第13話 余所者とプライド
ローインクレーから南方へ獣車を三十分程走らせて小さな村に到着する。
ガレルは早々に村にいた冒険者たちと会話をし、情報を集める。
アロットも村に配備されている魔導師達と顔を合わせると、巡礼の騎士と副師団長の命令で森に立ち入ることを伝えた。
魔導師達は嫌な顔をしたものの、渋々従いながら今の状況を話す。
「僕らは村人を避難させる為に来たんですけどね。まあ、それは何とかなってはいますが……」
眼鏡を掛けた魔導師はため息を吐きながらアロットにそう言う。
憎らしそうに彼が見つめる視線の先には、ガレルと冒険者達が話して合っている姿があった。
「あいつらは全然言うこと聞きませんよ。忠告を無視して森に入って狩りを続けてます」
「その場合はどうしてる?」
「こっちも無視しますよもう。痛い目見て泣きながら帰ってきても、僕はもう知りませんよ」
わざとらしく、冒険者達にも聞こえるように吐き捨てる。
魔導師達は短期間で相当なストレスを抱えているようだ。
実際、魔導師の忠告を無視して怪我した挙句、魔導師に泣きつく冒険者は少なくない。
(確かにローインクレーの魔導師は正義感が強いからな)
魔導師は四大都市それぞれで特色が違ったりする。
別に明確な方針があるわけではなく、環境に適応してなるべくしてなったような。
例えばグランクレイグの魔導師であれば由緒正しい伝統をなぞるような『威厳』や『風格』を重んじている。
それ故にリゲルのような派手な魔術を使う魔導師が多い。
物流の一大拠点であるローインクレーであれば、多くの人々との交流が多くなり、モンスターへの対処よりも人同士の揉め事の処理の方が多くなる。
その環境のせいか、ローインクレーに配属された魔導師達は他の都市に比べて『秩序』を重んじるようになっていく。
故に得意とする魔術は素早く相手を拘束する術や、攻撃よりも防御主体の相手を刺激しない魔術を使う者が多い。
(全員が全員そう、というわけではないが)
少なからず、目の前の魔導師はわかりやすくローインクレーに染まった魔導師であると、アロットには見えていた。
「アロットさん。正直なところ、僕はそのモンスターを騎士が倒せるとは思えません」
「言いたいことはわかる」
それを馬鹿正直に面と向かって言ってしまう程に誠実な人間なのだろう。
出来ることなら自分がモンスターを倒してしまいたいと思っているはずだ。
手柄などではなく、純粋な正義感としてそう思っているようにアロットには見えた。
「任せてください。私が必ず討伐してみせます」
アロットの横でフェリシアが魔導師に宣言する。
真っ直ぐな蒼い瞳には確かな意思が籠もっていたが、魔導師はそれでも騎士を信じきれなかった。
その気持ちをフェリシアは察したのか。
「任せてください」
と、笑みを浮かべた。
硬い決意の中に、柔らかな精神性。
そのフェリシアの表情を見て魔導師の男は目を見開いた。同じく、強く責任感を背負う者。
その重圧がありながらもリラックスした様子が伝わると、魔導師も少し肩の力が抜ける感覚を味わった。
「わ、わかりました……」
まだ騎士を完全に信じきることは出来ないながら、それでも『何も知らない子供』ではないと確信する。
戸惑いはありつつも自分達の出来ることに集中しようと割り切った。
「アロットさん、それともう一つ」
「なんだ?」
「ラディアメルクの魔導師が一人、森に入らせろと言って来たんですけど……」
「そういうのは、とりあえずローインクレーに連れてけばいいんじゃないか?」
未知を追い求めるラディアメルクの魔導師が白き異形に食いつくのはおかしくない。
大方、ローインクレーにたまたま立ち寄っていたラディアメルクの魔導師が、白き異形の情報を聞いてこっちに来たのだろう。
