだ! 来ないで! 来ないでよ!」
泣き喚くマルタの声を聴いて────
「はあああああああ!!」
フェリシアは白き異形に向かって駆け出した。
魔術使いにとって絶望的な事態が起きてはいるが、魔術を使えないフェリシアには関係のないことと割り切っていた。
今は騎士としての役目を果たすために行動するだけだ。
「くそっ! マルタ!」
フェリシアの雄叫びに我に返ったアロットがマルタに近づきしゃがみ込む。
まずは傷の状態を確認しようとした時だった。
マルタが残った腕でアロットの服を力強く掴んだ。
「あ、アロット……! 血が! 血が止まらない! す、凄く痛い……し、死んじゃう……? 死んじゃう! アタシ死んじゃう! 死にたくない! た、助けて!」
「落ち着け! 今傷を塞ぐ!」
パニックに陥っているマルタに声をかけて落ち着かせようとする。
それだけで余計な労力になり、治癒魔術に集中できなくなる。
無理もなかった。
影の天才──マルタ・フラーク。光の剣にて敵が近づく前に倒し、たとえ距離を詰められても高度な魔力障壁にて防ぐ。
今まで傷など負ったことがなかった天才は、唐突に初めて訪れた自身の死の可能性に何も考えられずにいた。
「おい、アロット。一応拾ってきたが繋げられそうか?」
そう言ってガレルが持ってきたのは、切り落とされたマルタの左腕だった。
綺麗に切断された断面は幸いなことに左腕の形を保っている。
その左腕を見たマルタは…………。
「……ぁ」
気を失った。
「はぁ!? こいつ自分の捥げた腕見て気絶しやがった!」
「むしろ都合がいい。とりあえず俺には無理だ。バルファローネ副師団長なら繋げられるはずだからそこに置いてくれ」
「ったく、腕が捥げただけで取り乱しすぎだろ」
「そりゃそうだろ」
無茶を言うな。と言う話だ。
アロットも少しずつ冷静さを取り戻しつつあり、何とか治癒魔術に専念出来る。
念の為、千切れた腕の方にも治癒を掛けることにする。
時間が経って腐食すれば繋げられなくなるかもしれない。
治癒で防げるかはわからないし、無駄かもしれないが、やれることはやっておくことにした。
「ガレル。俺はマルタを出来る限りの範囲で治す。あんたは他のモンスターが来ないか見張っててくれ」
「騎士サマの援護は行かなくていいのか?」
「やれるのか?」
「………………いや、あれは無理だ」
ガレルはフェリシアと白き異形の攻防を見て苦笑した。
激しく火花を散らし、剣と剣がぶつかり合う剣戟の極致が繰り広げられている。
白き異形は尻尾の大剣を尻尾の力だけでコンパクトに振るう。
フェリシアが受け流しながら距離を詰め寄ようと近づくも、白き異形は大剣を振り抜く勢いのまま宙返りした。
静かに着地すると、再びフェリシアとの距離を取り切っ先をフェリシアに向けて構える。
「なんだあの動きは?」
それはどちらに向けて言ったのか。
ガレルからすればフェリシアの剣術も初めて見るものだ。そして、白き異形の俊敏な動きも異常だった。
あの巨体で軽やかに宙を舞う。
尻尾の大剣を状況に合わせて振り回し、身体を回転させながら靭やかに振るう姿はまるで踊っているかのようだった。
その剣戟に魔術の……それも近接主体のガレルのような者が立ち入る隙間などなかった。
「治癒を使ってる間は他の魔術が使えない。もしもの時はあんたがフェリシアの援護を頼む」
「わかってら、このまま何もしないわけにもいかねぇから──……な?」
ガレルはそこでアロットが妙なことを言ったのに気づいて言葉を止めた。
「他の魔術が使えねぇだと?」
ガレルが思わず口に出したが、アロットは無視して治癒を続ける。
普通の……今までの巡礼の騎士と随行魔導師ならば、随行魔導師が『騎士に身体強化の魔術を掛けて戦う』のが当たり前だった。
ならば、今のフェリシアはどうやって戦っているのか。
アロットが治癒魔術を使っている間は?
