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宵の宴

 俺は逢に促されて席に座っていた。

その席は逢が使っていた席であった。要は席が足りなかったのである。そして最初は立ちっぱなしだった俺に席を譲ってくれたのが逢だ。ちなみに逢は俺の後ろで立っている。チラリと見た逢はただ立っているだけだがなぜかとても美しい銅像のようだった。






 そんなこんなで今から自己紹介のターンらしい。

「それではまずは私から自己紹介いたしましょうか」

お手本といった様子で未莉亜が立ち上がった。

「私は未莉亜。一応このグループ、"宵の宴"のリーダーを務めています。そして私の異能は――」

「ちょっと待って」

未莉亜が異能の説明しようとしたところで止めた者がいた。


 綺麗な赤髪ショートの女性だった。

「あら、楓さん、どうして止めるのですか?」

楓と呼ばれた女性が俺を指差す。

「コイツが強いのは分かったけど私はまだ信用できない。」

コイツ呼ばわりは少し凹むな。

「俺はコイツじゃないんだが……」

「うるさい!今はアンタと話してないから黙ってて!」

さらに怒られてしまった。


 「楓さん、あなたの言いたいことは理解できます。私もまだ異能については話すつもりはありませんよ。ただ――」

そして未莉亜が俺の方を向いた。

「私の異能は特別なのですよ」

未莉亜は悪戯っぽく笑う。

「特別か」

「はい。ですから私とは敵対しない方があなたの身のためですよ」


 未莉亜の発言からは絶対的な自信が溢れている。

そしてこちらの真意を探るような眼差しを向けられる。

今は敵対する理由はないな。

それはそれとして、少し試してみるか。

「もし俺がアンタの思っているような存在じゃなかったらどうする」

「ふふふ、そうですね。その時は…いや今はやめておきましょう。ここで答えるとあなたはより厄介な存在になってしまうので」

「そうか」


 俺は確信する。

未莉亜は俺と同類だ。

だとすると敵には回すと面倒だ。

今は使える駒特別して思っておこう。

「二人とも怖い顔になってるよー」

この場の空気が気まずかったのか、逢が茶化すように言う。

「そうだぜ、ここは仲良くやっていこうじゃねーかよ」

豪も逢に同意する。

「すみません、久しぶりになかなか楽しめそうな方だったのでつい」

「そうだな」


 一応俺も未莉亜に同意しておく。

すると逢が俺の側に歩いてくる。

そして俺を指差す。

「な・か・よ・く・ね」

「俺は子供じゃないんだから分かってる」

「じゃ、約束ね!」

そう言いながら逢は右手の小指を立て俺に向ける。

これは、"ゆびきりげんまん"というものだろうか。

子供じゃないと言ったばかりなんだがな。


 「ほら、綺っちも手出して!」

何も動かない俺に対し急かしてくる。

仕方ない、付き合ってやるか。

俺は左手を出し、小指を逢の小指に絡めた。

「うん、それでよし!」

満足したのか、逢は元の場所に戻った。

「そこの二人なにイチャイチャしてんのよ」

楓と呼ばれた女性が恥ずかしがりながら呟きそっぽを向いた。


 なぜ彼女が恥ずかしがるのだろうか?

分からない。

気になり本人に聞こうとしたが周りを見渡し気づく。

彼女ほどではないがほとんどが気まずそうに俺と逢を見ていた。

ますます分からなくなったが聞かない方がいいだろう。

「そろそろ自己紹介の続きをしましょうか」

未莉亜が仕切り直す。

「では楓さん、どうぞ」

「えっ、私?」

呼ばれると思っていなかったのか少しビックリしている。

「ええ、そうです」

未莉亜が促す。

「伊波楓」

「ぜひあなたの異能を黒波さんに教えてあげてください」

「は、はぁ、なんでよ?」

伊波は言いたくないといった様子で文句を口にする。


 「なぜ?ですか。それは黒波さんはもう私たちの仲間なのですから情報の共有は自然のことではありませんか?それとも楓さんは情報を秘匿して黒波さんに信用されず、挙げ句の果てには敵対することも覚悟の上なのですか?先ほどの豪さんと黒波さんの戦いをご覧になられましたよね?黒波さんの力は私にすら計り知れなかったのですよ?それなのにあなたは黒波さんに勝てるとお思いなのですか?」


 未莉亜は誰かを詰めるのが得意なようだ。

見事に相手の逃げ道を塞いでいる。

詰められた伊波は諦めたように吐き出す。

「私の異能は"幻惑"よ」

「幻惑か。試しに一度見せてくれないか?」

伊波に異能の使用を頼んでみる。

実際に見てみないとわからないこともあるからな。


 「イヤよ」

伊波が俺を睨みながら拒否する。

「それはなぜだ?」

俺は聞き返す。

異能を今ここで使えない理由があるのか?

