第2話 父親
ユリウスの後ろを歩きながらグランクレイグの街並みを眺める。
高い家々のベランダから顔を出してこちらを眺めているものも多く、生まれ故郷なのに居心地が悪い。
ユリウスとフェリシアがすれ違う人に手を振りながら歩いている後ろで、アロットは静かに団服のフードを被ってやり過ごすことにした。
「なんで自分は関係ない。みたいにしてるんですか」
「大事な話があるんだよ。その前にこんな注目浴びてたら落ち着かない」
「アロット。フェリシアが英雄なら、随行魔導師である君も英雄だ。それ相応の対応をとってもいいんじゃないか?」
「すみませんね。俺は繊細な生き物なんで」
「え、どの口が言ってるんですか?」
「そろそろ傷つくぞ?」
容赦ないフェリシアの一言にアロットは睨みつけて返した。
アロットが顔を隠すのは他にも理由がある。
昔から目立つ人間ではないので、人から好かれることも嫌われることもないのだが、随行魔導師になってからは明確にアロットのことを嫌っている人間がこの街にはいる。
関わると面倒なので、それも含めて顔を隠した。
「それで、今は何処に向かってるんですか?」
「魔導師団本部だよ。僕の部屋で話そう」
「あのアホみたいにデカイ建物の最上階だな。まあ、ちょうどいい」
「あ、ユリウス様。この魔導師は今、偉大なる大地の魔術師の創造物を馬鹿にしましたよ」
「はっはっ、牢屋にぶち込んでしまおうか」
「楽しそうだな」
頭の中を整理しているアロットは気が重い。
ポケットに手を入れながら猫背で歩く姿は、前の二人とは対象的なものだった。
そんなアロットを見つけて────
「アロット!!」
道の脇から一人声を上げた。
男の声。アロットを嫌っている人間ではないが、聞き覚えのある声に振り返った。
刹那、走ってきた男がアロットの首目掛けて強烈な肘をぶつけてくる。
ラリアット──もちろん、魔術ではない。
「この親不孝ものがあああ!!!」
「え!? アロット君!?」
普通ならば避けられるはずの攻撃をまともに受け、アロットは飛び掛ってきた男と一緒に倒れ込む。
男はアロットの胸ぐらを掴んで強引に起こすと、更に頭突きをかました。
「ど、どなたですか!? アロット君!?」
見ず知らずの男に好き勝手されている様子にフェリシアがあたふたしている。
が、男は急に頭を抑えてアロットから離れて蹲った。
身に纏う魔力障壁により、アロットのダメージは無いが頭突きを加えた側は激痛に悶えている。
「いっ──てぇ……なぁ!」
「何すんだ親父」
「おや……アロット君のお父様ですか?」
焦げ茶色の髪と瞳。見た目はどこかアロットに似ているが、性格は似ても似つかない。
アロットは立ち上がると土を払って実の父親を見下ろした。
「おや、アイゼンさん」
「ご無沙汰しておりますユリウス様! この馬鹿息子がまた無礼を働いてしまったようで申し訳ございません!」
「無礼なのはあんただろ」
「大丈夫だよアイゼン。アロットは随行魔導師としての役目を果たしてくれている」
「それは……」
随行魔導師。その言葉を聞いてアイゼン・クランツの顔に影が差した。
騎士と同様に死ぬことが決まっているとされる魔導師の役割。
なにより、アロットが魔導師として未熟なのは父親ならわかっていた。
だからこそ、死に向かう我が子を見て歯を食いしばる。
「親不孝ものか。生きて帰ってきたら偉業だと思うけどな」
「なんでお前は……随行魔導師になるなんて言い出したんだ」
「誰もなりたくはなかったからな。じゃあ俺がなってもいいだろ」
「たがこの旅は──」
「フェリシアの前だ、やめてくれ」
「っ……!」
蒼い瞳を見上げて言葉を詰まらせた。
フェリシアは膝をついてアイゼンへと手を伸ばすと、アイゼンは一度逡巡した後に手を握り返した。
「立てますか?」
「ええ……ありがとうございます騎士様……」
「いえいえ、アロット君のお父様なんですね」
「はい。アロットが騎士様に迷惑を掛けていないか……」
「そんなことはありませんよ。アロット君は随行魔導師としての役目を果たしてくれています」
「それは……」
グランクレイグの人々は誰も騎士の名前を呼ばない。
これから死ぬ者に情が移らないように、ただ『騎士』とだけ呼ぶ。
「申し遅れました。巡礼の騎士、フェリシア・ブレイクハートです」
「アイゼン・クランツです。その、騎士様……」
「アイゼン様の仰っしゃりたいことはわかっています。ですが、心配なさらないで下さい」
「え?」
「私達は必ず霊峰から生きて帰って来ますから」
にこり。と、笑みを浮かべてアイゼンの手を握る。
アイゼンは前回の騎士も見たことがある。フェリシアはどこか雰囲気が違うように見えて、思わず言葉を失った。
「ってか、邪魔するなよ。今から大事な話があんだから」
「お前っ! 親に対してなんだその口は!」
「いや、ちょうどいいや。親父に聞きたい事があった」
「なんだ?」
アロットがフードを外して顔を見せながらアイゼンを見つめる。
「俺は本当にあんたの子供なんだよな?」
突然の問いにその場にいた全員が言葉を失った。
「は? はぁ!?」
静寂を、アイゼンの怒りが打ち破った。
「当たり前だろうが! 俺と母さんの子だよ!」
「そうか。ならいいや」
「なっ!? お前、俺が他の────」
「もういい。わかった」
「それとも母さんの方が他の────」
「いいって言ってんだろ」
本気で怒った眼光を突きつけ言葉を遮る。
拘束魔術も使ってしまおうかと思ったが、罪のない一般人に使うことは禁止されているので自重した。
流石に総師団長の前では使えない。
「とりあえず、もう心配すんなよ。どうせ生きて帰ってくるから」
「ならもう少し気合入れて言ってくれるか?」
「気合入れる程のものでもないってことだ。とにかく、旅立つ前とは違うんだよ俺もフェリシアも」
頭を描きながら呆れて言うと、アイゼンも少し冷静になる。
確かに今のアロットからは余裕が感じられる。
魔術学院にいた頃はとにかく魔導師になろうと、図書館に籠もっていた姿をアイゼンは知っている。
「はぁ……なんでそこまでして魔導師になりたかったんだ?」
「なんでって、そりゃ──」
アロットは団服の襟を持ち上げてアイゼンに見せつける。
「格好いいからだ」
「え?」
アロットの答えに思わず声を漏らしたのはフェリシアだった。
ユリウスも小さく笑って見守る中、アイゼンは目頭が熱くなっていた。
努力の報われなかった息子が、目指していたものになれたと同時に、自信に満ちた顔をしている。
それだけで充分だった。
「そうか」
「そうだよ」
「なら、格好悪い死に方はしないでくれよ」
「ああ、任せろ」
アイゼンはそれだけ言うと満足したように立ち去っていく。
その背中を見て、アロットも少しこみ上げるものがあった。
魔術の才能のない息子の我儘を聞いて、魔術学院を卒業するまで信じた偉大な父の背中を見送った。
「じゃあ行きますか、アルヴェイン総師団長。時間を取らせてすみません」
「いや、それはいいんだけれど。君は……何故あんな質問を父親にしたんだ?」
自分が父親の子供なのか。
その質問の真意をユリウスは問う。
「それも含めて話しますよ」
アロットは再びフードを被った。
「…………『違った』方が救われるのかもしれないな」
ぽつりと、誰にも聞こえないようにアロットは呟いた。




