第11話 騎士の使命
酒場兼宿屋の二階にて、フェリシアとアロットは部屋を借りることにした。
月が昇り、辺りはすっかり暗くなっている。
蝋燭の火が部屋の中を照らす。
アロットは立ちながら体の調子を確認し、フェリシアはベッドに座って身体を休めていた。
「本当に同じ部屋でよかったのか?」
「はい。アロット君は嫌でしたか?」
「別に嫌じゃないな」
まだ子供だから何の警戒もないのかもしれない。
男女で同じ部屋で寝ることにフェリシアは何の抵抗も示さない。
魔術が使えないフェリシア一人では蠟燭に火を灯すこともできないのだから、一緒の部屋の方が都合がいい。
「アロット君は大丈夫なんですか? かなりお酒を飲んでましたけど」
ガレルとの飲み比べ勝負はアロットの圧勝だった。
闘争心に火のついた冒険者たちも次々に挑み、そして敗れていった。
事態は店の酒を殆ど飲み干してしまうほどの馬鹿騒ぎになり、フェリシアの方は安全な場所で食事を取っていた。
酒は得意ではないと思っていたが意外となんとかなったことに、アロットは一つ心当たりがあった。
「流石は蒼師位ってところか」
「どういうことですか?」
フェリシアは一瞬何を言っているかわからなくて、口を三角にして目を丸くした。
「あらゆる毒を防ぐ魔術……だったか?」
「…………あ!」
フェリシアも気づいたようで声を上げた。
アロットがどれだけ酒を飲んでも酔っぱらわなかったのは、バルファローネの掛けた魔術のおかげだった。
「今ならフェリシアも酒飲んでいいんじゃないか?」
「駄目ですよ! 未成年なんですから!」
仮にも法律的に禁止されていることを、魔導師であるアロットに言われると、フェリシアは本気で怒って睨みつけてきた。
アロットは手をひらひらとさせて「冗談だ」と言ってはぐらかした。
(バルファローネ副師団長は毒の無効化と言っていたが、アルコールも効かなくなるとなると……もしかしたら一部の薬なんかも無効化してしまうのか?)
薬が効かないとなると傷を負ったときのリスクも高まる。随行魔導師であるアロットが治癒魔術を使えることを知っていたからこそ、バルファローネはこの魔術を掛けたのだろうとアロットは予想した。
アロットは冷静に魔術を分析していると、フェリシアはなぜだか浮かない顔をしていた。
「どうした?」
「いえ、その……こんなことをしていていいんでしょうか?」
「こんなこと?」
「すぐにでもその白き異形を討伐しに行かなければいけないですよね?」
フェリシアは少し焦るような顔でアロットに言う。
いつもと違う様子に見えるが、アロットはいつも通り冷静に今の状況を説明する。
「危険なモンスターだからこそ、万全の状態で臨むべきだ。俺たちはローインクレーに来てから休めていない。一度旅の疲れを取るべきだ」
「ですが」
「どのみち日暮れまで時間はなかった。夜の森を歩くのは危険すぎる」
何より、森の案内を任せようとしたガレルは酒で潰れている。
「前回の騎士が気になるか?」
「え!?」
核心を突く言葉にフェリシアは目を丸くしてアロットを見上げた。
「どうしてわかったんですか?」
「なんとなくな」
アルテが前回の騎士について話していた時も浮かない顔をしていた。
バルファローネが話した後、冒険者のところに来る前も思いつめたような顔をしていた。
フェリシアは口を閉じて膝を抱えて座りなおすと、それからゆっくりと口を開いた。
「もしかしたら、私は前回の騎士よりも頼りないんじゃないかなって……。そう、思っちゃったから……」
少し砕けた口調で弱音を吐くフェリシアには、歳相応の女の子の影が見えた。
前回の騎士についてアルテの言った大人っぽさ、バルファローネの言った踊るような剣術。
それらが自分とはかけ離れているのではないかフェリシアは感じていた。
「そんなことないだろ」
「でも、騎士の使命を受けたのに……頼られてる気がしなくて」
それは魔導師達の態度を見てのことだろうか。
皆それぞれ事情がある。そもそも何年かに一度登場する騎士なんかに頼るほうがおかしいのだ。
その事情を汲み取るには純粋に騎士を使命とするフェリシアにはまだ難しい話だ。
「これからだろ。力を示して初めて評価される」
「そうですよね」
アロットの言葉にフェリシアは深く息を吸った。
いつもの自分に戻ろうとしているのだろう。
対して、アロットの方は……少し冷静さを欠いていた。
(参ったな…………、気の利いた事が何も言えない)
こういう時に元気づける言葉を与えるのが随行魔導師の役目でもあるのだろうが、アロットは頭を抱えることしかできず、無愛想で生きてきたツケが来た。
パン。と、フェリシアは自分の頬を叩いて気合を入れる。
アロットが何もしなくてもフェリシアは立ち直る。
その様子にアロットは安堵よりも自分の情けなさを強く感じた。
「すみません。弱音を吐きました」
「それは別に構わないだろ」
「いえ、もう大丈夫です。私は騎士の使命として────」
フェリシアの青い瞳に力がこもる。
「私の命に代えてもモンスターを討伐して見せます」
力強く宣言した。
「……………それは違うだろ」
「え?」
アロットが感情を露わにして重く言うと、フェリシアは驚いてアロットを見上げた。
そのフェリシアの額を──
「うっ――!?」
アロットは人差し指で軽く小突いた。
痛くはないが、突然の出来事にフェリシアは額を押さえて目を丸くした。
アロットは隣のベッドに座るとフェリシアと向き合うと、フェリシアの目をまっすぐに見つめた。
「死んで守れるものは何もない」
「アロット君……?」
「命を掛ける。なんて言葉は自惚れでしかない」
アロットは深く息を吸って、静かに吐いた。
「俺もそうやって言われて説教されたよ。同じように『命を掛ける』とか言って自分一人が犠牲になろうとしてな」
「だ、誰にですか?」
「ユリウス総師団長に魔導師見習いの時にな。ま、人間一人の命で守れるものなんてないんだ。一人で抱え込むようなことはするな」
フェリシアは空いた口が塞がらなかった。
およそアロットの口から出るような言葉ではなかったが、それがユリウスの言葉というのは更に考えられないことだった。
アロットは背伸びをして、少し張り詰めた空気をわざとらしく緩めようとする。
「お前は俺を舐めてるだろ」
「え!? そんなことないですよ!」
「なら、命に代えてもなんて言うな。ふざけやがって、俺が意地でもお前を死なせないからな?」
「…………アロット君」
呆気にとられた様子のフェリシアの頭を乱暴に撫でると、アロットはそのままベッドに横になる。
「もう寝ろ」
「は、はい」
蠟燭の火を魔術の風で消すと、部屋の中は一気に暗くなる。
フェリシアもすぐにベッドに横になると、アロットの背中を眺めていた。
その背中がいつもより頼もしく見えて、フェリシアは微笑んだ。
「……ありがとうございます」
その言葉にはさっきまでの焦りは感じなかった。
どんな子守歌よりも優しい声だった。




