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神の見捨てたエリュシオン  作者: 雨屋二号
第6章 西方魔術都市グランクレイグ
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プロローグ

 久しぶりに訪れたローインクレーは相変わらず多くの人で賑わっていた。

 人混みの中、はぐれないようにフェリシアとイオナは手を繋いで歩く。

 アロットは遠くの方にちょうど良さそう(・・・・・・・・)な魔導師を一人見つけた。


「アルテさん」

「お久しぶりです! アルテさん」

「アロット、フェリシア。……あら、そちらの女の子は?」

「は、はじめまして……」


 イオナが頭を下げるとアルテも軽く挨拶をして笑みを返した。

 赤髪の女性魔導師──アルテ・バーラン。

 魔導師部隊を指揮できる『一等魔導師』の階級を持ち、経験豊富なベテランの魔導師。

 ローインクレーの管理者であり副師団長のバルファローネとも繋がりのある魔導師である。

 アルテはフェリシアの後ろに隠れている白い髪の少女を見て首を傾げた。


「迷子かしら。……なんて、そんな感じじゃないわね」

「まあ、色々あるんですが。それも含めて話があります」

「…………」

「アルテさん?」

「アロット。何か変わった?」

「え?」

「いえ、なんでもないわ。そうね、少し場所を変えましょうか」


 察しのいいアルテに案内され、アロット達は後をついていく。

 その前にフェリシアの影で大人しそうにしているイオナが気になった。


「イオナ、大丈夫か?」

「ひと、いっぱい。こわい」

「この街は特に多いからな」


 イオナが元々暮らしていたラディアメルクも魔術都市であるので人は多いが、ローインクレーの場合は人々の歩く速さもあってすぐには慣れないだろう。

 何やら難しい話を真剣な表情で呪文の如く話し合う商人達も、余所者からすれば関わりづらい雰囲気がある。


「でも、まどうしなるから、がんばる」


 小さな拳を握りしめて気合を入れ直す。

 魔導師になるという目標を思っていたよりも強く抱いている。

 前を向いて未来に生きようとする姿に、アロットは少し感動しそうになっていた。


「イオナなら大丈夫ですよ。私達ともすぐに仲良くなれましたから」

「うん。でも、あろっと。まだ、すこし……こわい」

「は? 俺?」

「おっきいから、なにたべたの?」

「一応、グランクレイグだと平均的な方だぞ」

「そうなんだ。いろんなひと、いるんだね」


 くすりと、イオナは静かに笑みを浮かべた。

 揶揄われたのだろう。


「アロット君は特に顔が怖いですからね」

「顔の話はしてなかったよな?」

「うん。だから、あろっとで、なれておく」

「……イオナの力になれるのなら、それで構わないが」


 楽しそうに話す二人を見ていると、特に緊張しずきているわけでもなさそうだ。

 後はアルテにどう説明するか。

 そんなことを考えていると、すぐに魔導師の詰所に辿り着いた。

 中に入ると数名の魔導師が椅子から立ち上がりアルテを迎える。


「お疲れ様ですアルテさん。そちらの方々は?」

「騎士と随行魔導師よ。少し席を外してくれるかしら」

「き、騎士様ですか? わかりました」


 魔導師は達はアロット達に会釈をしながら外へと出る。

 嫌な顔一つしない。それどころか、好意的にも見える態度に違和感を覚えた。


「なんか良いことでもありました?」

「騎士が来たからよ」

「私ですか?」


 フェリシアも驚いた顔をする。

 白き異形の討伐時、あまりローインクレーの魔導師はいい顔をしていなかった。

 魔導師としての誇りもあるが故に部外者に、それも魔力すら持たない人間に任せたくなかったのだ。


「ラディアメルクの一件は聞いているわ。貴方達は既に街を救った英雄なのよ」

