第6話 シスター
吹っ飛ばされた先でアロットは立ち上がる。
周囲にいる人々が何事かとざわつき始めるが、アロットは土埃を払いながらなんでもないことを伝える。
フィルを睨みつける……というよりかは、呆れた顔で目を細めながら歩み寄る。
「空気読めよ」
「アロット・クランツ。フェリシアには手を出してないでしょうね?」
「出してねぇよ」
「嘘をつきなさい! 今さっき手を握っていたでしょう!」
「手握っただけで興奮しすぎだろ。思春期か?」
「というか! なんでそんなに元気そうなのよ! おもいっっっっきり蹴り飛ばしたのに!」
「ドラゴンに比べたらしょぼいもんだ」
「それはそうに決まってるでしょうけど!? って、ドラゴン?」
フィルはアロットを何度も指差しながら声を上げる。
恐らくこの街で──否、この世界でアロットを一番嫌っている女性。
フェリシアの面倒を見ていたフィルは巡礼の旅に反対していた。
随行魔導師であるアロットを嫌っているのは、アロットがフェリシアを無理やり旅に連れて行こうとしてるように見えたから。
(いや、俺がフェリシアに拘束魔術を掛けていたのが大きいだろうな)
フェリシアを鍛える為、まだ十歳未満の子供に拘束魔術を掛けていた。
悪魔の所業。フィルは全力で非難したが、アロットはその度に適当に聞き流していた。
「つーか、魔導師を蹴り飛ばすとかどういうことだ? 捕まえてもいいんだぞ」
「街の中で攻撃魔術を使うのは禁じられているじゃない」
「蹴りならセーフだと思ってんのかよ」
「魔術の鍛錬をしていたら身体が滑ったのよ」
「あぁ? 口も汚きゃ身体汚ねえってことか?」
「アロット・クランツ。あなたを殺すわ」
「どうして二人はすぐ喧嘩をするんですか?」
睨みあう二人を見てフェリシアが遠い目をしている。
二人が自分のことで喧嘩しているのは昔からなのだが、気づけばフェリシアのことなど忘れて言い合っていることが多いのも事実だった。
「無駄に魔術を使いやがって、""追い風の歩法""だろ」
「流石に知識だけは立派ね」
アロットはフィルの身体に風が纏っているのに気づいた。
「なんですかそれ?」
「身体を羽毛の如く軽くし、速さを得る風の魔術だよ」
「強化魔術ですか?」
「まあ、そうなんだが……あんまりいい魔術とは言えないな」
「それってどういう────」
突如、フィルを纏っていた風が牙を剥く。
纏っていた風は無数の刃となりフィルの全身を傷つけた。
「!?」
大した傷にはならないが、突然の出来事にフェリシアとフィルが驚愕に目を見開いた。
その様子を見てアロットは「あーあ」と声を漏らし、フィルは堪らず膝をついた。
「な、なにこれ!?」
「そのまんまだ。""追い風""って振り向けば""向かい風""になるからな」
「すみません。私にもよくわからないんですが」
「""追い風の歩法""は動いている間は使用者の力になるが、立ち止まったり後退しようとすると途端に使用者を傷つける。諸刃の剣というやつだな」
一応、魔術学院で学ぶ魔術だが使い勝手が悪いので自分自身に使う者は少ない。
正し人間サイズだと反動は大きいが、小さな翼獣などの使い魔に使用する程度の軽度な魔力なら、反動も少なく運用できなくもない。
アロットの受けた蹴りの威力を考えるに結構な魔力を込めていた。
ため息を吐きながらアロットはフィルを治癒する。
纏っていた風は消滅し、幸いなことに皮を薄く切る程度に収まっている。
「フィルは何故そんな魔術を使ってるんですか?」
「……私もフェリシアの力になりたかったもの」
「私の?」
「強化魔術を使えるようになれば、私がフェリシアを支えられるって思ったのよ」
「なんでそっちの方向に進んだんだよ」
アロットは乱暴に頭を掻いて舌打ちをした。
フィルはフェリシアが騎士になるのを止めていたというのに、何故か自分も随行魔導師のようにサポートに回るなどと言う。
何故そうなったのかが理解できなかったが、ユリウスから聞いた話を思い出した。
「知ったのか。騎士にならなかった魔力のない少女のことを」
こくり。と、静かに頷いた。
フィルもアロットと同じくらいの年齢だ。二代前の騎士になる予定の少女のことは知らなかった。
(だが、グランクレイグの孤児院は騎士の子の面倒を見ている。その情報はもっと早くに知っていてもおかしくはないはずだ)
一般人よりも騎士に触れる立場にあるというのに知らない事実。
やはり、自ら命を絶ったという悲劇の他に、何かが意図的に隠されている気がしてならない。
「だから、フェリシアが騎士として活躍することが……みんなが認めてくれるようになる程強くなれば──」
「そういう話ならそれはもう大丈夫だろ」
「……へ?」
「聞いてないのか?」
「な、なにをよ?」
「フェリシアはドラゴンを叩き斬ったし、ラディアメルクを未知のモンスターから救った。もう、誰も騎士をいらないとは思ってないだろ」
目をパチクリとさせ、フィルはフェリシアの顔を見る。
フェリシアは複雑な顔で口を噤んだが、もう面倒になったのか観念したように目を細めた。
「そうですね。私がやりました」
「え? え?」
「ドラゴンも倒しましたし、ラディアメルクも救いました」
「ということだ。なんで知らないんだ?」
「え、いや……強化魔術を習得するために修行してたから……」
「山にでも籠ってたのかよ」
「あとはアロットに呪いを掛けようと儀式の準備を……」
「それは今すぐにやめてくれるか!?」
あまりにも恐ろしい企みを計画されていて思わず声を上げた。
そこまで嫌われているのは悲しくなるが、旅立ちの前の自分はもっとそっけない態度を取っていたことを思い出した。
印象が悪くて仕方ないと思うと少し優しくしようと胸を押さえた。
「だ、だいたいおかしいじゃない! なんで強化魔術も使えないのに随行魔導師に選ばれたのよ!」
「それはだな」
アロットにもよくわからない。だからこそ、魔王に聞きに行こうとしている。
と、そこでフィルの服が破けていることに気づいた。
「フィル。俺は傷は治せるんだが、服は直せない」
「……は?」
静かに、怒らせないように言うとフィルはゆっくりと自分の姿を見る。
魔術の反動により白いローブが破けており、そこまで派手にやられてはいないが肌色が増えている。
「~~~~っ!!」
顔を真っ赤にしてフィルは再びしゃがみ込む。
厚手のローブのおかげか、生身にはあまり傷がついていない。
「変態!!」
「俺のせいなのか?」
間違いなくアロットのせいではないが、外野から見ると疑わしい。
傷だらけの女性の前で偉そうに見下ろしている男の姿は、周囲に怪訝な顔をさせるには充分だった。
「……場所を変えるか?」
「そ、そうね。一時休戦とするわ」
「勝負は付いてるだろ」
「こんのっ……!!!」
「少しは落ち着けよ」
「今のはアロット君の言い方も悪くないですか?」
冷えた目でフェリシアは二人のやり取りを傍観している。
「なんか、アホらしくなってきたな」
「ふふ、本当ですね」
さっきまで悩んでいた事ももう面倒になってしまった。
フェリシアも楽しそうに笑っている。
今は、それでいいのかもしれない。




