第8話 バルファローネ
「お初にお目にかかりますバルファローネ副師団長閣下。巡礼の騎士、フェリシア・ブレイクハートでございます」
まずフェリシアが丁寧に頭を下げると、アロットも魔導師団式の敬礼として胸に手を当てて挨拶をする。
「随行魔導師アロット・クランツです」
二人の挨拶を見て、バルファローネはフンと鼻を鳴らした。
茶色の髪と瞳、鼻の下に立派な髭を携えたバルファローネは、胸を張った堂々たる姿で二人を品定めするように目を細めて見ていた。
「ふん、巡礼の騎士か……魔術の使えない出来そこないが」
その言葉にアロットは少しピクリとしたが、部屋の中の違和感に気づいて怒りを抑え込んだ。
机の上にある灰皿には葉巻が置かれている。
火をつけた形跡はあるが、灰の先は黒く焦げていて今は完全に消えている。
それでも葉巻を吸っていたのは部屋の中に僅かに残る甘く重い匂いから間違いない。
そしてその葉巻を吸っていたであろうバルファローネは、大きく開いた窓の前で名残惜しそうに髭を撫でている。
(…………フェリシアが来るから火を消したのか?)
憎まれ口を叩いているものの、透けた気遣いに本心ではないような気がした。いや、吸いたい欲求というものを考えると、早く帰って欲しいという本音はあるのかもしれない。
と、隣でフェリシアが顔色を伺っていることに気づく。
バルファローネの言葉にアロットが僅かに反応したのが気になったのだろう。
アロットは何でもないように軽く肩を浮かして見せた。
「そんな目で見なくてもすぐに帰りますよ。バルファローネ副師団長」
「待てアロット、貴様何を言っている? 何を察した? 吾輩が呼んだのだぞ? 帰ろうとするな」
「はぁ」
バルファローネは慌てて手の平を見せて止めてくる。
その姿を見て悪い人ではないのだろうと、アロットもなんとなく感じた。
そう思った時だった。
「アロット様の仰りたいことはわかります」
「ん?」
バルファローネと二人の間で静かに佇んでいたシルリアが口を挟んできた。
「『こんな肥満体型で見るからに至福を肥やした豚のような男が魔導師団の副師団長だと?』そう思っていらっしゃるのですよね?」
「思ってないが」
まるで心の中を見抜いたかのようなドヤ顔で見つめてくるシルリアにはっきりと否定した。
声を低くして声マネをしているところが、アロットはなんだかイラッとした。
「アロット君!? 失礼ですよ!?」
「失礼なのはお前だよ」
小さな声で叱ってくるフェリシアを逆にアロットが叱った。
フェリシアにはアロットがそう思っていてもおかしくないと思われているらしい。
「アロット様の仰りたいことはよくわかります」
「わかってないだろ」
「アロット、その女の言う事は聞かなくてよい」
目を閉じて胸に手を当てるシルリアは、まるで良き理解者たる様を演じている。
「いいんですか? こんな無礼な奴をこんなところに置いておいて」
「何かと頼りになるのだ。言葉使いは悪いが」
「悪いのは『言葉使い』なんすか?」
バルファローネはもはや慣れたものだとでも言うようにアロットに対して忠告する。
交易都市の管理者であれば様々な客人、要人も来るはずだ。
その人達に対して無礼を働くメイドなど側に置いていいものなのだろうか。アロットは疑問に思っていた。
「安心して下さいアロット様」
「何がだ」
「バルファローネ様は『頼りになる』と、仰っておりますが、私の純潔は守られていますので決してそういうことでは────」
「黙れお前」
「アロット君!?」
思わず語気が強くなり、隣に居たフェリシアはびっくりしてしまう。
だが、子供の前でする話ではない。
「もうよい。貴様は少し黙っていろ」
「さーいえっさー」
主であるバルファローネの命令に面倒くさそうに返事をすると、シルリアは一歩下がって目を閉じた。
バルファローネは気を取り直して喉を鳴らすと、一つ息を深く吸い込んだ。
「本題に入る。貴様らを呼んだのは他でもない、最近ローインクレー近辺の森を徘徊している『とあるモンスター』についてだ」
事前にアルテから聞いていたのでフェリシアは騎士の役目として真面目に聞いている。
ただ、アロットは違和感をおぼえていた。
「それで俺達を?」
街を困らせるモンスターを討伐する。というのは確かに巡礼の騎士の使命としてはふさわしい。
しかし、街を守る魔導師団にもメンツというものがある。