実際に屯しているのをこの目で見ている。
しかし、ここの管轄はローインクレーだ。まずは統括官であるバルファローネに許可を取らなければならない。
「それが……その、魔導師なんですが」
「何かあるのか?」
魔導師が口籠る。
と、その時だった。
「巡礼の騎士様と随行魔導師ね!」
一人の女性魔導師が声を高々と上げて会話に割り込んで来た。
魔導師団の制服をカスタムした丈の短いスカートに、臍を出した露出の多い格好。満月のようにまん丸い金の瞳、うなじの後ろで一纏めにされた金色の髪が細い尻尾のように腰まで伸びている。
頭にはゴーグルを着けた若い女性魔導師が意気揚々と歩み寄ってきた。
「誰だ」
アロットはその魔導師に問うが、近づいて来た彼女の腰に吊り下げられた装飾品を見て目を開いた。
小さな紅玉のペンダント。それは超常の魔術称号の一つ──紅赫伯の証明であった。
「マルタ・フラークよ。知っているでしょう?」
手を胸に当てて高らかに自分の名前を宣言する。
その名前をアロットは聞いたことがあった。
「もしかして、あんたが……」
「そうよ、その『もしかして』よ」
「──影の天才マルタか」
ニヤニヤとしていたマルタは一転。
鬼の形相でアロットに詰め寄るとその胸に指を差した。
「だっ──から! 『影の』はいらないのよ!」
「うるさ」
近づいて怒鳴られたものだからアロットは顔を逸らした。
フェリシアはぽかんと口を開いたまま困惑していたが、続いて自己紹介をすることにした。
「巡礼の騎士、フェリシア・ブレイクハートです」
「そう、フェリシア様ね! 巡礼の騎士様に会えて嬉しいわ!」
何やら嬉しそうにマルタはフェリシアと握手する。
ここまで騎士に好印象を抱いている魔導師は初めてで、フェリシアはかなり困惑して目を丸くしていた。
「なるほど、そういうことか」
アロットがそう呟いて、相談してきた男の魔導師の方を見る。
魔導師は少し気まずそうにしながら目を逸らした。
──紅赫伯の魔導師であれば白き異形を倒してくれるかもしれない。
マルタが森に入るのを見逃して、彼女が白き異形を倒してくれれば、それはそれで平和が訪れるだろう。
そう考えると彼がマルタをローインクレーに帰すのを躊躇っていたのもわかる。
規則として許されないが、それはそれとして問題は早く処理したい。
それこそ冒険者よりも先に魔導師で対応したい。
そんな気持ちからマルタの存在は黙認されていた。
「それで、その影じゃない天才はなんで此処にいるんだ?」
「『じゃない』もいらないわよ。あんたなんだがムカつく男ね」
マルタはアロットを睨むと、一つ息を吐いて「まあいいわ」と語りだす。
「このアタシ、天才魔導師マルタが何故ここにいるか? それは臨時の魔術講師としてグランクレイグに行く途中に知ってしまったからよ」
「何をだ」
「ローインクレーの魔導師では手に負えない程の巨悪の存在を、よ」
巨悪……とは、おそらく白き異形のことだろう。
彼女の言葉に男の魔導師は少し悔しそうに歯を食いしばっていた。
「だからこそ! 今こそ! アタシの力が必要でしょう! 齢二十一にして紅赫伯になった天才マルタ・フラークの力が!」
確かに紅赫伯級の魔導師の力があれば頼もしい。
彼女の性格はともかくとして、アロットも出来れば力を借りたいところではある。
──そう思った時だった。
「先生、影の天才って何のことですか」
フェリシアからのキラーパスを受け取った。
「マルタも充分凄いんだが、もっと凄い奴が急に現れてな。それからはそっちが表の天才になった」
「いらないわよそんな説明! 私があの女よりも優れていることを証明してあげるわ!」
「あの女……ですか?」