「そんな、私だけの力じゃないですよ。ラディアメルクの魔導師の方々も頑張ってくれましたから」

「そこは素直に受け止めないとダメよ。貴方は本物騎士と証明されたのだから」

「……!」


 アルテの一言にフェリシアは背筋を伸ばした。

 それまでの騎士は意図的に死へと向かう使命を背負わされていた。

 魔力を持たない異端。この世界にいられない存在。その運命をフェリシアは覆した。

 くだらない英雄計画は今、本物の英雄を誕生させたのだ。


「リヴァイアサンの規模を考えると被害はかなり抑えられているらしいわね。守りに徹してしまえばもっと被害は広がっていたはず。素早い討伐が多くの人々を救ったのよ」

「はい。……はいっ」

「それで……まだ旅は続ける気なの?」


 アルテは目を細めてフェリシアの目を見た。

 元々アルテも巡礼の騎士の文化には懐疑的だった。

 幼い子供が死ななければいけないなどということは、アルテの性格的には許せない。

 それでも現実的に割り切ってしまう。彼女が多くの魔導師を率いる一等魔導師だからだ。


「はい。私はこの騎士の旅を成し遂げて、またこの街に帰って来ます」


 抱きしめたい衝動に駆られながらも、アルテは腕を抑えた。

 前回の騎士を見殺しにした自分にはそんなことをする権利などない。

 そう言い聞かせていた。


「心配しなくてもフェリシアは死にませんよ。俺がいるんだから」

「あら、言うようになったわね」

「アロット君の方が心配ですからね?」

「……というか、今はそんな話はどうでもいいんだよ」


 矛先がアロットに向く前に強引に話を切り替える。

 イオナの手を握って椅子に座らせると、アルテも正面に座ってイオナに向けて笑みを浮かべた。


「あ、あの……。いおなっていいます」

「イオナね。私はアルテ、アルテ・バーランよ。よろしくね」

「あ、イオナ・メルクェルです。よろしくおねがいします」


 深々と頭を下げるイオナをアルテは見守る。

 礼節をわきまえているのは父か母の教えか。


「アルテさん。イオナは──」

「あろっと。いおながいう、いわなきゃいけないから」


 アロットの言葉を遮ってイオナが話を始めた。

 母親のこと、父親のこと、禁術のこと…………これまでの全てを包み隠さずイオナは話す。

 全てを聞くころにはアルテは真剣な顔で頭の中を整理していた。




「………なるほどね。辛かったわね」

「ごめんなさい」

「イオナが謝ることはないわ。辛かったわね……」


 愛する人を生き返らせようとした禁忌の魔術。

 アルテは静かにイオナの全てを受け入れて、顎に指を当てて言葉を選んだ。


「そうね。まわりくどいことを言っても仕方ないし、あくまで私の意見でしかないけれど、イオナが魔導師になることは問題ないと思うわ」

「え?」

「ここまでの話を聞く限りでは被害者と言えるもの。確かにイオナが禁術について触れたことは間違いないのだけれど……」


 アルテは手の平を返して息を吐いた。


「その証拠になりそうなものは全て燃やしてしまったんでしょう?」

「あ、ごめんなさい……」

「いいのよ。残して冒険者達が見つけても危険だもの」

「いいんすか」

「よくないわ」

「どっちなんですか……」


 イオナには優しい顔を見せても、アロットには睨みつけるように赤い目を細めた。


「燃やす前にあなたが回収しなさいよ。魔導師なんだから」

「ああ、すみません。俺も燃やすのには協力しました」

「あなたねぇ!? その研究日誌だけでも回収しなさいよ!」

「それはそうですね」


 全てを回収しきれなくとも本の一冊くらいは持って帰れた。

 だが、研究日誌はイオナの父がキメラに殺された痕跡も残っている。

 イオナを連れながら持ち帰るのは心が痛かった。


(というか、一番の問題はラディアメルクの古書も燃やしてしまったことなんだよな)


