第10話 異端の魔導師
不意打ちを受けたにしてはアロットは冷静だった。
片膝をついて今の状況を分析し、店の中で驚いた表情で見つめるフェリシアを見て安堵した。
殴り飛ばされる瞬間、アロットはフェリシアの剣の柄を押さえるように触れた。
その意図が伝わったのかフェリシアは剣の柄に手をかけてはいるものの抜かずに状況を伺っている。
(抜く瞬間だったけどな)
アロットは冒険者というものを知っていたからこそ、ガレルの攻撃に反応できた。
フェリシアの方は完全に反射のみでカウンターを狙っていた。
ガレルよりもフェリシアの方が正直恐ろしい。
「連れの心配か?」
ゆっくりと、一歩一歩石階段を踏みつけながらガレルが店の中から出てくる。
アロットもゆっくりと立ち上がると腰に手を当てた。
お互いに十歩ずつ距離を取る魔術を撃ち合う決闘の間合い──ガレルはそれよりも近く歩み寄る。
互いに一歩で踏み込めば喉元に剣が届くような近さ、だが今はガレルもアロットも剣など持っていない。
「障壁は間に合わなかったように見えたが?」
ニヤつきながら近づくガレルは、攻撃を防がれてはいるものの確かな手ごたえを感じている様子だった。
ひらり。と、アロットは左手の掌を返した。
「なんなら腕一本で足りたな」
「ほう……?」
挑発的な物言いにガレルの眉がピクリと動いた。
魔力を込めた打撃。
それは本来ならば剣に込めて、間合いを詰めてきた相手を追い払うための防御手段だ。
(けど、こいつは違う)
魔力を剣ではなく己の拳に込めた一撃。
魔力が余分に流れず一番強い打撃を放てるが、やろうとする者はいない。
結局のところ魔術で遠くから、早く攻撃を仕掛けるほうが安全なのだから。
自ら敵に体を近づけて死に急ぐことなど馬鹿馬鹿しい。
「今度は本気でやってやるよ」
ガレルが肩を回す。アロットも腰を落として構えた。
それを見てガレルは不思議なものを見る目をした。
この魔術の世界に武道の構えなどあるわけがない。
アロットがフェリシアとの手合いの中で、あくまで自分なりに考えた体を始動させやすい姿勢にすぎない。
「なんだそりゃ?」
「俺もあんたと同じだ」
「ハッ! おいおい、本当に魔導師かよ!」
アロットの言葉にガレルは笑った。
冒険者は剣を持つが、魔導師は剣を持たない。
魔術で事を収める魔導師が魔力を込めた打撃など進んで使うことはない。
アロットの戦い方は魔導師としては異端だった。
乾いた風が吹き抜ける。
気づけば周囲の建物から二人の様子を見る人々が増えていた。
観衆は言葉を発することなく、ただ向かい合った二人の空気に飲まれていた。
ごくり。と、誰かが息をのむ音が聞こえた。
────その時だった。
「潰れろ魔導師!」
互いに踏み込み──地面を蹴り上げた。
間合いは刹那にて縮まり、同時に拳を繰り出した。
閃光。互いに込めた魔力が衝撃で炸裂、紫の火花が一瞬顔を見せた。
空気を焦がすほどの衝撃が両者の骨を伝う。
土煙を巻き上げ、観衆が思わず声を上げた。
「なんだと……?」
土煙が晴れると、ガレルの目は驚愕に見開かれていた。
自分よりも小柄な男、それも本来ならば魔力の込めた打撃などしたことがないような魔導師の若造。
そんな男が自らの拳と拮抗していた────否。
「馬鹿……な……」
押されていた。
「どうした?」
首筋に汗が伝うガレルとは対照的に、アロットの方はまだ余裕がありそうに見える。
そのアロットの赤褐色の瞳がガレルには気に入らなかった。
「オオォォォ!!」
雄叫びを上げ、ガレルは拳に力と魔力を込める。
それだけで今度はガレルの拳が押し始めた。
「こんなもんかよォ──ッ!?」
瞬間、ガレルの態勢が前のめりに崩れる。
倒れそうになったところを強靭な腹筋と背筋で持ちこたえ、勢いをつけて上体を起こした。
勝負は──そこで決まった。
「っ……!」
後ろ回し蹴り。
アロットの振り上げた踵がガレルの側頭部に触れる直前で止まっていた。
力で押し始めたガレルが態勢を崩したのは、アロットがわざと力押しに負けた為。
アロットの方は拳を引いた要領でそのまま回転し足を振り上げた。
「話を聞いてくれるか? ガレル」
その言葉に負けを悟ったガレルは舌打ちをしたものの、次の瞬間には笑みを浮かべた。
「お前……普通じゃないな?」
「あんたが言うな」
魔術の世界で拳で戦う異端の二人は、拳を交えて何かが通じ合った。
勝負に決着がつくと、周囲がざわめき始める。
「お前ら、席を開けろ。この魔導師と話をする」
「なっ!? ガレル! お前魔導師は話が通じねぇから喋るだけ無駄だって!」
「こいつは違う。イカレた馬鹿野郎だ」
「そっちのほうが話通じねぇだろ!」
真っ当なツッコミを入れる冒険者にアロットも「確かにな」と思った。
「何言ってんだ、冒険者には最高に誉め言葉だろう? 最高に面白い奴ってことだ」
そういって楽しそうに笑みを浮かべたガレルが店の中に再び戻っていくと、入れ替わるようにフェリシアが駆けつけてきた。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
「もしかして緩めました?」
何かに気づいたフェリシアの問い
その言葉にアロットは気まずそうに目を細めた。
「フェリシア、そういうのは──」
「あぁ!? なんだって!?」
アロットが忠告する前にガレルが店の中から再び帰ってくる。
「手を抜いてた……だと……? 野郎、こっちは大人な対応してやってるのに、あんま舐めたこと言ってんじゃあねぇぞ?」
「へ? あ、あれ?」
どすどすと、怒りをあらわにしながらガレルが距離を詰めてくる。
そこでフェリシアは自分がまた失言をしてしまったことに気づいた。
歩いてくるガレルがもう一戦仕掛けてくると思いアロットは身構えたが、よく見るとガレルは何か持っていた
「…………これで勝ったと思うなよ?」
「ん?」
そう言う彼の両手には酒の入ったグラスを持っていた。
ガレルは片方の酒をアロットの目の前で酒を飲みほした。
豪快な飲みっぷりだが、意図がわからない。
「は?」
「次はこいつだ」
「……は?」
一瞬何を言っているのかわからなかったが、アロットはゆっくりと状況を飲み込んでいく。
それはいわゆる飲み比べという…………。
察したアロットは面倒くさそうに頭を掻いた。
「アロット君? お酒飲んでる場合……なんですか?」
疑問に思うフェリシアの顔を見る。
その顔は少し疲れているように見えた。旅の疲れか、急に使命を背負わされたプレッシャーか。どのみち少し休んだほうがいい。
旅の疲れも取らないまま未知のモンスター討伐に向かうのは得策ではない気がしていた。
故に────アロットはガレルから酒の入ったグラスを奪い取ると一気に飲み干した。
「いいだろう」
「ア、アロット君……!?」
酒はあまり得意ではないがアロットは覚悟を決めた。
今は騎士の体を休めることを優先する。