「本当の天才の方だな。ヴェーラ・ヴァーミリオン、百年に一人の天才だとか。確かフェリシアとそんなに歳が変わらないはずだ」
「そうなんですね」
ほえー、と目を丸くするフェリシアの興味は、既に目の前のマルタからヴェーラに変わっていた。
マルタは酷く不快そうに歯ぎしりしているが、アロットはそれはそれとして彼女の実力は認めていた。
バルファローネには悪いが、これほどまでに頼りになる助っ人ならばいた方が身のためだ。
「なんだそのガキは?」
騒ぎに気づいたガレルがゆっくりと歩いて来る。
冒険者達との話は終わったようで、ガレルが説得したのか撤収しようと準備しているのが見えた。
「なんだ帰るのか」
「ああ、どうもマズイことになってるようだ」
「なんだって?」
何かあったのだろうか。ガレルは舌打ちをして乱暴に頭を掻いた。
「それで? そのガキはなんだ?」
「さっきからその『ガキ』って、もしかしてアタシに言ってるの?」
「他に誰がいるんだよガキ」
「はぁ〜冒険者みたいな野蛮人が知らないのも無理はないか〜」
「あぁ?」
やれやれと手のひらを返して首を振るマルタの姿にガレルは眉間に皺を寄せる。
ここで揉め事は面倒なので、アロットは簡潔に話を済ませることにする。
「ガレル、ヴェーラ・ヴァーミリオンを知ってるか?」
「あ? 知ってるぞ。やべーガキだろ?」
「ざっくりだな。まあ、でもそうだ」
ちらり。と、アロットはマルタの顔色を伺う。
さっきまでの威勢はなくなり、静かに次の言葉を待っているようだった。
「ならマルタ・フラークは?」
「は? 誰だよそ────」
瞬間、アロットとガレルの周囲を光の剣が取り囲んだ。
「な、なにぃ!?」
ガレルが声を上げる。
アロットはこれがただの脅しであることを理解し、冷静に状況を見ていた。
八つの光の剣──一本一本はフェリシアが携えているサイズと同じくらいだろうか。
まるで太陽の如くジリジリとした高熱を帯びた光の剣。
剣という形を保っていること。対象の急所に正確に撃ち込める角度で配置されたこと。
魔術の予備動作が殆どないこと。
それらを読み取りマルタという魔導師の格を冷静にアロットは分析すると、降参するように両手を上げた。
「ア・タ・シ・が! 天才マルタ・フラークよ! 覚えておきなさい!」
怒りを込めて名乗り終えると、光の剣は何も無かったかのように消え去った。
ガレルは何かを感じ取りアロットに耳打ちする。
「おい、こいつも連れていくのか?」
「紅赫伯だからな。いた方がいいだろ」
紅赫伯──その称号を聞くと、ガレルは信じられないものを見るように目を細めてマルタを見た。
それでも今しがた見せた魔術の精度からして本物だとは感じている。
面倒くさそうに頭を掻いてため息を吐いた。
「他の冒険者はどうすんだ? 連れてくるか?」
「いや、数が多いと面倒だ」
ガレルの提案にアロットは端的に断りをいれる。
治癒魔術を使うアロットからしたら、なるべく少数精鋭が好ましかった。
数が多いと怪我人も増える。ましてや冒険者みたいな命知らずの面倒は見切れない。
「喧嘩している場合じゃありませんよ?」
「そう……だな」
フェリシアが呆れるようにそう言うと、アロットも深呼吸して気持ちを切り替える。
「マルタ、あんたの力を貸してくれるか?」
「ええ、もちろんよ。アタシに任せなさい」
「それでガレル、さっき言ってたマズイことってなんだ?」
「それは森に入ってから言う」
「そうか?」
含みのあるガレルの言葉に疑問を持ちつつも、とりあえず今は気にしないことにした。
そして、最後に我らが騎士の名前を呼ぶ。
「行けるな、フェリシア」
「はい」
力強い返事、その口元には小さな笑みが浮かんでいる。
四人は森の中へと足を踏み入れていった。