ガレルの疑問を察したのかアロットは口を開いた。
「俺達は常日頃から拘束魔術で身体を縛って生活してる」
「……は?」
「負荷を掛けて鍛錬してるんだよ。今はその負荷を外した状態だ」
だから……と、アロットは続ける。
「解放された今のフェリシアを止められる奴はいない」
石火が激しさを増し、フェリシアが距離を詰める。
「はああああああ!!!」
声を上げ懐に潜る。
一閃。フェリシアの剣が僅かに白き異形の顔に傷をつけた。
それでも俊敏な動きで躱され、きりが無い。
もう一度フェリシアが深く踏み込み剣を振り上げた──その時だった。
甲高い咆哮が空を切り裂いた。
治癒魔術が阻害されそうになるほどの咆哮。
離れた位置のアロットでさえ耳を塞ぎたくなる悲鳴のような咆哮を、フェリシアは至近距離で受けてしまう。
態勢を崩したところに白き異形が追撃を仕掛ける。
「しまっ──!」
巨大を低い姿勢から跳躍させ、弧を描くような軌跡で振り上げた大剣はフェリシアの剣を弾き飛ばした。
「おい! やべぇぞ!」
白き異形の猛攻は続く。
フェリシアは何とか身体の動きだけで避けようとするが、躱しきれない刃が少しずつフェリシアの身体に傷をつけていく。
「くっ……!」
このままではやられる。
急いでガレルが剣を拾いに走りだした。
「ガレルっ!」
「ったくよぉ! 落とし物探しも冒険者の仕事だからなぁ!」
フェリシアの剣が落ちた位置は白き異形の剣の間合いの外側である。
しかし、機動力を考えると接近に気づかれれば、大剣で切り裂かれる未来が見える。
それでも、死を直面して怯むのは冒険者とは呼ばないのだ。
「うおおおおおお!!!!」
ガレルが全力で走り出す。
せめて声は出すな。と、アロットは言いたくなるが今は治癒に集中する。
全力疾走。何事もなく剣を拾い上げた。
「おらよ! 受け取れ騎士サマ!」
ガレルが剣を投げると同時。白き異形がガレル目掛けて大剣を振り抜いた。
「っ────!? くそが!」
ガレルは敢えて全力で飛び込むと、刀身の内側に入り込む。
剣の直撃は避けられたものの、尻尾による強烈な叩きつけを受け吹き飛ばされた。
「ガレル!」
ガレルは木の根元へと叩きつけられたが、戦闘不能になるような傷は負わずに済んだ。
冒険者として、命を賭けて戦ってきたの者の勘なのか。
あの状態下で敵に近づく行動を取れる者はそういない。
そして最低限の仕事はやり遂げた。
投げられた剣が山なりの軌道でフェリシアに届けられようとした。
「っ!? 待てフェリシア!」
それは経験の浅さから来るものだった。
背負った使命に焦り、これ以上被害を増やさない為にも白き異形の討伐を急いた。
フェリシアが地面を蹴って跳躍し、慌てて剣を取ろうと行動に出た。
その迂闊な行動を、無謀な姿を、白き異形は見逃さなかった。
「────っぁあ!!」
叩きつけるような尾の一撃。
フェリシアは剣で受けるものの、地に足が着いてない状態ではその衝撃をもろに受けてしまう。
幸いなことに、と言うべきか。
目のない白き異形は、恐らく宙にいるフェリシアとの間合いを測り違えたのだろう。
刀身ではなく尾の部分での一撃となり、致命傷には至らない。
しかし、弾き飛ばされた小さな身体が森の奥に消えていく。
「くそっ!」
希望が失われた。
恐らくフェリシアは無事だが、あれだけ強烈に飛ばされてしまえば意識を失う可能性もある。
アロットは最後の作戦を考える。
「ガレル! おい、ガレル! 生きてるか!」
「ああ…………なんとかな」
アロットの呼びかけにガレルは掠れた声で応える。
遠目からでも動けないほどの外傷は出来ていないことがわかる。
ならば…………
「ガレル! マルタを連れて逃げろ!」
「はぁ!? 何言ってんだお前!」
「治癒は済んだ! 俺が引きつけてる隙に逃げろ!」
今回の責任は自分にあるとアロットは考えていた。
白き異形の危険性を見誤り、冒険者のガレルと無関係なマルタを巻き込んだ。
フェリシアと二人で偵察するだけでもよかったはずだ。
魔導師としての責任感で、アロットは自分を追い込んでいた。
「……駄目だ」
「なに?」
ガレルは落ち着いた声でアロットの提案を却下した。
「オレは動けん。お前がそのガキを連れて逃げろ」
「足をやられたのか!?」
「いや……」
アロットはマルタを寝かせて立ち上がる。
眼前の白き異形を見据えながらガレルの方を横目で見る。
ガレルはそこまで大ダメージを受けていないはずだ。
それはあくまでアロットの目線からであって、実際は見えないダメージがあるのかもしれない。
ガレルは力のない声で伝える。
「挟まった」
「……なんだって?」
「オレのケツが木の根元に挟まった。立ち上がれん」
「……………………は?」
一瞬、ガレルの言っている意味がわからなかった。
木の幹に打ち付けられたガレルの尻が、太い木の根の隙間に挟まっている…………という────。
「ふざけてんのかテメェ!!!」
今までで一番の感情を顕にしてアロットが叫んだ。
「馬鹿野郎! マジで言ってんだよこっちは!」
「そうかよ! それがマジならそのまま死ね!」
こんな時に何を言っているのか。
真面目に責任感などと考えている自分が阿呆らしくなり、アロットは乱暴に頭を掻いた。
しかし…………
「だから、お前がそのガキを連れて逃げろ」
ガレルは笑みを浮かべていた。
こんな状況で何がおかしいのか。
いや────
(おかしいことしか起きてないか)
思えば、想定外の事態が連続で起きている。
マルタの乱入、白き異形の奇襲、マルタとフェリシアは戦線から離脱。
「断る」
ガレルの提案にアロットは却下した。
一度感情を表に爆発させたおかげか、少しずつ冷静になっている自分に気づいた。
息を吐き、構えを取る。
「俺がこいつを倒せばいいんだろ」
勝算はないわけではない。
こんな馬鹿なやり取りを黙って見ている程に、白き異形はこちらを警戒している。
マルタの魔術による損傷、フェリシアとの攻防により確実に弱っていることは確かだ。
白い騎士が────ゆっくりと剣を構えた。




