第4話 魔
「アロット……君は……」
手の平から黒い血を流すアロットを見てユリウスの首筋に嫌な汗が伝う。
黒い血はモンスターの証だ。どれだけ人に似たモンスターでもその黒い血がモンスターの証明になる。
その黒い血がアロットから流れていた。
「俺だけならいいんですけどね」
アロットは窓に近づいて手の平を太陽の光に当てる。
瞬間、アロットの手に熱を帯びた痛みが走る。
焼ける音と共に黒い血が蒸発すると、手の平からは再び赤い血が流れた。
「アロット君……? それは、どういうことですか?」
「俺だけがこうならいいんだけどな。けど、多分そうじゃない」
手の平を握ったり開いたりしながらアロットは呟やく。
治癒魔術で傷を塞ぐと、アロットは一息ついてフェリシアの方を見た。
蒼い瞳はいつものように輝きを取り戻している。
「フェリシアが反応したってことはそうなんだろうな」
アロットの瞳もいつものように赤褐色の瞳に戻っていた。
フェリシアは剣から手を離すが、それでもアロットを警戒している。
その隣でユリウスが自らの手の平に小規模の風刃で傷つけた。
「ユリウス様!?」
「アロット、君が言いたいのはこういうことなんだろう?」
ユリウスの手の平からは赤い血が流れる。
人の証明たる赤い血だが、ユリウスは浮かない顔をしていた。
「ええ────この世界の人類は、皆モンスターだってことですよ」
あくまでアロットの中で辿り着いた世界の真実。
だが、はっきりと目に映った証拠にユリウスもフェリシアも言葉を失っていた。
「あ、あり得ません! だって皆さんは……アロット君は……」
「なら、僕も君と同じようにすればわかるんだな」
「ユリウス様!」
ユリウスがアロットと同じように自らの血を舐める。
その手の平から溢れる血は…………赤いままだった。
「…………アロット?」
「ああ、多分こうなるのは俺だけだと思います」
「……僕は無駄に出血したのかい?」
「そうですね。なんでいきなり手を切ったのかと……びっくりしましたよ」
「アロット?」
ユリウスの血は赤いままだ。
少し緊張感が抜けて溜め息を漏らしながらユリウスは手を治した。
「ヴェルナトでエリオットという魔術使いに会いました。彼の扱う強化魔術は潜在能力を呼び起こすというものです。俺もその魔術を受けて、更に自分のものにしました」
「君の体質か」
「そうですね。その後ラディアメルクでのリヴァイアサンの時に一度、フーゴーからローインクレーの間で一度……これは後で説明しますが、とにかく二度使用しました」
「その魔術によって君の内なる……モンスターとしての力が呼び起こされたと?」
「俺は元々の体質もあって自分に合う魔術に変換されるんで、その影響もあるかと」
「それがこの世界の人間全てがモンスターだという確証はどこで得たんだい」
目の前の事実を受け止めつつ、ユリウスは覚悟を決めて問い詰める。
「さっき親父から聞いた時ですかね。俺がどこかで拾われた子供とかだったら、まだ俺だけが化け物と納得できたかもしれないですけど」
「アロット君……」
「そして、ラディアメルクでリヴァイアサンは俺達に通信魔術を使って声を届けてきました。その言葉は俺達の言語ではないですけど、多くの人が『裏切り』という言葉に聞こえています」
「ああ、クウィン副師団長から聞いているよ」
「俺は思うんですよ。あの『裏切り』というのは人の姿をした俺達に向けて言葉なんじゃないかって」
何らかの方法でモンスターから人になった自分たちを忌み嫌う。
モンスターは本能的に人を襲うとされているが、その原因はこの成り立ちが原因なのではないかとアロットは推測していた。
「モンスターが人を襲う時、強い憎しみのような……いや、嫌悪感のようなものを抱いているのは、ずっと不思議に思っていた。モンスターにやられた遺体の損傷はどれも原型をとどめないほどに酷いものだ」
「まあ、あとは……フェリシアの反応ですかね」
「私……ですか……?」
気まずそうにアロットは言葉を選ぼうとする。
フェリシアは情報に追いつけていないのか、瞳の奥が震えていた。
「フェリシアの魔を断つ力は聞いていますか?」
「……それもクウィン副師団長から聞いている」
「その力は今はコントロール出来ていますが、以前は無意識のうちに発動していました。対象はモンスターと──魔導師です」
「ちがっ……! 私は──!!」
「落ち着けフェリシア。お前は悪くない」
「私は…………」
焦燥に満ちた顔でフェリシアは瞬きすら出来ずにいた。
声も少しずつ小さくなっている。
黒い血を流したアロットに、本能的に剣を抜こうとした。
その自分に酷くショックを受けていた。
「そして、白き異形には発動していなかった」
「魔力を持たない存在だから……ということか。だからといってこの世界の人類全てがモンスターというのは突拍子すぎると思うけれどね」
「そうですね。だからもう直接聞きに行こうと思うんですよ」
「魔王か……」
巡礼の騎士と随行魔導師を任命した彼なら知っている。
それはもはや確信に近い。
「正直もう俺も考えるのが面倒になったんで聞いてしまったほうが早いなと」
「急にバカの解決方法にならないでくれるか?」
「ぶっちゃけ、どうでもよくないですか? この世界の人間がモンスターだとしても、わざわざそれを自覚させる必要もないでしょう」
アロットは頭を掻いて溜め息を吐いた。
「ヴェルナトの地下遺跡には『転生』という言葉が刻まれていました。その真意はわかりませんけど、その言葉の通り俺達は今は人として生まれ変わってこの世界に存在しているなら、別にそれでいいと思うんですよね」
面倒くさそうにアロットは目を細めた。
この世界の人々が元はモンスターだろうと、既に文明の中に生きているのなら。
それでいいのではないか。
「それがアリアの夢なんだから」
「アリア? それは……」
ユリウスの問いには答えず、アロットは自分の手を握って拳を見つめた。
「少しずつ分かってきたんですが、俺の元のモンスターは太陽の光を苦手として、影も残さず、鏡にも映らない。間違いなく強大なモンスターではあったはずなのに、変に弱点と呼べるものが多いんですよ」
「そこまで自覚しているのか」
「ええ、そんで人の血を吸って力をつける。今の俺は都合がいいと思いませんか?」
へらり。と、笑いながらアロットは語る。
今のアロットは人の血を……自らの血を舐めるだけでモンスターの力を呼び起こすことができる。
その後は時間経過か太陽の光を浴びることで人の状態に戻れる。
「モンスターを人へと転生させる。俺の元になっている奴は、多分その計画の首謀者の一体だと思うんですよね」
「君は何故、そこまで冷静に分析できる。何故、この事実に辿り着いて正気でいられる」
「………さあ? なんででしょうね」
アロットはぱん。と、手を叩いた。
「ということで、こんなことはどうでもよくてですね」
「待て待て待て待て。君はどうでもいいかもしれないが、僕は……もう少し状況を整理させて欲しい」
「そこら辺は詳しい人と話し合ってくれますか。俺は魔王を問い詰めたいんすよ」
「…………わかった。だが、魔王に会うには許可がいる。僕以外の六賢人の許可が」
「わかってますよ。しばらく時間を潰します」
アロットはそう言うと部屋から立ち去ろうとする。
フェリシアの横をすれ違う時、彼女の顔を見て言葉を詰まらせた。
どこか怯えたような蒼い瞳がアロットを見上げていた。
「あ……」
「行こう、フェリシア」
振り返らずに、アロットは部屋から立ち去った。




