第14話 モンスターが息を潜める森の中
ローインクレー南東に広がる森には多くのモンスターが生息している。
その中でもゴブリンというモンスターは一際数が多い。
一見、人間の子供にも見える体躯をしているが、その醜悪な顔つきから『小鬼』とも揶揄されるモンスター。
そのゴブリンの死体が────フェリシアの足元に転がっていた。
「…………」
フェリシアは剣を振り、刀身に付着した黒ずんだ血を払い落とす。
冷たい蒼い瞳は特に何の感情もないように見える。
(人間っぽい見た目でも容赦ないな)
フェリシアの抜刀時の静かな殺気に、アロットはまだ慣れずにいた。
人のような見た目をしたゴブリンを殺すのには、普通ならば躊躇いというものが出るはずだ。
しかし、フェリシアは何の迷いもなく四体全てを白銀の剣にて斬り伏せた。
「騎士ってのはすげーな」
口笛を吹いてガレルはフェリシアを賞賛した。
ガレルにとっては初めてみる『剣術』、敵を叩くのではなく『斬る』剣。
ただただ、フェリシアを恐れることなく賞賛していた。
ガレルの足元にも二体のゴブリンの死体が転がっている。
力任せの魔力を込めた拳にて粉砕されたゴブリンは、巨岩を落とされたかのように頭が潰れている。
「そうよ! 騎士様は凄いのよ!」
何故か偉そうに胸を張るマルタの周囲にゴブリンの死体は転がっていない。
光の剣──遠くから攻撃を飛ばすことのできる魔術によって、マルタに近づく前にゴブリンの群れは息絶える。
マルタが仕留めたゴブリンは八体にも及ぶ。
フェリシアの剣は卓越したものだが、結局のところ魔術を極めるのが効率が良いと言われるのはこういうところだ。
「なんでテメェが偉そうにしてんだ?」
「私の魔術は騎士様を参考にしたからよ。白く踊るような剣を魔術で再現した、天才の私だからなせる光の剣の魔術よ」
「騎士を参考にするなら剣はテメェで握れや」
「私は魔導師よ。あくまで魔術として再現しているのよ」
胸に手を当てて高らかに語るマルタを、ガレルは釈然としない顔で睨みつける。
アロットはそんな緊張感のない二人を横目で見ながら、フェリシアが斬ったゴブリンの死体を調べる。
石の剣に、木の弓矢……ゴブリンが人間と似たような見た目をしていても、決定的な違いは魔術を使えないことだ。
魔力はあっても魔術が使えないので遠距離攻撃に弓矢という非効率な武器を使っている。
「ガレル。森に入る前に言ってたマズイこととはなんだ?」
「あん? ああ、その話か」
「ゴブリンの数が増えてるのか?」
「まあ、そんな感じだ。冒険者たちから聞いたんだが──」
「ゴブリン以外を減らしすぎただけだろ」
「…………」
アロットがそう言うと、ガレルは舌打ちをした。
マルタは何のことか分からず首を傾げる。
フェリシアは剣を抜いたまま辺りを警戒していた。
「気づいてたのかよ」
「そんな気がしただけだ。今の状況からな」
「なによ? どういうこと?」
「冒険者のところには街の人々から依頼が集まる。モンスターの討伐もそうだが、森の中にある薬草なんかの採取依頼もある。けど、今は魔導師が規制を掛けてる」
冒険者は魔導師の規制など気にせず森に入る。
だが依頼を出す側――街の人々は、魔導師の言うことを律儀に守っている。
つまり現状の冒険者の稼ぎはフリーハント──勝手にモンスターを狩ってその素材を売るだけでしか稼げてない。
それも、表立って売れば森に入っていることがバレる。今でも殆どバレているだろうが。
「ゴブリンに売れる部位なんてねェからな。薬草だってオレ達に雑草との違いを見分けられる奴は殆どいねぇ」
「だからゴブリン以外のモンスターを狩りすぎて、ゴブリンの縄張りが広がってる。雑魚モンスターの代表格ではあるが、繁殖力は立派だからな」
「それだけじゃねぇぞ。その白き異形も他のモンスターを殺してるって話だ」
「そりゃそうだ」
案の定と言うべきか。
数多のモンスターが縄張りを広げるこの森に外来種が来てしまったのだ。