 イオナも気づいてはいないようなので黙っておくことにした。

 何より炎の中に投げ入れたのはアロットだったから。


「まあいいわ。よくはないけど、まあいいわ」

「いいんすか」


 赤い瞳に睨まれ、アロットは口を閉じた。


「その赤いスライムについては調査が必要ね。その家についても」

「正直、バルファローネ──副師団長クラスの案件かと思いますね」

「あなたねぇ!? わかってるならなんで私に話したのよ!」

「アルテさんが一番信用できるんで」

「信用ぅ?」


 肩を寄せて縮こまるイオナを見てアルテは唇を噛んだ。

 アルテがこんなか弱い少女を見捨てられるわけがない。

 アロットもそれを知っているので、まずは情に訴える形で味方を増やそうとしていた。


「全く。とにかくこの件はバルファローネ様にも話さなきゃいけないから、イオナにも後で一緒に来てもらうわ」

「……はい」

「そんなに心配しないで、私が付いてるから」

「は、はい……」


 イオナの腕の中には兎の姿をしたロロが抱かれていた。 

 アルテに説明する過程で召喚し、今は大人しくしている。


「なら、イオナのことは任せていいですね」

「あろっと。ふぇりしあ。おわかれ?」

「俺達は旅を続けなきゃいけないからな。なあフェリシア?」

「え? も、もう少しゆっくりしていいんじゃないですか?」

「お前……」

「な、なんですか!? 大丈夫ですよ! 旅は必ずやり遂げますから!」


 改めてイオナとここで別れることを確認すると、フェリシアは急に慌て始めた。

 同い年の女の子の友人でもあるのもそうだが、間違いなく保護欲のようなものも芽生えている。

 そんな二人を見てアルテは小さく笑った。


「別にいいんじゃないかしら? フェリシアちゃんがこの街を少し案内してあげたら?」

「私がですか?」

「ええ、ついでに貴方に会いたいって魔導師もいるから。軽く挨拶でもしてあげて」

「そうですね。いいですかアロット君?」

「わかったよ。気を付けろよ」

「わかってますよ。イオナ、遊びに行きましょう」

「う、うん。あ、えっと。しつれい、しました」

「ええ、いってらっしゃい」


 フェリシアに手を引っ張られイオナは頭を下げながら退席する。

 部屋にはアルテとアロットの二人が残った。

 意図的に二人を追い出したのだ。


「アルテさん?」


 刹那、アロットの身体を黒い鎖が巻き付いた。

 魔導師の扱う拘束魔術""縛塞(サイ)""。


「こんなもので抑えられるとは思わないけれど」

「何を──」

「アロット、貴方も何か隠しているわね?」

「…………すみません。燃やした本の中にはラディアメルクから盗まれた古書もありました」

「そう…………は?」

「いや、まずいなーとは思ったんですが、気づいたときには灰になって──」

「そうじゃないわよ! いや、それも問題だけど!」


 観念して自白したが、アルテは声を荒げる。

 バレたのかと思ったが墓穴を掘っただけだった。

 後悔するアロットの顔を真剣な目でアルテは見つめる。


「そうじゃないでしょ」

「…………」

「貴方は何を知ったの(・・・・・・)?」


 心の中を見透かされたような問いにアロットは俯く。

 軽く力を込めて拘束を自力で剥がすと、静かに、ゆっくりと、息を吐いた。


「これは……俺の仮説に過ぎないんですが」

「言いなさい」


 アルテに命令され、誰にも言っていない『ある仮説』について話す。

 ヴェルナトの遺跡、リヴァイアサンの存在と、禁忌によって生まれたキメラ。

 この旅で見たものと、イルミーナの話と、夢に出てきた少女。

 白の異形と騎士の共通点。

 アロットのなかに眠るナニカと、イオナの父が最期に遺した言葉──────



 その仮説を聞いたアルテは目を見開いて言葉を失った。

 机を叩いて立ち上がると、アロットを糾弾する。


「あ、あり得ないわ!! そんな……そんな馬鹿なことが!!」

「アルテさん。俺はもうあり得ないものは散々見てきました」

「あなたは……異端者として裁かれてもおかしくないわ」

「でしょうね。俺も気が狂ってると思います」

「それにしては冷静にしか見えないわよ?」

「確かめなきゃならないんですよ。狂っているのは俺か、それとも…………この世界か」


 静かに握った拳を見つめ、アロットは呟いた。


「どうやって確かめるというの?」

「全てを知る男に会いに行きます」

「…………それは、誰なの?」


 巡礼の騎士と随行魔導師を任命した男。

 全ての魔術を知るもの。


魔王(マグナギウス)──オルベルト・ヴァン・シュタインに」

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