何か制限があるのか?

異能を使うと彼女にとって何か不都合が生じるのか?

いや、そもそもの話、彼女は本当に異能を持っているのか?もしこの世界での異能所持が当たり前ではないとしたら?異能を持たずこの世界に来ることも考えられる。

俺の問いかけに対し、無視を決め込んでいた彼女が何かに怯えた様子を見せる。


 「未莉亜の許可がないと使えないのよ」

そして小さく呟いた。

「そうか、わかった。もう十分だ」

「アンタも私を舐めてるのね!」

俺に向かって怒りを口にする。

なぜそうなる?

伊波楓はどうやら気は強いようだ。

今はあまり積極的に関わらない方が良さそうだ。


 「ふふふ」

未莉亜が小さく笑った。

しかしその笑いは単純に楽しいから笑ったわけではなく、自分よりも劣っている者を嘲笑うようなニュアンスが含まれていた。

周囲を観察していた俺は気づく。

未莉亜の笑いの裏に気づいた者はこの場にいる中でも数人だけだった。






 それはそれとして。

なるほど、一瞬伊波が怯えたのは未莉亜の視線の圧が原因か。

伊波は嫌々ながら未莉亜に従っているということか。そして両者間には絶対的な上下関係が存在している。


それが知れたのはいいことかもしれない。


伊波楓は精神を揺らしてやれば、この場の誰よりも簡単に手駒に出来るな。


 この自己紹介はいい情報収集の舞台だな。

会話、他の人間との関係性、精神強度、異能など。

これらの情報で俺にとって必要なものか、不必要なものか、あるいは障害となるのか。


まずは手駒に加えるべき人物を見定めるとするか。


 俺は思考の渦から現実に意識を戻す。






 「それでは次の方は…」

「私がいきます」

未莉亜の言葉を待たずに黒髪ロングの女性が席を立つ。

「それでは、よろしくお願いします」

「私は詩月舞華と言います」

未莉亜に促された女性、詩月舞華は丁寧な言葉遣いで自己紹介し、俺に向かって一礼する。

詩月舞華の第一印象は出来る大人の女性だ。

逢とは逆のようだ。逢はたまに大人に見えるが普段の言動は子供っぽい印象だ。


 「私の異能は"操血"です。その名のとおり血を操る異能です。使い方としては血で武器などを生成したりできます。実際に見てみますか?」

「そうだな、できるなら見せてもらいたい」

「わかりました」

そう言うと詩月は上着の内側から折り畳みナイフを取り出す。

そして掌にナイフを突き刺す。

突き刺したナイフを抜き、血を払い上着にしまう。

その間も掌から血が流れている。

しかし血が机の上や床に垂れることはない。

血が蠢き詩月の掌に纏わりつき、長物のような形態を形作る。

そして徐々にその刀心が露わになる。

そこに生成されたのは刀だった。

「このような異能です」

血刀を俺に見せながら説明してくれる。

なるほど、いい異能だ。欲しいな。


 「一つ質問がある」

「はい、なんでしょうか?」

「その血で作った武器は詩月以外も扱えるのか?」

「残念ですが完全に扱えるのは私だけです」

「完全に、とはどう言う意味なんだ?」

「私以外にも扱えるのは扱えますがすぐに消滅してしまうのです」

「なるほど、その武器は詩月の血が元になっている。したがって詩月はその武器に血を流し続けている。ということか?」

説明すると詩月は驚いた顔を見せる。

「ええ、あなたのその憶測のとおりです」

詩月はそこで一息つき改めて俺を見つめる。


 「あなたの観察力や思考力は私の遥か上をいっています。私もあなたの力になれるように頑張るのでこれからよろしくお願いします。それと私のことはぜひ舞華と呼んでくださいね」

