第3話 真相
魔導師団本部の総師団長室へと足を踏み入れる。
広い部屋には大きな執務机があるだけで他には何もない。
殺風景な部屋の中を見てフェリシアは目をパチクリとさせた。
「なんだか……なにもない部屋ですね」
「まあ僕はここには殆どいないからね」
「そうなんですか」
「だってここまで来るのが面倒だからね。基本的には他の部屋にいるよ」
「それはそうですけど。え、あの長い階段しかないんですか?」
「上るだけで七、八分はかかるから時間の無駄だしな」
フェリシアやアロットならともかく、普通の魔導師達にいちいち登る体力を求めるのは酷な話だ。
高い建造物の並ぶグランクレイグは偉大なる大地の魔術師の街だが、基本的に魔術使いには優しくない。
(まあ、この街のこういうところも含めてグランクレイグの魔導師は根気があるというか、プライドが高いというか)
苦労した分の成長──報われるべきだと考えるのは人の性だ。
想像力が直結する魔術において、そういった負に近い感情も強さの秘訣となる。
「ま、だからこそ。この部屋には誰もこないってことですね」
「結界も張らせてもらってるからね。そういうことだ。それじゃあアロットの話を聞かせてもらおうか」
「いや、その前に一つ聞いていいですか?」
「なんだい?」
自分の話をする前に一つ確認したいことがあった。
「騎士について、一つ確認したいことがあります」
「騎士か……何を知りたいんだい?」
「単純に、何故騎士を死なせる文化があるのかという話ですよ」
魔力がない。それだけで殺す必要はあるのか。
なによりも迫害するわけでもなく、巡礼の騎士として盛大に見送るこの文化はおかしいところしかない。
「巡礼の騎士の文化は遥かに昔から存在する」
「異を唱えるものは誰もいなかったと?」
「いたさ。そうか……、アロットくらいの歳だと知らない人が殆どかもしれないな」
「何をです」
「二代前の……騎士になる予定だった魔力を持たぬ子供だ」
「騎士になる予定だった?」
魔力を持たない子供に騎士の使命が与えられる。
だが、騎士になる予定だったということは、騎士にならなかったのか、それともさせなかったのか。
「騎士になるには条件があるのか?」
「いえ、私は何も……。ただ『適性がある』ということは言われましたが」
「その子供にも『適性』はあったさ。魔力を持たないというね。バルファローネから後から聞いた話では全くないというわけではないようだが」
「それはフェリシアとは違いますね」
「どういうことだい?」
「バルファローネ副師団長の話じゃフェリシアには全く魔力がないみたいですよ。だからフェリシアは今までの騎士と違うって」
「なるほど……」
ユリウスは腕を組んで思案する。
ユリウスも優れた魔導師だが、バルファローネ並の魔力探知はない。
イオナならわかるかもしれないが、彼女は比較すべき他の騎士を見たことがない。
(いや、白き異形になる前の騎士を一度だけ見たことがあると言っていたか)
もっとも、その子が騎士と言うのは誰も教えていない。
もう少しイオナと深掘りするべきだったかと思ったが、大した影響もないと割り切る。
「……話を戻そうか。君達の想像通り、我々は──グランクレイグの人々はその少女を巡礼の騎士として見送ることはなかった」
ユリウスの顔に影が差した。
「ある若者が引き止めたんだ。そして、巡礼の騎士の文化は間違っていると。こんな少女に旅をさせ、あまつさえ誰も登頂したことのない霊峰へと向かわせるなどおかしいとね。
「それから彼女はグランクレイグの中で生活した。魔術の使えない彼女でも出来ることを探して日々を過ごしていたが……。結局、他人に世話をされる日々が続いていたよ。
「それでも僕らは苦ではなかった。もとより弱い者に手を差し伸べることを美徳としている、誇り高いグランクレイグの魔術使いの性格もあるだろうね」
それこそ魔術の使えない人間が何人もいれば違っただろうが、少なくともユリウスの話からしてその時は何も問題はなかったのだろう。
一つ、空白を挟んでユリウスは拳を握りしめた。
「だがある日、彼女は────自らの命を絶った」
話は突如急転した。
アロットもフェリシアも言葉を失う。
