第5話 手
グランクレイグの街の中央の噴水広場でアロットは背伸びをした。
街の中の景色は平和そのもので、走り回る子供達や世間話をする大人達で賑わっていた。
グランクレイグの摩天楼を見上げる。
生まれ故郷の見慣れた景色は何故か窮屈に見えた。
まるで牢獄の中に閉じ込められているような圧迫感は、外の世界を見てきたからだろうか。
それとも……
「ここで旅をやめてもいいんだぞ、フェリシア」
フードを被り、目立たないように俯いているフェリシアが背後に立っていた。
ここにいる全ての人間がモンスターなのかもしれない。
それはあくまでアロットが提唱する世界の真実なのだが、フェリシアもどこか確信を得ている。
彼女にもまた、最初の騎士──アリアの記憶がある。
「……やめませんよ」
ギロリ。と、力強くアロットを睨みつけた。
思っていたのと違う反応だった為、アロットは目を丸くしてしまう。
「私を舐めないでくれます?」
「なんでそんなに怒ってるんだよ……」
「怒りますよ。アロット君は……私がその程度のことで旅をやめるとでも思っているんですか」
「だが──」
アロットの手を、フェリシアが力強く握りしめた。
「貴方は私の魔導師なんですから! 最後まで私に付いてきてもらいますからね!」
蒼い瞳がアロットを見上げた。
今にも泣きそうで、その心はまだ揺らいでいるようにも見える。
それでも騎士は魔導師の手を取った。
「別に今からでも他の魔導師に変えてもいいんだぞ」
「引っ叩きますよ?」
「そう言われるとな……」
ラディアメルクで受けた強烈な一撃を思い出し、アロットの顔が引き攣った。
その代わりに、フェリシアはアロットの手を力強く握りしめる。
「本当はアロット君も信じたくないんでしょう?」
「…………何をだ?」
「冷静に見えても、本当はアロット君は信じたくない。だから、強引にあの結論を出したんです」
蒼い瞳が見つめてくる。
苦しそうに……優しく、アロットの心に語り掛けるように言葉を紡ぐ。
「自分だけがモンスターだと思いたくないから」
「そんなことは…………」
ない。とは、言い切れなかった。
ずっと胸の奥が締め付けられ、足の感覚が遠のいた不気味な浮遊感を覚えていた。
否定できなかった。
自分自身がモンスターだということは気づいていたが、それを他の人間もそうだと言ってしまうには強引な答えの導き方だった。
自分だけが化け物ではないと、そう思いたかった。
「俺は……今の俺が俺なのかもわからない」
自分の中に何者かが影に潜んでいる感覚。
それもまた自分自身であり、アロット・クランツという存在を人形のように動かしている気がしてならない。
自分自身を見失わないように拳を握って、指先に籠る熱を確かめる。
「大丈夫ですよ。アロット君はアロット君ですから」
「けど……」
「アロット・クランツという一人の人間ですよ。この手が……このぬくもりが証明してくれます」
「そんなものでか?」
「はい。今、私が決めました」
「なんだそれ」
意味わからないが、意味など必要ないかもしれない。
今はただ、純粋無垢なフェリシアの笑顔が深く胸に刺さった。
「この手を離さないでください。私が貴方を導きますから」
「どこにだよ」
「さあ? どこまでも、じゃないですか?」
「なんだそれ」
きっとフェリシアは何も考えていないだろう。
何も気にしていないのだ。
今までと変わることがない。
「旅をしたからこそ、見てきたからこそ言えますよ。この世界には多くの人が生きていると」
「……そうだな」
たとえ元がモンスターだとしても、今は人として生きている。
だったら、どうでもいいじゃないか。
ユリウスに言った時は強がりだったが、フェリシアに言われて自分でも飲み込めた。
アロットはフェリシアの手を握り返した。
強く、離さないように……握りしめた。
「えへへ」
「なんだよ」
「顔が赤いですよ?」
「赤くねぇよ。ってか、フェリシアの方だろ」
「あ、赤くないですよ……」
お互いに顔をそむけた。
それでも決して手は離さなかった。
「アロット君」
「なんだ?」
「もう、私に気を遣う必要はないですから教えてください」
深く息を吸って、フェリシアはもう一度アロットの目を見つめる。
「貴方が気づいた……『騎士』についての真実を」
力の籠った蒼い瞳が見つめてくる。
アロットはまだ騎士について、騎士が生まれた理由について話していない。
「私が──いえ、魔力を持たない存在が何故生まれるのか。それも理由があるんですよね?」
「それは────」
深く息を吸って、アロットは自身がたどり着いた答えを口にしようとする。
躊躇いはなかった。フェリシアなら大丈夫だと思った。
その言葉は────
「アロット・クランツーーーー!!!!」
突如、割り込んできた乱入者の声にかき消された。
「え!?」
刹那の勢いで飛来した両足がアロットの横顔に突撃する。
ドロップキック──もちろん、魔術ではない。
衝撃によりフェリシアから手を離し、アロットの身体は地面を滑って吹っ飛んだ。
フェリシアの目の前には代わりに一人の女性が華麗に着地を決めた。
「え、フィルですか?」
「フェリシア! 無事!? ケガとかしてない?」
「だいじょう──」
フィルと呼ばれた女がフェリシアを抱きしめた。
顎下くらいの金髪に金の瞳、金糸の装飾の施された白いローブを身に纏った女性。
フィル・フィアメル。かつて孤児院でフェリシアの面倒を見ていたシスターである。