森の先住民との争いが起こるのは当然とも言える。
「ならゴブリンも数を減らしてなきゃおかしいじゃない」
「ゴブリンは元々臆病なモンスターだ。レイザーファングのような牙や爪はないが、森の中じゃ自分達が弱者だと理解出来て、武器を作るだけの知恵がある」
「だから他のモンスターに比べて売れる素材もねーんだよ」
「あら、ゴブリンだって役に立つでしょ」
少し重くなりそうな空気の中マルタが人差し指を立てて語りだした。
「ゴブリンの小さい身体に似合わない持久力、繁殖力には目を見張るものがあるわ。ともすれば陰嚢なんかを切り取って調合すれば良い精力剤になるかもしれないわね。試しに──」
「今はそんなことをしている場合じゃない」
「別に今じゃなくていいわよ。冒険者達のこれからのビジネスを広げるいい機会だと思ってくれれば──」
「おいアロット。いい加減『白き異形』ってのはやめようぜ。いい名前を考えてくれ」
「ちょっと、何よ。アタシの話聞いてる?」
男達にはあまり聞きたくない提案をされ、二人は露骨に会話を逸らした。
今までの常識にないことを思いつくのがラディアメルクの魔導師の特徴であり、アロットが少し苦手としている部分でもあった。
会話をしていると本題から逸れることが多々あったりする。
今もそうだ。
「油断はしないでくれ」
「してないわよ? アタシの魔力探知は完璧なんだから」
「白のモンスターは魔力探知には引っかからない」
「それは『階級の低い魔導師の』でしょ? 天才のアタシと一緒にしないで貰える?」
「……そうだな」
意気揚々と歩みを進めるマルタに、アロットはそれ以上何も言わないことにした。
マルタの実力は文句無しだった。
光の剣の魔術はゴブリンとはいえ防御ごと正確に撃ち抜き、魔力障壁は予備動作もなく展開出来る。
そして、ガレルの方は魔力を込めた打撃を極めているのがよくわかる。
魔術を使用せずに接近し、拳の一撃で仕留める。
何より本人は無意識なのか、魔力障壁を壁のように展開するのではなく、自身の肉体に鎧のように纏わせている。
(障壁のあんな運用方法は見たことがないな)
そして、フェリシアは言わずもがな。
三人それぞれが充分以上の戦闘能力を有している。
アロットは治癒に専念し後方支援の立ち位置になる。
余程のことがない限り崩れることのない陣形だが、アロットはそれでもこの森を入ってからずっと悪寒を感じ取っていた。
「どうかしましたか?」
そんなアロットの様子をフェリシアだけが気づいていた。
蒼い瞳は未だ警戒状態のようで、アロットのことを心配はしているものの凪いだ声をしている。
「なんでもない」
そう言うと、フェリシアは再び前方を向いて警戒する。
自分は一体何を恐れているんだろうか。
アロットは自分自身にそう言い聞かせるも、胸の奥がざわついて仕方なかった。
何より、この悪寒には既視感があった。
背筋を白く細い指で撫でられるような感覚────。
「っ……!」
まさかと思って振り返る。
視界の先。雲の切れ間からゆっくりと森の奥に光が差し込んでいく。
白い影が姿を表した。
瞳のない白い毛に覆われた四足獣。背中には大きな翼が生え、その長い尻尾の先には────白い大剣が。
(…………は?)
現実味がなかった。
背後からはガレルとマルタが何かを言い合っている声が聞こえる。
フェリシアは前方を警戒しているせいかまだ気づいていない。
アロットだけがその異形の存在に気づいていた。
不気味な程静かに……確かに一歩ずつ、それは近づいて来ていた。
「なっ!? 後ろだ!」
背後を歩く三人に知らせようと、ほんの一瞬目を外した時だった。
森を震わせる程の咆哮が鳴り響いた。
切り裂さかんばかりの甲高い咆哮。
森に潜んでいた羽獣の群れが、声を上げて飛び立つ音がそこら中から聞こえる。
「な、なんなの……!?」
マルタがあり得ないものを見るようにアロットの方へ視線を向ける。
既に白き異形はアロット目掛けて走り出していた。