舞華は俺の側に寄り握手を求めて手を差し出す。その手にナイフの傷はなかった。解除した血刀が舞華の手に戻りその傷口を閉じていたのだ。

俺は差し出された手を握る。






 「次は豪さん、お願いします」

「ようやく俺の番かよ」

「説明しなければならないことが沢山あるので仕方ありませんよ」

未莉亜が豪を宥める。

「俺の名前はさっきも言ったが、もう一度名乗るぜ」

そう言って立ち上がり右手をグーにして自身の胸を叩く。


 「俺は星乃豪だ。異能は“刹那"。簡単に言えば触れたものの速度を変える力だ。普段は自分の速度を上げてるぜ!」

「アンタなんでも馬鹿正直に言い過ぎよ」

伊波が豪をバカを見る目で凝視する。

「なんでだよ、いいだろ。黒波はもう仲間なんだからよ」

「アンタさっきは殺す気満々だったじゃない」

「それは本気で試験してたから仕方ないだろ。それに黒波は強い、俺は強い奴が好きだ、だから黒波は仲間だ。親友、ライバルと言っても過言じゃないぜ」

いや、過言すぎる。

内心でツッコんでしまった。

「ほんっとアンタのその理屈私には全く理解できないわよ」


 俺は心の中で伊波の意見に激しく同意した。

案外伊波と分かり合えるかも知れないな。

「黒波は俺のことわかってくれるよな?」

そんなことを考えていると豪から同意を求められる。

困ったな。

俺の気持ちは豪ではなく伊波と一緒なんだが。

「綺っちも色々あって疲れてると思うからそっとしてあげよーよ」

俺が困っていることを察した逢がアシストしてくれる。

逢の意見を聞いて豪も渋々だが理解して大人しくなった。

逢、グッジョブ。

俺は逢の評価を静かにあげた。


 「それでは次は想さんよろしくお願いします」

「……」

未莉亜の呼びかけに答える声はない。

「試験は終わったのですよ。もう黒波さんを試す必要はありませんよ」

どこにもいない人物に向かって未莉亜は優しい口調で告げる。

いや、いる。

姿形を消してこの場にいるのだ。


 「そうだぞー、もう黒波は仲間なんだからよ。さっさと出てこいよー、つか本当にどこにいんだよ?」

「……」

「そうだよー、豪っちの言う通りだよ、綺っちは私たちの仲間なんだよ。だから隠れてないで早く出てきてよー!」

「……」

豪と逢もこの場に想と呼ばれた人物がいるのは分かっているがどこに隠れているのかまでは分からない様子だ。

俺もまた、どこにいるのか分からない。

他の人も俺たちと同様に分からず、この部屋を見渡し探している。

ただ一人を除いて。

その人物は優雅に腕を組み、ただ微笑んでいる。

未莉亜だ。

彼女はもう分かっているのだろう。想と呼ばれた人物がどこにいるのか、これからどうなるのか。

それを早く見たくて仕方ないのだろう。


 俺は席を立ち上がり逢の横に並び立つ。

「綺っちどう…」

「しっ」

俺は逢が言い終わる前に静かにさせた。

なぜならば、


 その瞬間。

今まで俺が座っていた椅子に何かが貫通しそのまま床に撃ち込まれる。と同時に煙をあげ威力が消える。

「ヒェっ」

逢が短い悲鳴をあげ両手で口を押さえる。

その様子を横目にしながら俺は床に撃ち込まれたものを拾い上げる。幸い、椅子が緩衝材となったのだろう、3分の1程しか床に埋まっていなかった。

それは“銃の弾“だった。

正確に言えば7.62mm弾だ。

スナイパーライフルを使って撃ち抜いたのか。

しかし何も聞こえなかった。

たとえサプレッサーをつけていたとしても室内だ。多少の音は聞こえるはず。

だが事実として聞こえなかった。


 そして俺は一つの仮説に至る。

いや仮説ではなくほぼ確定だろう。

「なるほど、いい異能だな」

俺はわざと煽るような口調で告げた。

「もうやめようよ、お願いだから。このままじゃ綺っち大怪我しちゃうよ」

逢が泣きそうになりながら俺の手を取る。

「大丈夫だ、心配ない」

逢の手を反対の手でゆっくり外す。


 「舞華」

俺が名前を呼ぶと意外そうな顔を見せたがすぐに理解したようだ。

舞華が逢を優しく抱き寄せ頭を撫でる。

「あなたには本当に驚かされますね」

舞華が俺に向かって言ってくる。

「そうか」

一言で返し俺は正面を見据える。






 相手の位置は不明。

攻撃の手段もスナイパーライフルだけとは限らない。

そしてその攻撃の予測も不可能。

俺のことを狙っているのは確かだが、腕か、足か、胴体か、はたまた頭か、知る術はない。

どれもこれも相手次第。


だが――


俺のことを狙う。


俺を殺そうとしていなくても。


殺意がなくても。


害意が存在する。


俺はそれを決して見逃さない。


殺意や害意の乗った攻撃は必ず視える。


俺が生きていた頃に受けた悪意のおかげで身に付いたもの。


本来なら必要のないはずだった。


けれど俺の意識思考と裏腹に心はそれを欲した。


そして今はそれが役に立つ。


「今からお前を引き摺り出してやる。いいな?」


俺は正面を見据えたままどこにいるか不明な相手に告げた。


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