第15話 白き異形
白き異形は荷車を引く四足獣よりも一回り大きい。
そんな巨体でありながら、放たれた矢の如し疾さでアロット目掛けて突進を仕掛ける。
「くそっ!」
アロットは身構える。
事前の情報からアロットの魔力障壁程度では破られる可能性が高い。
ならばまずは初撃を躱して距離を取る。
このまま後ろの三人のところに退けば、まとめてやられる可能性が高い。
(引きつけて躱す。奴の態勢が崩れたところにマルタの魔術で迎撃する)
次手を頭の中で組み立てたところで、白き異形が予想外の行動に移る。
「…………!?」
突進の中、白の異形が唐突に体を横に向け、そのまま大きな片翼を広げた。
一瞬、飛びつ立つつもりなのかと思ったが、それにしては動きが変だ。
その翼の広げ方は何かを隠すような────
(マズい!!)
翼の影に隠された尾の大剣の存在を察し、アロットは全力で後方へ跳躍。
既に間合いの内に入っていたのだ。
白き異形が一回転。
尾の大剣が唸りを上げて木々を薙ぎ払った。
アロットの目と鼻の先を掠めるように切っ先が通り過ぎ、遅れてくる風圧が頬を撫でた。
間一髪のところで回避し、入れ替わるようにフェリシアとガレルが前に出る。
「アロット君!」
「大丈夫だ。当たってない」
そう言いながらアロットは一応首を触り繋がっていることを確認する。
回避する瞬間、白き異形に対して拘束魔術を使用したこともあってアロットは無傷で交わすことが出来た。
(確かに、一瞬だけだが奴の動きを抑えた手ごたえはあった……だが)
妙な感覚があった。
今まで経験がない魔術の手ごたえを感じ、アロットは冷静に分析できずにいた。
白き異形は様子を窺うように距離を保っている。
「あぁ? あれが例のモンスターかよ」
「そうだ。報告と一致する」
「ったく、魔導師様の探知はどうなってんだ!」
「て、天才もたまにはミスるのよ!」
魔力探知に自信があるような素振りをしておきながら、白き異形の接近に気づかなかったマルタにガレルは悪態をつく。
白き異形を目の前にしてもまだ緊張感がない空気がこの二人にはあった。
それは慢心か、それとも自信の表れか。
白き異形の方は四人が陣形を整えたのを警戒しているのか、唸り声を鳴らしながら姿勢を低くしていた。
「まあ落ち着きなさいよ! 私の本領はここからなんだから!」
マルタが腕を振り下ろすと六つの光の剣が空から落ちてくる。
光の剣は白の異形の周囲の地面に突き刺さるが、白の異形は全く気にしていない。
まるで最初から当たらないとわかっていたかのようにただじっとしている
「""六架陣""」
六つの光の剣を頂点として六角形の結界が形成される。
白き異形はなすすべなく、いとも簡単に光の結界の中に閉じ込められた。
しかし、結界の中に閉じ込めるマルタの実力よりも、閉じ込められた白き異形の大人しさが不気味に感じる。
「捕らえたのか?」
「まだよ。あなた達にはアタシの天才たる所以を見せて上げる。フェリシア様も下がっててください」
マルタに言われるがままフェリシアも後ろに下がる。
前出たマルタは空へと手をかざす。
紅赫伯──超常の称号を持つ者が詠唱態勢に入ったのを見て、アロットとガレルは周囲に気を配る。
ゴブリンなどの他のモンスターの横槍を受けないとも言い切れない。
あったところで、マルタの魔力障壁を突破出来ないだろうが。
「""名もなき旅人よ、姿なき信奉者よ""
「""陽の明かりよりも眩く、月の光よりも慈しき者よ""
「""今ここに集い、其の足跡を示せ────""!」
白き異形の頭上に光の剣が生成される。
その大きさは今までの比にならないほどに大きく、白き異形と同等かそれ以上の大きさの光の剣。
それは断頭台のごとく彼の者の頭上に現れた。
「""グローリー・ソード""!!」
声を高々に魔術の名を叫び、手を振り下ろす。
眩い閃光。結界の中目掛けて光の速度で振り落とされた大剣は、マルタ自身が作り上げた結界に亀裂を入れるほど衝撃を起こし、抑えきれなかった魔術の余波が森を揺らした。
「これがアタシの天才たる所以よ」
土煙が上がる中、マルタは勝ち誇った顔をした。
これが紅赫伯。
リゲルの比にならないほどの魔術の威力に、アロットとガレルは息を呑んだ。
「おいおい、やっちまったのか?」
ガレルが少しイラついた口調で言う。
あれだけの威力だ。死体は殆ど原型をとどめていないはずだ。
未知のモンスターの素材の価値を考えれば、ガレルにとって宝箱を破壊されたようなもの。
「というかラディアメルクの魔導師なら生け捕りとか考えないのか」
単純にプライドが刺激されてしまったのか、少々やり過ぎている気がした。
そんなことよりもアロットが気がかりなのはフェリシアだ。
騎士の役目として白き異形を討伐するはずが、マルタが倒してしまった。
フェリシアがまた騎士として自身を失くしてしまわないか、アロットはそれが少し心配で彼女の顔を伺おうとした──その時だった。
「まだです!」
フェリシアの言葉に三人は土煙の舞う中に視線を向けた。
ギラギラと、輝きを放つ光の大剣の傍に影が一つ。
ドサリと、何かが落ちる音が聞こえた。
「マジか……」
先ほどまで余裕そうな顔をしていたガレルが声を漏らした。
土煙が晴れると、白き異形の姿があった。
全くダメージがないわけではない。
白き異形の両翼は殆ど切り落とされた状態だが、逆に言えばダメージはその程度で済んでいた。
「な、なによこいつ……」
自身の最大魔術を受けたにしてはあまりにもダメージが少ない。
そう言わんばかりにマルタの表情から余裕が消えた。
それでも、天才のプライドからかマルタは吠える。
「や、やるじゃない! なら今度は……ほ、本気で撃ち込んであげるわ!」
それが強がりなのは誰が見ても明白だった。
だが、少なくとも白き異形の翼は捥がれ、大量の出血により身体を赤く染めている。
もう一度同じ魔術で仕留められる──が、それを待つような相手ではない。
「なっ!?」
白き異形は大きく踏み込んでくる。
マルタは慌てて光の剣を自身の前に重ねて、更に魔力障壁で過剰にも見える防御を整える。
嫌な予感がした。
翼という重りがなくなったからか、白き異形の速さはアロットに襲い掛かった最初の一撃よりも速い。
フェリシアがマルタの前に飛び出る──が、遅い。
「…………え?」
風を貫く一閃。
神速とも呼べる速さで突き出された大剣は、フェリシアが僅かに逸らすことが出来たものの。
その一閃はマルタの光の剣と魔力障壁を簡単に破り。
マルタの左腕を切り落とした。