「な、何故ですか!? その子はなぜ……」
「わからない。もしかしたら自責の念に駆られて……という意見が多い。優しい子だったから、自分が周りの人間に支え続けられなければ生きていけないと察したのだろうと。ね」
「そ、そんな……」
「結果として彼女は一番苦しむ死に方をしてしまった。だから、巡礼の騎士としてせめて華やかに見送った方が彼女の為なのではないかってね。その答えは今もわからないが……」
フェリシアとユリウスが重苦しく顔を顰める中、アロットは冷静に分析していた。
確かに自責の念というのもあったかもしれないが、それだけではない可能性が高い。
「もしかしたら、その子は気づいたのかもしれないな」
「…………何をだ、アロット?」
「騎士が白き異形になることを」
単刀直入にユリウスに言い放つ。
青銀の瞳が大きく見開かれるも、どこか納得したように目を細めた。
「やはり……そうなのか?」
「心当りがあるんですね」
「何か隠されているとは思っていた。彼女の遺体は直ぐに火葬されたと聞いているからね」
「それは妙ですね」
ユリウスとアロットが腕を組んで思考を張り巡らす。
その横でフェリシアは違和感の意味を理解出来ていなかった。
「どういうことですか?」
「グランクレイグでの遺体は結界の張られた霊安場 に保管され、その後は大棺に纏められる。数日後に数名の魔導師によって骨も残らない大火に焚べられる。街中が祈り、死者を弔う大火葬だ」
「では……その子の遺体は大火葬ではなく」
「火葬を執り行ったのは魔導師でもない。僕の知る限りではそんな話は出なかった」
「アルヴェイン総師団長殿の知る限りでは──ですね。そもそも、その時は総師団長ではなかったのでは?」
ユリウスが総師団長になって十年も経っていない。
前回の騎士の更に前となれば二十年近く前の話だろう。
「前回の総師団長……今は副師団長でしたよね」
「ラボラスか。彼も知らないとは言っていた。恐らく僕の予想では、これには六賢人が関わっている」
「六賢人? 四賢人なら聞いたことがありますけど……」
「グランクレイグにある優れた魔術使いの家系である魔術名家、その中でも高位の六家をそう呼んでるんだ。その魔術の祖と呼ばれる四賢人を真似てな」
溜め息交じりにアロットは説明する。
プライドの高い魔術使いの中でも選りすぐりにプライドが高い連中。
一般人では会えることもない雲の上の魔術使い達と言える。
「表舞台には出てこない魔術使い達だよ。彼らに認められて初めて魔王の称号を得られる」
「魔王も表には出ないじゃないすか。どうも胡散臭いな……アルヴェイン家とバルファローネ家はともかくとして」
「え、ユリウス様はその六賢人の……?」
「そうだね。アルヴェイン家、バルファローネ家、あとは魔導師団に所属しているのだとハーシェイド家もそうだね」
「ハーシェイド?」
「さっき言ったラボラス副師団長の家だな。ラボラス・ハーシェイド」
何か重要なことが秘匿されている。
三人が同じことを考える中、アロットは頭を掻いた。
「まあ、いいや。それはアルヴェイン総師団長に任せます」
「なんだって?」
「騎士が何だって話は俺はもう魔王に直接聞きに行きますから」
「なに?」
「あの男が随行魔導師と騎士を任命したんだから会いに行って直接聞いたほうが早い」
アロットは手のひらを見つめると深呼吸をする。
今からやることを騎士と魔導師団の総師団長に見せるのはある意味命懸けだ。
それでも、アロットが辿り着いた真実を証明する必要がある。
決意を固め、アロットは自身の手に向けて魔術を放つ。
破斬星。アロットの手のひらの皮を浅く斬り、赤い血が滲み出す。
「アロット君? なにを──」
自らの赤い血をアロットは舌で舐め、喉を鳴らす。
ぞくり。と心臓が深く沈み込んだ。
強化魔術に似た感覚の後、アロットはゆっくりと目を開いた。
血のように赤い瞳が開く。
「アロットそれは──!?」
ユリウスが驚愕に声を上げる。
フェリシアは思わず腰の剣に手をかけてアロットから距離を取った。
赤い瞳────否、そんなものよりもアロットの手の平に二人の視線は吸い込まれていた。
「これが……この世界の真実だ」
アロットの手の平から黒い血が零れ落ちた。