魔導師になるべく鍛錬を積んだ。あるいは魔導師として市民を守る為の責任感を持った魔導師が、魔術すら使えない騎士にモンスターの討伐を任せるのには抵抗がないわけがない。
「アロット。貴様の言いたいことはわかる。だが、これはユリウスの──総師団長の命令だ」
「アルヴェイン総師団長の?」
ユリウスの名前を出した時、バルファローネは苦虫を噛み潰したような表情をした。
問題のモンスターをローインクレーの魔導師ではなく、巡礼の騎士による討伐を進める命令。
この街の管理者として、魔導師団の副師団長として、間違いなく納得がしていない決定をされている。
「何が『ちょうどいい』だ。あの若造が……」
ぽつりと呪詛を漏らすバルファローネの気持ちはアロットにはわかる。
その横のフェリシアは自分が頼られていると純粋に信じている。
「お任せくださいバルファローネ閣下。このフェリシア・ブレイクハートが、そのモンスターを討伐してみせます」
「…………ああ、そうだな」
フェリシアの言葉にバルファローネは目を逸らした。あくまで不満を抱いているのはユリウスに対してだ。
フェリシアは何の罪もないのでバルファローネは渋りながら承諾する他ない。
(まあ、ちょうどいい話だな)
バルファローネが漏らした言葉は恐らくユリウスが言ったのだろう。
魔導師でも苦戦するモンスター。
巡礼の騎士の存在を世に知らしめるのにうってつけの相手だ。
「そのモンスターについて教えて欲しいですね。バルファローネ副師団長」
ここで騎士の強さを証明出来れば、フェリシアが魔術を使えなくとも馬鹿にされることはなくなるかもしれない。
そんな前向きな考えでモンスター討伐の話に乗ることにした。
バルファローネは、ふむ。と、一度髭を撫でると机の上に置かれた一枚の報告書を手に取る
「まずモンスターの外見だが、白い毛で覆われた巨大な四足獣だ。だが、そのモンスターの背中には通常の四足獣ではまずない翼が生えている
「強靭な爪と牙を持つが、最も危険なのは尻尾だ。長い尻尾の先端はまるで剣のような形をしている。報告ではその剣で魔術を弾き、木々を薙ぎ払いながら振り回しているという話だ。
「モンスターに目はない。恐らく何かを感知して攻撃を仕掛けて来ている。まあ、魔力探知だろうが……逆に、そのモンスターはこちらの魔力探知に引っかからなかったそうだ。
「『白き異形』とでも言うべきか。そうだな……アルテ一等魔導師からの報告によると、貴様らはリゲル二等魔導師と既に会ったことがあるな?」
淡々と報告書を読み上げていたバルファローネが二人の顔を見る
「リゲル二等魔導師を隊長とした魔導師小隊でモンスターに接触した。報告によると、リゲル二等魔導師の魔術が一切通用しなかったようだ」
「一切?」
「それだけではない。アロット、貴様は魔力障壁を使えるな?」
「ええ、勿論です」
「白き異形の剣はリゲル二等魔導師の魔力障壁をいとも簡単に破り、その刃は奴の肩から胴にかけてを切り裂いた」
「そんな馬鹿な」
魔力障壁が高等技術とされているのは防御性能を保つのが難しいからだ。
それは同時に優れた魔導師である程破られることはないと言えるほどの魔術とも言える。
リゲルの階級を考えるとその辺のモンスターでは突破出来る筈がない。
そもそも魔力障壁の展開が間に合わずにやられることはあっても、障壁を上から破られ致命傷を負わせられるなど聞いたことがない事例だ。
「よく生きて帰ってこられたな……」
「あやつの魔術は派手だからな。目眩ましにはなったのだろう、部下を先に逃がして重傷を負ったがな」
その言葉にフェリシアが疑問を持ちアロットに耳打ちする。
「…………そのモンスターに目はないって言ってましたよね?」
「魔力探知に影響を与えたんだろ。あの派手な魔術をまき散らして」
目の前でコソコソと話しているのをバルファローネは黙って見て、会話が終わる頃にコホンと喉を鳴らした。
「アロット、貴様は魔力障壁を使わずに戦闘したことはあるか?」
バルファローネは何かを確認するように聞いてきた。
「実戦で言えば殆どないですが、フェリシア相手になら数え切れない程やってますね」
「…………本当にやっているのか」
バルファローネは信じられないものを見るように目を細めた。
魔力障壁は魔導師にとって当たり前の防御手段だ。それを使わずに戦闘するなどあり得ない。
