第7話 始まりの地
グランクレイグの街の中央にある魔術学院は中腹部分に教会がある。
アロットとフェリシアが出会い、そして旅立ちの場所でもあるそこは開けた庭園があり、魔術学院の上層を背後にしつつも広い空が眺められる場所だった。
中に祀られているのは四賢人の一人の石像。
このグランクレイグを造った偉大なる大地の魔術師達の師とも言われている。
その石像を見てアロットは呟いた。
「何て名前だったかな」
「はあー……これだから若いのは」
「同い年だろ」
「ヴラド様よ。四賢人の一人、地の始祖ヴラド」
そんなんだったか。と、アロットは記憶を辿る。
フェリシアはほえーと声を漏らしながら石像を見上げた。
間違いなく精巧な魔術で造られた石像だが、ヴェルナトの地下遺跡で見つけた石像と比べると劣る。
そんなことを口にすればフィルに怒られるのは間違いないのでアロットは何も言わない。
「四賢人はやっぱり四人いるんですか? 本当は四元素を使えた最初の一人という話もあるんですよね?」
「確かにそういう説もあるんだけどね。……こういうところでは言ってはダメよフェリシア」
「え? は、はい。気をつけます……」
「別にいいだろ。拝みに来る奴なんていないんだし」
「貴方は呪われてしまいなさい」
「シスターが教会で言うセリフか?」
魔術の祖と言っても、今は信じる人も少ない。
学生達は図書館で魔導書を漁るし、一般人はこんなところにわざわざ来ることもない。
偉大なる大地の魔術師は今も魔術名家としてその血筋を残し、グランクレイグの人々もその末裔と信じているが、四賢人まで崇める人間は少ない。
そもそも四賢人に関する文献が少ない。功績の残っている大地の魔術師達の方が、魔力から""魔術""を見出したとされ尊敬されている。
「たまにいるわよ、少ないけれど。ヴラド様が魔力から大地の力を見出したとされているのだから」
「まあ、結局いろんな属性の魔術を使うから火の魔術とか得意な奴は興味ないよな」
「……言っておくけど、ここに来ないだけでちゃんと信じている人たちはいるからね? 貴方があまりにも興味なさ過ぎるだけなのよ」
「わかってるよ」
四賢人。今となっては存在すらも怪しい。
全ての人がモンスターだとしたら……四賢人とはいったい何なのか。
どこか、他人事ではないようで胸の奥がざわついていた。
「アロット君って私に何を教えてくれたんでしたっけ?」
「なんで急にそこに疑問を持った?」
「いえ、改めて知らないことが多いなーって思っただけです」
「いろいろ教えただろ……教えたよな? 一応教育係だったし」
「あんまり覚えてませんね」
「それは俺が悪いのか?」
言われてみると、確かにフェリシアの剣の相手をしていたくらいで特に何か難しいことを教えていた覚えがない。
文字や最低限の常識は殆どフィルが教えていたのだから。
「あ! そういえばまだ使ってるんじゃないでしょうね!?」
「なにがだ?」
「クサリバネよ! 貴方の拘束魔術! まだフェリシアに掛けてるんじゃないでしょうね!」
「もう使ってねぇよ」
「本当かしら」
「俺にしか」
「それはなんでよ!? 変態なの!?」
「フィル、アロット君は変人なだけで変態ではないです」
「フェリシア?」
容赦のないフェリシアの言葉に何故だか今は少し嬉しくなる。
もう気を遣うこともない。今まで通りに生きていることを実感する。
「あり得ないのよ。こんな幼気な少女に拘束魔術を掛けて生活させるなんて! 虐待よそんなの! 魔導師は何してるのよ!」
「俺が魔導師だ」
「もう終わりよこの魔術都市!」
「結果的にフェリシアがドラゴンを倒せるくらいにまで成長したんだからいいだろ」
「そうですね。私もいいと思います」
「フェリシア! ダメよこんなのに慣れたら! 一緒にフリフリのドレスでも着て踊りましょう!」
「フェリシアはともかく……きつくないか?」
「死になさいアロット」
「シスターが教会で言っていいセリフか?」
フィルはフェリシアを強く抱きしめると頬と頬をくっつけた。
フェリシアは困惑しつつも嬉しそうにしている。
二人の姿にアロットも小さく笑った。酷い言葉を言われてはいるが、これだけフェリシアのことを思ってくれている人がいることに安堵する。
「そうですね。旅から帰ってきたらそうしましょうフィル」
「旅……。ねぇ、フェリシア。まだ旅は続けるの?」
「はい。それが私の役目ですから」
笑いながらフェリシアが答えると、フィルの瞳はその蒼い瞳に吸い込まれた。
「変わったね。フェリシア」
「そうですか? わっ──」
再びフェリシアを強く抱きしめる。
「もういいだろ。その質問なら既に飽きる程聞いた」
「貴方はもう少し空気を読みなさいよ」
「仕返しだ。もういいだろ、俺達は霊峰を登って帰ってくる。それだけのことをするだけだ」
「そうですね。フィル、私のことなら心配いりませんよ」
離れると無邪気な笑顔を見せる。
目尻に浮かんだ涙を拭って、フィルはアロットを睨みつけた。
「絶対に死ぬんじゃないわよ」
「俺の心配もしてくれるのか」
「っ──貴方が死んでもっ! フェリシアが悲しむでしょうが!」
「そうですよ! 私を泣かせないためにもアロット君が命を投げだすようなことはもうダメですからね?」
「わかってるよ。わかってるから」
掌を見せてアロットは二人の声を受け止める。
自分が何者かなんてどうでもいい。
必ずここに帰ってくる。と、そう胸に誓った。