バルファローネはユリウスからアロットの話も聞いていたので、その確認の為に本人に聞いたのだ。
それでもやはり信じられないものをみる目でアロットを見た。
「ならばフェリシアに剣を教えたのは貴様か?」
「まさか、剣なんて振れませんよ。フェリシアは自然と剣術を身に着けました。むしろ俺はフェリシアの真似した剣で受けることしか出来ないですよ」
「ふん、なるほど。騎士の素質か」
バルファローネがぽつりと呟いた。
フェリシアの剣術はアロットが教えたものではない。教えられるわけがないのだ。
この時代を生きる人々に剣術を教えられる人間などいない。
フェリシアはまるで剣を扱うのが当然の如く剣術を身に着けていっただけだった。
「前回の騎士もそうだ。誰からも教わっていないのに当たり前のように剣を振るった。あんな踊るような剣──剣術を見たことなど誰もない」
誰から教わるのではなく、血や本能に刻まれているとされる剣の才能──騎士の素質。
当の本人は魔導師達の話について行けず、ただただ緊張した面持ちで二人の話を聞いていた。
それでも話を要所要所噛み砕いて理解はしていた。
「魔術が通じない、魔力による防御が出来ない。つまり、私には何も問題はないということになりますね」
そう簡単な話ではないだろう。と、アロットは思う。
それはそうだが、だからと言って魔力のないフェリシアの攻撃が通じる保証などないのだから。
むしろ更に上の階級の魔導師を連れてくる方が無難だろう。
「そうだ。ユリウスも貴様が切り札になると言っていた」
その言葉を聞いてフェリシアは背筋を伸ばして真っ直ぐにバルファローネに蒼い瞳を向ける。
あくまで大人っぽく冷静に、凛とした声でバルファローネに応える。
「必ずやそのモンスターを討伐してみせます」
「まあ、待て。そう焦るな」
バルファローネはそう言って二人に近づく。
手をかざし、目を閉じると、詠唱を紡いだ。
「""蒼堅の加護よあれ""」
刹那、アロットとフェリシアの身体が青い光に包まれたかと思うと、その光はすぐに消えてなくなった。
「これは?」
「念の為だ。大体三日間はあらゆる毒を無効にできる」
「は?」
その答えにアロットは目を見開いた。
あらゆる毒を無効。そんな高度な魔術がこんな一瞬で掛けられるというのか。
蒼師位の名は伊達ではないというのが、この一瞬だけでアロットには伝わっていた。
凄さのわからないフェリシアは別の質問をバルファローネに投げかける。
「そのモンスターは毒も使うんですか?」
「念の為、だ」
「俺達が白き異形に出会う前にやられ無いためだな。森には別のモンスターもいる」
「そうなんですね。ありがとうございますバルファローネ様」
フェリシアが頭を下げている時、バルファローネは何かに気づいたようだった。
「………………ユリウスが言っていたのはそういうことか」
ぽつりと、呟いたその顔は酷く……悔しそうな顔をしていた。
「バルファローネ様?」
「なんでもない。もう良い、下がれ」
そう言われると、フェリシアは一度アロットの顔を見た。
アロットもバルファローネの反応は気になったが、下がれと言われたので素直に従うことにした。
「ああ、待て。もう一つ」
と、バルファローネが二人を止めた。
「森の中は複雑だ、冒険者を頼るといい。特に冒険者のリーダー格の男と一度話をしてみるのもありだろう」
「リーダー格?」
「ガレルという男だ」
「ええ、わかりました」
魔導師ではなく、冒険者を連れて……。
現在、冒険者たちは狩場への制限が掛けられている。
冒険者の不満を一度吐き出させる為にも、あくまで騎士の同行者として、一度森の中に立ち入らせてやろうという魂胆だろうか。
なにはともあれ二人はバルファローネの部屋を後にする。
頭を下げて立ち去る背中をバルファローネは見送った。
シルリアはゆっくりと目を開けると、バルファローネに問いを投げた。
「……いいんですか?」
「構わん」
「あ、いえ、そうではなく、私はもう喋っていいんですか?」
「貴様」
ふざけた態度のメイドに頭を押さえ、バルファローネはため息を吐いて椅子に座った。
シルリアは察してすぐに紅茶の用意に取り掛かる。
そういうところには気が利くので、バルファローネはもう呆れるしかなかった。
「しかし…………あやつらは、ずっとあの状態で旅をする気なのか?」
ぽつりと、そう呟くバルファローネの言葉の意図まではシルリアにはわからなかった。




